気の置けない仲
『僕、お姉さんのところでお世話になりたい。改めてよろしくお願いします』
そういうことで改めて一緒に暮らすことになった霧雨とミハエルだったものの、しかしそうそう<家族>として振る舞えるほど人間というものは単純ではなかった。
『やっぱりどうしても照れくささがあるよな~…』
自分が書くラノベでは、ミハエルのように『改めてよろしく』などと言ってもらえたらその時点から互いに心を開いて<気の置けない仲>になれたという形でその関係を描いていたものの、実際にはついつい気を遣ってしまってしまう。
そしてそれは、ミハエルの方も同じだった。
『お姉さん、僕のこと迷惑に思ってないかな…』
なんてことをついつい考えてしまう。
これは、他種族である人間の間で平穏に暮らしていく為に彼ら吸血鬼が身に付けていったメンタリティである。それはまさに、日本人が美徳とする<察しと思い遣り>の精神そのものだった。
「お姉さん、お茶が入ったよ」
PCに向かって原稿を執筆していた霧雨が、それまでは脇目も振らずに集中していたのが、机に飾っていた<美少年のドール>に手を伸ばしその髪を櫛で梳いたり、メインのPCの隣に置いたサブのPCでアニメのまとめサイトを覗いたりと、明らかに集中を欠いた様子を見せ始めたことに気付いた彼が、
『そろそろ休憩した方がいいよね』
と察して紅茶を用意したのだった。
「あ…ありがと、ごめんね」
咄嗟にそう応えた霧雨だったが、それが既に、まだ彼との間に見えない壁があることを示していると言えるだろう。
<気の置けない仲>にはなり切れていない。
ということだ。
彼女は、本当に親しい間柄の人間に対して、『ありがとう』の後に『ごめんね』とまではわざわざ付け足したりはしない。なのにそれを言ってしまうということは、まだ無意識のレベルまで本当に心を許してる訳ではないという証拠に外ならない。
ミハエルにもそれは伝わっていたし、他でもないミハエル自身が、
『親しき仲にも礼儀あり』
という部分を超えて遠慮していたのは間違いない。
そしてそれは霧雨にも伝わっていた。
「ごめんね。なんか気を遣わせちゃってるみたいで…」
苦笑いを浮かべながら彼女が言うと、
「ううん。僕の方こそごめんなさい」
と謝った。
そして、おもむろに語り始めたのだった。
「…物語の中では、僕達吸血鬼は不死不滅の、人間にとっては恐ろしくて危険な<怪物>って扱いになってるみたいだけど、昔は確かにそうだったかもしれないけど、だけど今はもう、そんな吸血鬼は殆どいないよ。
そうやって人間と<敵同士>になることは損だって気付いたんだ」




