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第5話

どうしよう。

あいつは、魔王じゃない。

どうしよう。

あいつは、本当に私のことが好きだ。

どうしよう。

…あいつを、否定出来ない。






ランはそれを億尾にも出さずに自らの離宮に戻ると、膝を抱えて座った。

知らなければ良かった。

そうすれば、こんな自分を知らずに済んだ。

知りたくなかった。

こんな自分の姿など。

何もかもが鮮明になった今なら解かる。

魔王、その血を引くヴォルカンは幼少から苦難に生きていたこと。

その為に傷を負わされたこと。

その彼に手を差し伸べたこと。

それが、どれ程ヴォルカンにとって大きなことだっただろう。

だから、ヴォルカンはあの場に現れ、自分の出した条件を呑んだ。

手を差し伸べた自分を、心から想っていたから。

(どうしよう)

ランはぎゅっと目を閉じた。

動揺している自分がいた。






その日を境にランは口数を減らしていった。

自分の変化を悟られるのを恐れ、部屋の中に篭ることもしなかったが集中出来ないからという理由をつけ、1人で武芸の鍛錬に励むことが多くなった。

ヴォルカンとも会話の数が減ったし、態度もよそよそしいものになった。

変化をヴォルカンは感じたかもしれない。

だが、ヴォルカンはそれを聞こうともしなかったし、言わせようともしなかった。

変わらず、穏やかな表情を向けるだけ。

満ち足りたその笑みは、ランを更に追い込んだ。

(何故)

その答えは、もう、分かってしまった。

だから、追い込まれる。

もうじき1ヶ月が訪れようとしている。

こんな調子で迎えたら、自分は、ヴォルカンを討てるだろうか。

討たなければならないのだ。

魔王の末裔を女王の夫にしない為にも。

それを警戒する周辺諸国を安堵させる為にも。

けれど、あと数日という頃だった。

セレストが投獄されたと言う報告がもたらされたのは。

戦を避けようとするセレストは、逆賊とされ、王子の位を剥奪、恋人と共に投獄され、ヴォルカン討伐と同時に処刑されるのだという。

「あいつ、馬鹿だ…」

ランはぎりりと歯をかみ締める。

戦を避けること。

魔王ではない人間を討伐することは、セレストの騎士としての信義に反するだけでなく、戦は、両国の民の為にもならない。

そうした考えを、曲げなかった。

自分が討たなければ、セレストはもう、ランが一度も会ったことがない彼の恋人と共に処刑される。

恋愛感情ではない、けれど、実の兄のように思っていたセレストが自分の所為で殺されるのは耐えられなかった。

だが、ヴォルカンを討つのは…、今の自分に出来るかどうか分からない。

「ラン」

いつの間にか、ヴォルカンがそこにいた。

どんな表情を向けているか、ランは自分でも分からない。

ヴォルカンは安心させるように微笑んだ。

「セレストのことは我も聞いた。

我が討たなければ、彼は助からないだろう」

言葉を切り、ヴォルカンはその笑みを深めた。

「約束の日、我を討つといい」

ランは目を見開いた。

言われた意味を、瞬時に理解することは出来なかった。

流れた静寂の世界に優しい言葉が哀しく響く。

「あなたに討たれるのなら。

我の初めての友が助かるのなら。

我は、喜んで命を差し出そう」

話はそれだけだ、とヴォルカンは静かに去っていった。

ランは、自分でも分かるくらい、ひどく動揺していた。

やがてそれは苛立ちに変わり、拳を壁に打ち付ける。

「何で死んでもいいなんて、言うんだよ……」

涙が世界を滲ませる。

ヴォルカンを想い、泣いている自分を自覚した。

それが、どんな感情から来るものかは、ランには解からなかった。






そして、約束の日は、訪れた。

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