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9 機甲師団

9 機甲師団


 ティナの抜け目ない態度を察した月代は、手始めに軽く話題を振ってみる。


「それにしても、演習とはいえ師団長のティナさん自ら戦車に乗るなんてすごいですね」


「ええ。実はこの戦車、特別仕様なんですのよ! わたくしの愛馬〝グスタフ〟は前方機銃の代わりに大型の無線機が搭載されてまして、戦車の中から各隊に指示が出せるようになってますの」


 いわゆる〝指揮戦車〟というやつだ。

 主に戦車隊の隊長が味方を指揮するために用いる車両だが、師団長が乗る指揮戦車など聞いたこともない。


「もしかして、師団指揮もこの戦車でするつもりですか?」


「御冗談を! 実戦ではちゃんと師団司令部を設けますわ。もちろん、一つの大型車両に指揮機能を集約させるという構想もありましたけど、今日は研究も兼ねて車内指揮を実演していただけですの。まあ、わたくしの趣味も少し混じっていますわね」


「ティナは相変わらず戦車にぞっこんじゃのう。確かに見てくれは強そうじゃが、中におっても狭苦しいだけじゃろ」


 口を挟んだイリスに対して、ティナは突然声のトーンを上げる。


「何をおっしゃます殿下! 車内で感じるエンジンの鼓動や硝煙の匂い、発砲時の衝撃がたまらないんですわ! ああ、戦車! なんてすばらしい兵器なんでしょう! いかなる砲火をも弾く強靭な装甲! 荒れ果てた戦場を駆け巡るタフな足回り! そして屈強な敵をいとも簡単に粉砕する雄々しい主砲! 一片の隙もない完璧な兵器とはまさにこのことですわ! いずれは全ての陸軍部隊を戦車隊にしたいですわね!」


「す、全て戦車じゃと? まあ、予算の都合がついたら考えておくかのう」


 オール・タンク・ドクトリンかよ!

 などとうメタな突っ込みを喉元で抑えた月代は、ティナの興奮を抑えようと話を具体的な方向に戻す。


「とりあえず戦車が素晴らしい兵器なのはよく分かりました。それで、ラトムランド軍では限られた戦車隊をどう編成しているんですか?」


「あら、ご存じありませんの? 基本的に、戦車隊は〝大隊〟規模で編成していますわ。軍内の精鋭師団に戦車大隊を1個づつ組み込み、主力歩兵を援護することになってますの。ちなみに1個戦車大隊の戦車定数は平均して50両ですわ」


 大隊とは師団の中に含まれるより小さな部隊単位だ。1つの歩兵師団には主力となる歩兵大隊が多数含まれており、その他にも偵察大隊や工兵大隊といった特殊な役割を持つ大隊を内包している。

