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65 見舞い

65 見舞い


 その日、〝アバロフスク〟では退路を断たれ最後まで抵抗を続けていた敵野戦軍がようやく降伏勧告を受け入れていた。


 勝利に沸く皇立近衛師団は、ひとまず捕虜と戦災住民の処理を優先させ、現在は戦闘を停止していた。

 〝アバロフスク〟の市庁舎にラトムランド国旗が翻り、中央広場では降伏した敵兵が列を成して後方へ移動している。


 そんな中、市庁舎を一時的な師団司令部として接収したティナは、庁舎内で事務仕事に邁進していた。

 ティナは、庁舎内で〝アバロフスク〟市長及び敵野戦軍の司令官と会談の場を設け、今後の市政と捕虜の処遇について打ち合わせを進めている。

 そして、庁舎内の食堂では勝利に沸く兵士達が宴を上げていた。


 一方、ティナが不在となった〝グスタフ2世〟は庁舎脇の広場で修理とメンテナンスを受けており、車長であるセシリアもその作業を手伝っている。

 いつものようにセシリアが戦車の履帯を外して足回りの整備をしていると、砲手を務める兵士が話しかけてくる。


「セシリアさん。戦車の整備もいいですけど、カレのこと探さなくていいんですか?」


 そう告げた砲手は、セシリアと同じ女兵士だ。

 女兵士の比率が高いラトムランド軍では、性差による問題を少なくするため、女兵士は同じ部隊にまとめておくのが常だ。

 それもあり、〝グスタフ2世〟の乗員は、ティナ始め全て女兵士が担っていた。


 そんな長い付き合いのある砲手の言葉に、セシリアはとぼけたフリをして応える。


「カレって、誰のことですか」


「誰って、あのレタリア人のパイロットですよ。彼を助けたとき、セシリアさん凄い必死だったじゃないですか。カレのこと、気になるんですよね?」


「別に、そんなことありません」


 と、セシリアは告げたが、半分は嘘だった。

 セシリアはブロッコに気があるわけではない。だが、彼の生死は気になっていた。

 不意にセシリアは、ブロッコと交わしたキスのことを思い出す。


 あれはその場の勢いだ。べつに、彼に気があるわけじゃない。

 そう自分に言い聞かせたセシリアは、砲手の言葉を無視して作業を続ける。


 すると、どこかニヤニヤと口を歪める砲手はセシリアの耳元に顔を寄せて囁いた。


「実はぁ、近くの病院でレタリア空軍のパイロットが入院してるって戦友に聞いたんですよねー」


 その言葉に、セシリアは作業の手を止める。


「場所はアバロフスク第一病院ってとこらしいんですよねー」


「だから何だって言うんですか」


 砲手は、あくまで素気ない態度をとるセシリアに根負けし、大きなため息をつく。


「ま、セシリアさんがそこまで言うなら興味なんでしょうね。あーつまんないなー」


「いいから、アナタも整備を手伝ってください」


 セシリアの告げたその言葉に、砲手は「へいへい」と応えて〝グスタフ2世〟の整備作業に取り掛かった。



 * * *



 その日の晩、〝グスタフ2世〟の整備作業を終えたセシリアは、結局砲手の言っていた〝アバロフスク第一病院〟に来てしまった。

 街灯の点いていない夜道から明りの灯る病院内に足を踏み入れると、そこは傷病兵で溢れかえっていた。


 普段はエントランスとして使用されるその空間には至るところで兵士が横になり、うめき声を上げている。また、そこかしこに民間人の姿も見て取れた。

 アバロフスク市街戦は苛烈を極め、敵味方だけでなく民間人にも多くの被害が出ている。

 この光景は、市街戦における一つの必然だった。


 重苦しい空気に気圧されたセシリアは、軽く深呼吸をしてから手近な軍医に話しかける。


「すいません。レタリア人の患者を見ませんでしたか」


 すると、忙しなく手を動かす軍医はぶっきらぼうに応えた。


「さあね。こちとら毎日何百人って数の患者を見てるんだ。いちいち国籍なんて確認してないよ」


 その言葉に、病院内の忙しさを察したセシリアはブロッコ探しを諦めようかと考える。

 すると、近くに寝そべる兵士から不意に声をかけられた。


「お嬢ちゃん、レタリア人を探してんのか。それだったら、奥の病室にいるらしいぜ。物珍しいから噂になってたよ」


 セシリアはその兵士の言葉に従い、薄暗い病院の奥へと進んでいった。

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