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67 都市爆撃

67 都市爆撃


 その日、レタリア空軍軍令部では、長官のパトリアが昨日実施したマルクシア首都爆撃の結果報告を受けていた。

 資料に目を通すパトリアは、わなわなと手を震わせて険しい表情を作っていく。

 そして、資料を机に叩きつけると、その場に同席する高級軍人達に向かって叫んだ。


「なんなのこの結果は! 喪失機が42機、用修理機が216機ですって!? 

被害率1割、損傷率5割って、これはどういうことなの!」


 その言葉に、表情を曇らせた高級軍人の一人が応える。


「は、マルクシア空軍は我が軍の航路上に多数の高射砲を設置しており、また迎撃機による襲撃も反復して行われました。敵は、我が軍の標的が首都であることを予見し、対策を打っていた模様です……」


「だとしても、この数字は異常じゃない? 爆撃編隊には十分な護衛機をつけていたんでしょう?」


「その件ですが、首都爆撃は長距離作戦となりますので、燃料の限られる護衛機は空戦が発生するたびに帰還せざるを得ませんでして、首都到達時には予定数の3割にも満たない数しか護衛につけなかったそうです」


 その言葉に、パトリアは歯を食いしばり舌打ちをする。

 見かねた高級軍人は、パトリアに意見具申した。


「長官閣下。大変申し上げにくいのですが、今後は長距離目標である首都への爆撃を一時中断し、敵飛行場及び制空機に対する航空撃滅戦を展開した方がよろしいかと思います。航空優勢を得られれば、再び首都爆撃を敢行する機会は得られるかと……」


 パトリアは彼の意見を咀嚼して考え込む。

 しかし、彼女が出した決断は明確な否定だった。


「いいえ、今後も都市爆撃を継続しましょう。戦争を早期終結させるためには、兎にも角にも都市を標的にする他ないわ」


「しかし、それで被害が嵩めば、航空作戦の遂行に支障が……」


「誰が同じ手を使うと言いました? 今後、都市を標的にする際は夜間爆撃にしましょう。どの道、ピンポイントで爆弾を落す必要はないわ。明りが灯っている民家に向けて爆弾をばら撒けばそれで結構。同時に、本国にある航空艦隊の一部をマルクシア西部の占領地に展開させ、出撃拠点を分散させます。標的都市も分散させて日替わりで変更し、首都を爆撃する場合に限り集中出撃とする。それでよろしくて?」


 パトリアの提案は、一面で見れば合理的だった。

 しかし、パトリアに意見具申した高級軍人は、あくまで標的が都市であることに危惧を覚えた。


 都市爆撃は敵国民に対する精神的ダメージを与えはするが、それは目に見えない成果だ。

 都市機能が麻痺すればそれだけ戦争遂行能力に支障をきたすが、戦略的な効果を重視するなら標的を工場やインフラに限定した方が効率がいい。

 加えて、敵航空隊や飛行場に対する攻撃を行わなければ、マルクシアの航空戦力は拡充を続けて行く。

 このまま都市爆撃を継続すれば、いずれ数的有利が覆る可能性すらあった。


 だが、空軍軍令部の面々はとりあえずパトリアの方針に従うことにした。

 先の橋爆撃作戦により、陸上戦では大きな戦果が挙がっている。

 この戦争が順調に推移していると考えれば、戦力のやり取りを行う長期的な作戦より、都市爆撃の方が戦争終結に寄与できるかもしれないと考えたのだ。


 方針の決まった軍令部では、高級軍人達がパトリアの指示を遂行すべくその場を離れていく。

 そして、部屋の中心で無残な報告書に目を落すパトリアは、マルクシアに対する敵対心をふつふつと燃やしていた。



 * * *



 一方その頃、都市爆撃で大きな被害を被ったマルクシアの評議会議事堂地下では、ライールとアカネが顔を合わせていた。


「いやぁ、また派手にやられたね。こうも都市爆撃をされると、うかうかと寝てもいられないよ」


 そう告げたライールは、寝癖で乱れた髪を整えつつ茜と対面する。

 対する茜も先の都市爆撃に気を揉まれ、いささか寝不足のようだった。


「しかしながら、組織的な迎撃は概ね成功したと聞いています。今後は、敵の爆撃隊を漸減しつつ、いずれはレタリア本国飛行場に対する爆撃も実施したいですね」


「うんうん。新型機の量産も軌道に乗りつつあるしね。しかし、戦争の本分は陸戦だ。動員もほぼ完了したことだし、そろそろ地上でも反撃の準備をしなきゃ」


 その言葉に、茜は作戦図を広げて応える。


「現在、首都前面の防御陣地は8割が完成しています。その全容は恐らく敵の航空偵察で露呈していますが、戦略的に敵はこの首都に迫る以外の選択肢が取れない。だからこそ、敵はこの防御陣地に正面から挑むと私は踏んでいます」


「そうだねぇ。敵は、いかにマルクシアの土地を奪い、爆弾を落したところで僕らが降伏しないことに薄々気付くはずだ。むしろ国民は、怖気づくどころか復讐に燃えている。今や、幼い少年少女すら兵役志願窓口に押し寄せてるそうじゃないか。全てを失った人の復讐心は怖いからねぇ」


 そう告げるライールの冷血な笑顔は、もはや馴染みの表情だ。

 ライールは機嫌よく話を続ける。


「それで、首都前面に集中した敵をアカネくんがどうするつもりなのか、僕は聞くまでもないかな?」


 その言葉に、茜は口を歪めた。


「先の戦争で有効性が実証された我が軍の作戦機動群は、今や装甲戦力を拡充させ、単なる機動戦力から絶大な突破力を持つ突撃部隊へと変容しています。その戦力を用いれば、レタリア―ラトムランド連合軍の逆包囲は容易でしょう」


「まあ、敵もそれは警戒した上で作戦を立案するだろうけどね。しかし、戦略的硬直というものは怖いものだ。いかに頭を捻ろうと、標的が一つしかなければそこに向かう他ない。敵はその術中に嵌りつつある」


「敵が思惑通りに動くなら、効果が最大限発揮される瞬間を狙うのがセオリーです。レタリア軍のように、目先の勝利に目を眩ませるのは愚策……私達は、計画通りに事を運びましょう」


 その言葉に、ライールは満足げに頷いた。


「よし、そうと決まれば反撃準備だ。アカネくんは作戦計画の詳細を詰めてくれ。僕は雑務に追われているからね。中身については一任するよ」


「ありがとうございます」


 そう告げた茜は、話を終えて踵を返す。

 しかし、部屋を出る直前になって、あることを思い出した。


「そう言えば、ライール首相は先日のダム決壊事件をご存じですよね」


 その言葉に、ライールは飄々と応じる。


「うん。聞いてるよ。なんでも、レタリア空軍の爆撃機がダムを破壊したとか。酷い話だよねぇ。犠牲者は数千人を下らないだろう」


「しかし、洪水によってレタリア軍地上部隊も甚大な被害を受けたそうです。レタリアの陸空軍は、それほど連携が取れていないんでしょうか?」


 その言葉に、事の真相を知るライールはぴくりと眉を動かす。


「まあ、航空隊を陸軍から切り離して別組織にすれば、連携も難しくなるだろうさ。もしかしたら、下流域の水没範囲を見誤ったのかもしれない。まあでも、水没した地域は今や敵の占領地だ。復興のことを考えるのは、戦争が終わってからにしよう」


「……そうですね」


 そう告げて部屋を去った茜は、いささか引っかかるものを感じ始めていた。

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