ブーゲンビリア
夏のホラー2018に提出する作品です。
洋物ホラーと言われ真っ先に出てきたのはゾンビでした。
短くまとめましたので時間に余裕があれば是非覗いてください。
君が変わってしまったのは一瞬だった。
苦しい想いは永遠だった。
君への想いは永遠だった。
変わってしまった私は儚い永遠だった。
苦しい想いは一瞬だった。
君への想いは永遠だった。
◆ ◆
覚えている、私が目覚めた場所はデパート。いつの間に寝ていたのだろうか。
とても静かだ、眠くなるのも仕方ない。
夕暮れに染まる店内は人で溢れている、人、人、ひと。
覚えている、私は彼氏と一緒にデパートに来ていた。
覚えている、覚えている。彼は別の用事があって少しだけ別行動をしていたんだ、何を買いにいったのかは分からない。
私はその間、服だ、覚えている、服を見ていた。
彼が見立ててくれた服がたくさんある。
とても静かだ、眠くなるのも仕方ない。
落ちたイヤリングを拾う、ピアスの穴を開けるのが怖い私は耳たぶを挟むタイプの物を使っている。だって、痛いでしょ。
こんな場所に穴を開けるだなんて私には…。
彼が可愛いと褒めてくれたイヤリングを付け直す。
お腹が空いた、彼はどこまで行ったのかな、ご飯を食べたい。
とても静かだ、眠くなるのも仕方ない。
足早に歩く人たち、みんなお腹空いたよね。ご飯の時間だもの。
席が埋まってしまう。彼はどこまで行ったのかな。
待っていろと言われたけれど、…言われたっけ?
言われて無い、確か…来るな、だった気がする。いや、言われて無い。
彼はとても優しいの。
探さなきゃ、大好きな彼を探さなきゃ。一緒じゃないと満たされない。
お腹が空いた。夕暮れに染まる店内が食事の時間だと言っている。
大好…きな彼と一緒にレストラン…んーん、フードコートにしよう。
好きな食べ物を選んで一緒に食べるの。彼とは好みが違うから。
とても静かだ、眠くなるのも仕方ない。
彼はラーメンが好きだった。地元のラーメン屋さんは一通り回ったって言ってたっけ。
いや、言ってない。今はお肉が食べたい気分なの。
彼に会わないと、きっと心配してる。たくさん、たくさん人がいたから。
とても、うるさかったから。
…会いたいよ。大好きな彼に会いたい。愛してるの…、今、なんだかとても会いたいの。
頭がハッキリとしない、景色が滲む。赤く…滲む。目を擦る。
「つっ…、あ、ぁぁ…、あああああああ!!」
─── ─── ── ─
週末、彼女とデパートに来ていた。
服を選ぶのを手伝ってほしいと言われたのだ、結局最後は自分で選ぶのに。
まぁ、こういうデートも悪くない。一緒に居られればどこでも良いさ。
なんて思ってみるけれど、本当は二人きりになりたいのが本音だったりはする。
来なければ良かった。
そう思ったのは俺の我が儘では無い。
突然聞こえてきた大きな音が日常の中に非日常を呼び込んだのだ。
あれは食器売場だろうか、ガラスや陶器が割れる時の乾いた音が鳴り続ける。
遠目には何が起きているのか分からなかった、不注意で割れたにしては音が止まないのは不自然だ、誰か暴れているのか?迷惑な話だ。
飛び交う怒鳴り声と悲鳴に彼女は怯えきってしまっている。
「大丈夫だよ、俺がついてるだろ?」
「…うん、でも怖いよ。離れようよ」
まぁ、確かに野次馬しててもしょうがない。そう思った時だった。
暴れていたと思われる男が通路に飛び出してくるのが見えた、その手に包丁が握られているのが見えて流石に俺も怖くなってしまう。
だがおかしな事にその男はまるで自分が被害者であると言わんばかりに怯え、狼狽えていた。
その男の視線の先からもう一人、男が現れる。
「ひっ!」
現れた男を見て、理解して、思わず悲鳴が漏れた。
滴る程に血を流し、それでも気にも止めずに動いている異様な男。
包丁で斬られ、飛び散る鮮血がその傷の深さを物語る。
「警察!警察に連絡を!…………え?」
次に見た光景はまるでホラー映画そのものだった。
包丁で斬られながらも全く怯まず、泣き叫ぶ男の顔に自分の顔を近づけ…、頬を噛み契ったのだ。
その後も顔の皮膚を食い続けるその様は…、そう、ゾンビという言葉意外に相応しい言葉が出てこなかった。
「ここを離れるぞ!電話なんてしてる場合じゃねぇ!」
彼女に振り向いた俺は自分の判断の遅さを呪う他なかった。
彼女の頬に爪を食い込ませる女性、その目は焦点が合わず、とても正気だとは思えない。
こいつも、あの男と同じに違いない。
「たす…けて…」
彼女は涙で顔をぐしゃぐしゃにして声も掠れていた。
「クソが!」
その女性を蹴り飛ばすと反動で彼女も転んでしまった。
