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第2話

─1ヶ月以内に、言葉のみで心を奪うことが出来れば、姫騎士は魔王の末裔に嫁ぐ。

その噂はあっという間に近隣諸国に広まった。

ランのご機嫌取りにやってきていた貴族の子弟達は、その恐ろしさにその足を止め、遠くで様子を伺っている。

(所詮その程度か)

ランは、心の中で吐き捨てる。

自分を本心から妻に望むのであれば、恐れることはないだろう。

つまりは、そういうことなのだ。

ヴォルカンはランの命で危害を加えられていないが、それでも敵意の篭った視線に囲まれていても、何にも流されることなく、自分に気持ちを向けてきている。

(気に入らない)

ランは、武の稽古の間もじっと自分を見つめている青年を見る。

静かで静かな視線は、懐かしいものを見るような優しさに満ち溢れていた。

他の求婚者達とは違う、純粋な好意がそこには込められている。

(気に入らない)

ヴォルカンだけが知っている、そのことがランを苛立たせた。




「熱心ですね」

ヴォルカンはそんな声を掛けられ、振り返った。

背後に立っていたのは、身なりの良い、空色の髪をした青年だ。

ヴォルカンも面識はないが、その人物の名は知っていた。

「青竜の王子か」

隣国の王家の末弟で王位からも遠いが、ランの兄弟子であり、騎士団の将軍となっている。髪の色とその戦いぶりから、青竜の王子と呼ばれているのだ。

彼は、その呼び名を余り気に入っていないらしく軽く肩をすくめ、苦笑した。

「俺のことはいいとして。

噂を聞いて、来たんですよ。あいつの夫が魔王、となれば、近隣諸国にも影響が来るだろうという父上のお考えで」

「ご苦労なことだ」

「でも、杞憂かな」

青竜の王子の言葉に、表情にこそ出さなかったがヴォルカンは驚いた。

「あなたは、末裔かもしれませんが、魔王ではありませんね。

血に魔の匂いはあるけれど、意思に魔を感じない」

そこで、クスリと彼は笑い、続けた。

「ランはそれを、本能的に理解している。

あいつの求婚者とは、根本的に違う、無償の好意だと。

だから、あんなに機嫌が悪い」

ランがそこで青竜の王子に気付き、こちらへやって来る。

「セレスト、やっぱり来たのか」

「ああ、まぁな。他の国も来てるんじゃないのか?」

「来てるけど、コイツの近くに来て話しかけたのは、あんたが初めてだけど」

相手は魔王の末裔なのに、というニュアンスはヴォルカンにも分かった。

それはごく自然なことなので、別に驚くことはない。

当の青竜の王子ことセレストは、少し不思議そうな顔をして言った。

「血の流れはあるかもしれないが、フツーだろ。偏見は良くないぞ?」

そっぽを向き、ランは口の中でぼそぼそ毒づく。

それを余所に、セレストはヴォルカンに笑顔を向けた。

「妹分のこと、よろしくお願いしますね」

それだけ言うと、手をひらひら振って、セレストは帰っていった。

ヴォルカンは隣を見る。

歯軋りをしていたランだったが、セレストの姿が消えた途端、少し寂しそうな顔になった。好意から来るものではなく、どちらかと言うと、何かを羨むものから来ているように見えた。

「あいつは、いいな…」

ぽつりとランが呟く。

ヴォルカンは、言われた意味が分からなかった。

「あいつ、傭兵の娘を嫁に迎えるんだって。

好きな人と結婚出来る自由が、あいつにはある。

……ううん、あいつの度量の広さが、そうさせてる。

私には、出来ない。

だから、いいなって思う」

そこまで語って、ランは内心舌を売った。

自分の弱さを彼に露呈した自分が許せなかったのだ。

だが、ヴォルカンの反応は違った。

「我は、そう思えるあなたの素直さがあなたの良い所だと思うが」

自分にないもの。

その事実を受け入れるだけの素直さが、ランには備わっている。

いつかきっと、その素直さが道を拓くだろう。

言われた方は、鼻にしわを寄せた。

「そんなこと言っても、惚れないからな」

「無論」

ヴォルカンは穏やかに言った。

「この程度で心奪われる姫君を、我は求めている訳ではないのだから」




その晩。

ランは剣を磨きながら、ため息をひとつ零した。

それは言うまでもなく、約束のことだ。

好きになる訳がない。

そう思ったからこそ、提案した。

魔王の末裔を討伐する。

その為に、提案した。

それが分からないヴォルカンではない筈だ。

なのに。



─この程度で心奪われる姫君を、我は求めている訳ではないのだから



静かで深い想いを、彼は向けてくる。

あんな風に見つめてきた者が、今までいただろうか。

そこまで考え、ランは首を激しく左右に振った。

(考えるな、そんなことは)

姫騎士としてすべきことは、1ヵ月後に末裔を打つことだ。

だが、その度にセレストの言葉が過ぎる。

何度も何度も首を振って、ランはその言葉を打ち消す。




それこそが、意識の表れであることにランは気づかなかった。

無視をするということ、それこそがヴォルカンに対する意識の存在を明確にしていることに、気づかなかった。




夜が更ける。

今宵も、ランは眠れそうになかった。

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