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8 皇立近衛師団 ◆

8 皇立近衛師団


 総軍参謀局にて作戦計画の軌道修正を成功させた月代は、とりあえず大まかな指示だけ出してその場を後にした。

 レイラはあまりいい顔をしていなかったが、周囲の軍人は概ね肯定的な姿勢で指示を受け入れてくれた。


 しかし、月代は作戦の詳細を細かくは詰めなかった。

 その理由は、情報不足によるところが大きい。


 国際情勢や兵力差といった情報は、あくまで作戦の指針を決定する材料にすぎない。

 月代は作戦の細部を詰める上で、ラトムランド軍の採用する兵器や戦術について更に知る必要があると感じていた。


 そんなわけで、総軍参謀局を去った月代とイリスが次に向かった先は首都最寄りの陸軍駐屯地だった。


 再び専用車に乗り込んだイリスは、月代に目的地の説明をする。


「これから向かう基地には〝皇立近衛師団〟という部隊が駐屯しておる。彼らは最新の装備と錬度を兼ね備えた最強の師団じゃ。そこに行けば我が軍が何を使って戦うのか、またどうやって戦うのか少しは分かるじゃろうて」


 軽くそんな話を聞いていると1時間ほどで目的地に到着する。

 場所は山林に囲まれた郊外だ。演習場が併設されているらしいので、市街からは少し離れている。


 そして月代が車を降りると、「ドンッ」という大きな音が耳に届く。

 恐らく大砲か何かの発砲音だろう。


「おお、やっとるようじゃのう。せっかくじゃ、先に演習場を見ておくかのう」


「あの、イリス。許可とか取らなくていいの?」


「余は軍の最高指揮官じゃ。その余が基地の見学をするために許可を取る必要などあるまいて」


 そう告げたイリスは基地司令部と思しき建物をスルーし、その脇にあるグラウンドのような広場へと足を向ける。

 相変わらずイリスの振る舞いは自由奔放だ。


 国を代表する皇女としてはいささか軽率な気もするが、融通の利くその自由さは時間を無駄にしたくない月代にとってありがたかった。



 * * *



 二人が演習場へ足を踏み入れると、完全武装した実戦部隊が野砲や戦車を使って訓練に励んでいた。

 その規模からして総合的な火力演習らしい。

 

 ラトムランド軍の使用している兵器は、月代がざっと見たところ1930年代後半程度の水準であることがわかった。

 戦車は大きいもので20トンあるかないかといった程度で、主砲の口径も小さい。

 だが、どの戦車も足は速いらしく軽快に動き回っていた。


 月代は演習風景を眺めながらイリスに話かける。


「よさそうな戦車だね」


「うむ。あすこに見える戦車が国産の〝Tm-3〟じゃ。主力戦車の独自開発は難航しておったが、ようやく我が国も世界水準の戦車を量産することができた。今は100両ほど配備されておる。つまり全体の2割じゃな」


「他8割は?」


「輸入した軽戦車が多いかのう。大砲ではなく機関銃しか搭載していない旧式が半分以上じゃ」


 敵の戦車を撃破するためには強固な装甲を貫くための〝砲〟が必要になる。つまり、敵戦車と真っ向から撃ち合える車両はかなり少ないということだ。

 しかし、いかに旧式と言えども戦車は貴重な戦力だ。

 運用法に関しては少し工夫する必要があると月代は感じた。


 そんなことを考えているうちに、演習はいつの間にか終了していた。

 すると、整列を終えていた戦車のうち一両が不意に旋回し、イリスと月代のもとに向かって全速前進を始めた。


 戦車は二人の目と鼻の先で急停止する。

 月代が腰を抜かして尻餅をつくと、戦車の上部ハッチから一人の軍人が顔を出した。


「これは殿下、ごきげんうるわしゅうございます! 連絡を下されば特別席をご用意いたしましたのに!」


 そう告げた人物は、またしても若い美女だった。


挿絵(By みてみん)


「久しぶりじゃのうティナ。元気そうでなによりじゃ。こたびの演習、みごとじゃった」


「お褒め頂き光栄ですわ! ところで、見慣れぬ従者をお連れですのね。ずいぶんお若いようですが……」


「こやつはクルツ・ヤルネフェルトの息子でツキヨと言う。今日より余の軍事顧問を務めることになった。よろしくしてやってくれ」


「あらそうでしたの! わたくしティナ・アノ・ブラルトと申します。今はラトムランド陸軍中将として皇立近衛師団の師団長を務めておりますの。よろしくお願いしますわ!」

 

 月代はティナの軽いノリに気圧されつつ軽く頭を下げる。


 もはや軍服に身を包んだ美女を見慣れつつある月代だが、彼女の容姿はどこか見覚えがある気がした。

 しかも〝ブラルト〟という姓は先ほど聞いたばかりだ。


「もしかして、ティナさんってレイラさんの親族ですか?」


「あら、お姉さまをご存じでしたの! レイラはわたくしの姉ですわ。よく似てると言われますの!」


 そう告げたティナはいかにもお嬢様といった調子で高笑いする。

 確かに、顔つきは参謀局長のレイラに似ていなくもないが、性格は全く異なるらしい。傍から見ると姉妹とは思えない。


 それはさておき、軍のトップに続いて一線部隊の指揮官までイリスの身内であるという事実には月代も驚かされた。

 イリスの身内であれば話が通しやすいというメリットもあるが、もはやラトムランドの人材不足に関しては目を瞑った方がいいかもしれない。


 月代がそんなことを考えていると、ティナは戦車から飛び降りてイリスに向き合う。


「それで、本日はどのようなご用件ですの? 視察でしたら、僭越せんえつながらわたくしが当基地をご案内いたしますわ」


「ふむ、まあ目的は視察のようなものじゃが……実は軍事顧問であるこのツキヨが我が軍の現状を見たいと言い出してな。よい機会じゃから、そちもこの男と少し話してみるがよい。部隊の運用法に関して改めるべき部分が見つかるやもしれぬ」


「あら、殿下はずいぶんとその方を信用しておられるのですね。ヤルネフェルト少将ご子息ですか……浅学ながら、わたくしも部隊の運用法に関しては日夜研究を続けておりますわ。同胞として是非お話しをお聞きしたいですわね」


 ティナの口調は相変わらず朗らかだ。

 だが、彼女の見せる笑顔の裏には「変なことを言い出したら容赦しない」という威嚇が隠されているような気がした。

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