どれだけ強い力で彼女の頬を掴まえていたのだろうか、頬から耳にかけて皮膚が削げ落ち、彼女のイヤリングが耳ごと床に落ちる。
「いやああああああ!」
「あ…、ああ…なんてことだ、クソ!クソ!早く治療しねぇと」
彼女に肩を貸し、歩き始めるが彼女の足はすぐに止まってしまった。
彼女の足にさっきの女性がしがみついていたのだ。
どうする、どうしたら良い。
彼女を連れて逃げ切れるのか?女性の力は異常なほど強く、彼女から離す事が出来なかった。
何度も何度も女性を踏みつける。肉のひしゃげる感触が足に伝わり気持ち悪い。
それでも女性が離れる事は無かった。
俺は…、近くにあったマネキンを持ち上げ、その土台で女性の首を押し潰した。
そこまでしてようやく女性を離すことが出来た。
これ…人殺しだよな…、もう、頭の中が混乱してまともに思考回路が働かない。
「歩けるか?」
「痛い…、足が痛いよう…」
あれだけの力で掴まれたのだ、とても走れそうになかった。
彼女を連れて行けば確実に二人とも死ぬだろう。
俺は彼女を更衣室に押し込むと近くの棚を動かしてバリケードを作り、適当に服を散らしてブラインドにする。
これでどれだけ持つだろうか。
「ここで待っててくれ。良いか?俺が戻って来るまで出て来るなよ?」
「う…うう、あ、あ…、怖い、怖いよ」
「武器と…あと君を運ぶための何かを探してくるから、な。すぐ戻る」
「ぅぅ…、やぁ…」
彼女はガタガタと震え怯えていた。血も失い過ぎている、このままでは意識を保つのも難しいだろう。
「すぐ…戻るから」
─── ─── ── ─
目を擦ると顔の皮膚が引っ張られ、血が地面に垂れ落ちる。
「痛いよ…、痛い」
何で…痛いんだったかな。そうだ、彼に会いに行かないと、きっと寂しいから痛いんだ。
そう思うと痛みが引いていく気がした。やっぱりそうだ、彼がいないから痛いんだ。
私には彼が必要なんだ、お腹が空いたから。
彼の買い物は…、確か武器?武器って何だっけ。
よく分からない、きっと彼も見付ける事が出来なくて時間がかかっているんだ。
一緒に探してあげないと、もうお腹が空いて我慢できない。
とても静かだ、眠くなる。
だめ、まだダメ、だって彼と会えていないから。
ああ、ほらね、彼だ。彼が来てくれた。良かった、買い物は終わったんだね。
私の服はまた今度選ぼう、だから先にご飯にしよう。
ああ、でもあんなに服を出してしまった、先に片付けないと怒られるかな?
ああ、彼だ。愛しい、私の彼だ。もう良いや、彼しか見えない。
大好きよ、大好き、だいすき、愛してるの。
お腹が空いたから。
── ── ─
「何で勝手に…」
ゴルフクラブと台車を持って何とか戻ってきた俺が目にしたのは通路をフラフラと歩く彼女の姿だった。
意識が戻ったのか?一人でいるのが怖くなったのかもしれない。
「おーい、大丈夫か?」
呼び掛けるが返事は無い。顔から血を垂れ流し、足を引き摺りながら歩いてくる。
血を流し過ぎて意識が朦朧としているのか?
何にしたって無事であるはずは無い、すぐに病院に連れて行かなければ。
「台車持ってきたから、これに…」
近くまで近付いてようやく気付いた、彼女の異常な行動に。
耳があったはずの場所、削げ落ちてしまった顔の皮膚に直接挟み込まれたイヤリングが彼女が正気では無い事を物語る。
「そんな…、うわあああああ!」
ここまで近付いてしまったら…。
俺は持っていたゴルフクラブで彼女の足を強く叩いた。
骨が砕ける音とともに彼女はその場に倒れ込んだ。
両足とも壊れた彼女から少し離れ、罪悪感で高まる心臓の音を押さえ付けようと必死に呼吸を調える。
しかし次の瞬間、呼吸が止まる程のショックで心臓が痛くなった。
「酷いよ…痛いよ…、うう…」
喋った、しかも痛がっている。
「意識が…あるのか?俺が…分かるか?」
「だい…すき…だよ」
俺の手からゴルフクラブが落ちる、握る力なんてもう無い。
だめだ、もう。彼女を殴ることも、置いていくことも出来そうにない。
「俺も、大好きだよ。大丈夫、俺はここにいる、ここにいるよ」
腕で這ってくる彼女を優しく抱き締める。
「痛かったか?ごめんな、ごめん」
「だい…すき」
「ああ、大好きだ」
「お腹…空いた」
「ああ、一緒に食べよう。たまには君の好みに合わせるよ」
「…だい、すき」
「…ああ、そうしよう」
「…ふ、ぁぁ…、ぅぁぁぁ」
俺が覚えている最後の光景は、俺の血で真っ赤になった彼女の口と、涙でいっぱいの彼女の目だった。
後味悪すぎましたね。
解説は…、あえてしない方向で。
私が思うゾンビの怖さが少しでも伝わると良いなと思い書いてみました。