 つまり歩兵師団に分配された戦車大隊は追加オプションのようなものだ。


 月代はその配備状況について具体的に確認しておく。


「ちなみに戦車大隊が配属されてる師団はいくつあります?」


「10個ですわ。全50個師団のうち2割が戦車隊の支援を得られる、という形になってますの。今はこれが精一杯ですわ」


 あらかた質問を終えた月代は頭を巡らせる。


 戦車は確かに強力な兵器だ。

 元々は陣地帯を突破するために開発された兵器だけあって、主力歩兵を支援するために戦車を手広く割り当てるというラトムランド軍の考え方は自然だ。


 だが、それは戦車を〝動ける大砲〟として使っているにすぎない。

 戦車は火力と強靭さも魅力だが、エンジンと無限軌道を組み合わせた〝機動力〟も利点の一つに挙げられる。

 当然ながら鈍足な歩兵と共同運用すれば、最後の利点は殺される。


 ならば最適解は別にある。

 月代は、再び現代から持ち込んだ知識を用いて、一つ提案してみることにした。


「ティナさんは戦車がお好きなんですね」


「ええ! いずれは陸戦の主役になるべき存在だと思いってますわ!」


「それなら、戦車を戦場の主役にする良いアイディアがありますよ」


 そう告げた月代は、自身の案を二人に披露する。


 提案の内容はこうだ。

 現在、各歩兵師団に割り振られている10個の戦車大隊を全て引き戻し、2個大隊のペアを組ませた〝独立戦車旅団〟を5個編成する。

 独立戦車旅団はその名の通り師団から独立した戦力であり、作戦指揮官は戦況に応じて独立戦車旅団を各戦地に派遣する形で運用する。

 つまり戦車隊の指揮権を師団長から取り上げ、戦線全体を見渡せる作戦指揮官に運用させるという方針だ。


 話を聞いていたティナは複雑な表情を見せた。


「なかなか斬新なアイディアですのね。ですけど、それでは戦車隊と歩兵の協調が乱れるのではありませんこと?」


「むしろ戦車隊を細切れにして歩兵に添わせる方がもったいないです。数に勝る敵に対して戦車を分散配備してしまえば、必ず各個撃破されます。ですが、戦車隊を独立させておけば機動力も確保できますし、何より局所的な火力の集中が容易になる。つまり、状況によっては独立戦車旅団による敵への逆襲が可能になります」


 煮え切らない表情を見せるティナは、口を噤んで考え込む。

 月代は最後のひと押しとばかりにティナの嗜好を揺さぶってみた。


「想像してみてください。歩兵同士が睨み合う拮抗した状況下で、無数の戦車隊が突如現れて戦況を一気に打開する……その姿はまさに戦場の主役。戦車はちんたら歩く歩兵と並んでただ大砲を撃つだけの存在じゃありません。古代の騎兵隊のように、颯爽と現れて戦場を席巻するヒーローのような存在なんです」


 月代の熱弁に対して、ティナは顔を伏せる。

 そして重々しい呟きを絞り出す。


「アナタという人は……」


 その次にティナが見せた反応を、月代は既に予見していた。


「なんてすばらしい考えをお持ちなの! ああ、私は真に戦車を理解する殿方と初めてお会いしましたわ!」


 ティナはイリスに詰め寄り声を荒げる。


「殿下! 今すぐにでもツキヨさんの編成を採用いたしましょう! 戦車の集中運用は私も常々模索しおりましたが、たった今決心がつきましたわ! そう、何も歩兵支援に拘る必要はなかったのですね! 古代騎兵のように運用する……素晴らしい発想ですわ!」


「お、おう。そちがそう言うのなら、そのようにとりはからおう」


「あ! でもわたくしの師団から戦車隊が引き抜かれるのは残念ですわね……」


 ティナの残念そうな表情を見た月代は提案を付け加える。


「じゃあこの際、皇立近衛師団を〝機甲師団〟に改編すればいいんじゃないですか。見たところトラックや装甲車の配備率も高そうですし、1個戦車旅団を組み込めばすぐできそうですね」


「キコウ師団とは一体なんですの? 聞いたことありませんわね」


「機械化の〝機〟と装甲の〝甲〟を足した名前で、トラックや装甲車に乗せた歩兵と戦車を半々くらいの割合で合わせた師団のことです」


「そんな過激な編成が許されますの? 歩兵をトラックに乗せた快速師団という構想は聞いたことがありますけれど、歩兵と戦車が半々というのはいかにもアンバランスでありません? しかも、我が師団には野砲を牽引するための車両がほとんどありませんわ。砲兵が随伴できなければ、いかに戦車があっても火力不足になってしまうような……」


「歩兵と砲兵を使って〝火力戦〟を展開する従来の歩兵師団とは違って、機甲師団の仕事は機動力と突破力を生かした〝運動戦〟です。つまり敵主力を迂回したり脆弱な部分を突いたりすれば火力不足は問題になりません。最終的には敵線を突破して後方の蹂躙を目指します」


 先ほどまで喜々と振る舞っていたティナは、突然足をふらつかせる。


「戦車を主力とした師団による敵線突破と後方蹂躙……ああ、そんな、そんなことをしてしまったら、わたくし、どうにかなってしまいますわ……」


 ティナは頬を赤らめたまま己の体を抱きしめて天を仰ぐ。

 その姿は既にどうにかなってしまっているように見える。

 傍目で見ているイリスもさすがに引いるようだった。


「いやぁ、まあ、ツキヨの知識が役立ったようでなによりじゃ」


「そうと決まれば善は急げですわ! すぐ師団本部に戻って再編成の段取りを整えませんと!」


 そう告げたティナは二人の腕を引いて駐屯地本部へ引きずり込んでいった。

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