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68 渡河

68 渡河


 〝アバロフスク〟占領から数日後、前線のレタリア―ラトムランド連合軍は撃滅した敵部隊の捕虜処理に一応の目処をつけ、いよいよ敵首都に向けた最初の一歩である渡河作戦を実行に移していた。

 レタリア空軍は渡河地点の対岸に空挺部隊を降下させ、橋頭保を確保しつつある。

 しかし、実戦的な空挺部隊を持たないラトムランド軍は、本格的な渡河装備の到着と橋の修理を担当する工兵部隊の到着を待っての作戦開始となった。


 その日の夜更け、〝アバロフスク〟近郊の川岸では、数名の工兵が泳いで河川を渡り、数本の渡り綱を川にかける。

 そして、武装した兵士が乗り込んだゴムボートが渡り綱を伝って続々と渡河を開始した。


「師団長。先遣隊が対岸の一部を確保したとのことです。敵に発見された兆候はありません」


 部下のその言葉に、〝グスタフ2世〟から顔を出すティナは力強く頷く。


「上出来ですわ。これより、第1戦車中隊も渡河を開始します。水中で行動不能になった際は、焦らず友軍の救援を待ってください」


 すると、横一列に並んだ戦車部隊は静かにエンジンを吹かして川の中へと突き進んでいく。

 各戦車には、エンジンと上部ハッチにそれぞれ専用のシュノーケルが取り付けられており、水中でも行動が可能なようになっていた。

 しかし、遮蔽物のない川の中で敵の攻撃を受ければ、圧倒的に不利な状況に陥る。たとえ車体の装甲が頑丈だったとしても、敵の攻撃でシュノーケルに穴があけば、乗員が溺れるか水没したエンジンが停止してしまう恐れがあった。


 ハッチに取り付けられたシュノーケルに登ったティナは、暗闇に浮かぶ対岸に目を凝らす。

 すると、戦車隊が川の中腹に辿りついたところで、対岸の土手から一筋の曳光が上空へ打ち上がった。

 次の瞬間、空中で制止した曳光は破裂音と共に強烈な光を放ち始る。

 それは、夜間に戦場を照らし出す照明弾に他ならなかった。


 続いて〝グスタフ2世〟の車内に残る無線手が叫ぶ。


「敵襲です! 渡河を終えた先遣隊が敵の襲撃を受けている模様!」


 ティナは軽く舌打ちをして冷静に状況を見極める。


「まあ、これだけ派手に動けばバレても仕方ありませんわね。4号車と5号車は中州に上陸し、援護射撃を行ってください。残る車両は、このまま前進を継続!」


 すると、近くの水面に銃弾が着弾し水しぶきを上げる。

 それでもティナは、車内に戻らず双眼鏡を取り出して戦況を注視し続けた。


「対戦車砲が出てこないところを見ると、敵も戦車が出てくるとは思っていなかったようですわね。第3戦車中隊へ支援砲撃の許可を出します。目標は左辺の土手と指示してください」


 無線主がティナの指示を友軍へ飛ばすと、すかさず対岸の土手で爆炎が上がる。

 たとえ渡河を行わずとも、戦車砲の射程は軽々と川幅を超えていた。


「敵は照明弾を使ったのがアダになったようですね。こちらからも丸見えですわ。第1中隊が渡河を完了すると同時に、こちらからも照明弾を打ちます」


 照明下での戦闘は不利になると感じた敵は、照明弾の打ち上げを止めて暗闇での戦闘に方針を変える。

 だが、ホルスターから照明銃を取り出したティナが頭上に向けて引き金を引くと、再び周囲は眩い光に照らし出された。


「さあ、我慢の時間はお終いですわ。第1戦車中隊全車、土手に形成される敵陣地に向けて突撃!」


 渡河を終えたティナ率いる戦車部隊は、友軍の先遣隊と協力し突撃を開始する。

 照明弾に照らされた川岸に怒号が轟き、大地が揺れる。


 そして、戦車の登場に恐れをなした敵は、次々と暗闇に姿を消していった。



 * * *



 ティナ率いる皇立近衛師団が渡河を成功させた翌日、レタリア本国の総督府では、総督ドルチェを中心に各高官が集まり戦況を確認していた。


 議場で葉巻を吹かすドルチェは、陸軍参謀総長の報告に耳を傾ける。


「現在、河川各所で行っている渡河作戦は順調に推移しています。工兵には橋の修復を急がせており、5日もあれば車両の通行が可能になる見込みです」


「5日か、まあ妥当なところだな。しかし、マルクシアは何を考えているんだ。これだけの領土を奪われ、都市では国民が爆撃に震えているというのに、まだ交渉のテーブルにつかない。あまり戦争が長引くと戦費が嵩むばかりじゃないか」


 その言葉に、数少ない文民である内務大臣の男が手を上げる。


「現時点で投入されている戦費は事前予測の2倍ほどに膨らんでおり、国債発行にも限界がきています。その原因として上げられるのが占領地の管理でして、難民の対応及びインフラの復旧、またゲリラの対処が想定外の支出となっております。また、一部国民の間では戦争継続を疑問視する声も上がり始め、反国家主義者の摘発件数も増加傾向です」


 内務大臣の言葉に、ドルチェはいささか機嫌を損ねた。


「占領地のマルクシア人から資産を徴発できんのか。土地を奪ったはいいが、結果は赤字ですなどという言葉は聞きたくないのだがね」


 再び陸軍参謀総長が口を開く。


「資産の徴発を行えば難民の増加を招きます。ただでさえ後方負担になっている難民をこれ以上増やしますと、金の問題だけでなく戦争遂行に支障をきたします」


「しかし、マルクシア人難民をレタリア国内に入れでもしたら国民はますます反発するだろう。ラトムランドの連中は長期戦体制の確立などという戯言をほのめかしていたが、今なにより優先されるのは戦争の早期終結だ。陸軍は、全力をもって次の戦果を挙げたまえ」


 漠然としたドルチェの指示に、陸軍参謀総長は当惑する。


「は、それは敵首都の攻略を目指す、という方針でよろしいでしょうか」


 その言葉に、ドルチェは苛立たしげに応える。


「首都を攻略しなければ敵が降伏しないというなら、そうせざるを得ないだろう。とにかく、首都攻略でも大包囲でも何でもいい。戦果拡張を継続するんだ。それと、空軍の方はどうなんだね」


 不機嫌なドルチェに話を振られた空軍軍令部長官のパトリアは、無理やり笑顔を作って応じる。

 

「はい。空軍はマルクシアに対する都市爆撃を継続中です。効果は十分に挙がっております」


 パトリアは、先の首都爆撃で甚大な被害を被った事実を素直に話す気などさらさらなかった。

 しかし、いくら言葉を並べたところで、具体的な戦果の見えない都市爆撃の効果をドルチェにアピールするには限界があった。


「効果は挙がっていると言うがね、本当に連中は爆撃に恐怖しているのか? マルクシアでは、反乱や反戦運動の兆候など全く見られないのだろう。いつになったら敵が降伏するのか教えてもらいたいものだね」


 その言葉に、パトリアは気まずそうに視線を落して沈黙で応える。


 結局、その日の会合は現状を確認しただけで、今後の方針を明確化することはできなかった。

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