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作戦

まずは日常的な行動範囲の外に出て、しかしストーカー女性が引っ越し先まで突き止めたのを確認したことで、アオとミハエルの<作戦>は、次の段階へと進んだ。


「どう? いる?」


問い掛けるアオの隣で、部屋の中からミハエルは神経を研ぎ澄まし、廊下を通る人の気配を探る。


すると、


「……いるね。今、ドアのすぐ前まで来てる」


と彼は何気ない感じで言った。


しかし、普通ならストーカーが部屋の前まで来てじっと見詰めているなど、恐怖以外の何物でもないだろう。けれどアオとミハエルは落ち着いたものだった。


むしろ手間が省けたという感じかもしれない。


そして敢えて二人一緒に部屋を出た。


「!?」


ドアの向こうに人の気配がしたことで、女性は慌ててその場を離れ、あたかも他の部屋の住人であるかのように廊下を歩く。


それをちらりと横目で確認しつつ、アオと、フードを被ったミハエルは、何気ない感じでエレベーターへと向かった。


すると女性は、


「…あ…!」


と小さく声を上げ、まるで忘れものでも取りに行くかの如くアオとミハエルが乗り込もうとしたエレベーターに一緒に乗り込んできた。


女性にしてみれば、ミハエルのことを確認する絶好のチャンスだったのだろう。


『当たり前』を装いながら、偶然を装いながら、ちらちらとフードを目深にかぶったミハエルを見た。


瞬間、女性の体がカアッと熱を帯びるのがミハエルには分かった。女性が興奮している時の独特の匂いがエレベーター内を満たしていくのを感じる。


『彼だ……!』


普通の人間ではまず聞き取れないような小さな声でそう言ったのも、ミハエルには筒抜けだった。


女性がミハエルのことを確信したその時、


「寂しくなるね」


アオがそうミハエルに話しかけた。


いかにもアオの方から話しかけたように見えたものの、実はミハエルの方から合図を送り、手筈通りの会話を切り出したのである。


「うん……アオも体に気を付けてね。帰ったらメールする」


ごく自然な感じでミハエルが返す。


「アゼルバイジャンまでは何時間だっけ?」


「ドバイで乗り換えだから、待ち時間も入れると十七時間くらいかな」


「はあ…遠いなあ……」


「そうだね…でも、いつかまた会えるよ」


「だったらいいね……」


二人のやり取りを耳にした女性が、


『アゼルバイジャン……!?』


と小さく口にするのをミハエルは聞き逃さなかった。しっかりと伝わっているのが分かる。


しかも、二人の会話の意味を察したのであろう、つい今しがたまで熱を帯びていた女性の体からサーッと血の気が引いていくのもミハエルには感じ取れたのだった。



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