64 辛勝
64 辛勝
〝アバロフスク〟市街戦が開始されてから一週間後、都市攻略に乗り出していた皇立近衛師団は敵部隊が撤退を行う河川の桟橋を確保し、戦況はようやくひと段落しつつあった。
それとほぼ時を同じくして、レタリア―ラトムランド連合軍はマルクシア中部の河川西岸の要所をほぼ抑え、背水の陣となった敵野戦軍の包囲に成功していた。
その日、ラトムランド総軍参謀局の面々はレタリア軍からの報告を加味し、緒戦の戦果確認を行っていた。
大よそ情報をまとめ上げたレイラは、全員に向かってその内容を報告する。
「河川西岸に取り残された敵野戦軍は、合計でおおよそ30万といったところだな。マルクシア軍を敗勢に追い込むにはいささか頼りない戦果だが、勝ちには変わりない」
しかし、その勝利と引き換えにレタリア―ラトムランド軍が多くの懸案事項を抱えることになった事実も月代は把握していた。
「敵野戦軍の一部を撃滅できたのは大きいですが、こちらが占領した土地には飢えるマルクシア国民1000万人以上が取り残されている。敵の焦土作戦により生活基盤を失った彼らは大きな負担になりますね」
その言葉に、イリスも懸念を示す。
「戦争に勝つことも重要じゃが、いかに敵国と言えど生活に困窮する民を放ってはおけんのう……」
対するレイラも難民の問題には頭を悩ませていた。
「難民問題については、ラトムランド国内での受け入れや生活基盤の残る都市への移住を進めていますが、何にせよ我が軍の補給網に多大な負荷を与えていることは事実です。この辺りで講和を結べれば理想的なのですが……」
しかし、その希望はレタリア本国から知らされていた報告によって既に潰えている。その事実をイリスは口に出して確認する。
「レタリアが主導して行っている停戦交渉はまったく進展しておらんのじゃろう。マルクシアは、我が軍の侵攻を阻止したところで反撃の時期を見計らっておる。もう少し勝ち戦を重ねなければ、きゃつらは交渉のテーブルにつかんじゃろう」
イリスの現状認識は正しい。
マルクシアに反撃を行えるだけの戦力が残されている限り、この戦争は継続するだろうことを月代は端から覚悟していた。
しかし、それは月代に逆転の発想をもたらした。
「そうか、河川を超えての進軍が難しいのは敵も同じだ。あえて、ここから防御戦に移行して敵が疲弊するのを待つという戦略もあるな……」
その提案に、レイラはいささか不満げな表情を見せる。
「仮に、この戦争が長期戦になった場合、こちらが有利になるかどうかは微妙なところだな。レタリアと我が国は占領地の維持管理に多大な投資を継続する必要があるし、このまま総動員状態を維持すれば国内生産力も低下する。戦争を始めたはいいが、国内経済が低迷を続ければ国民も戦争の継続を疑問視するだろう。更に言えば、急進的なレタリアがその案を受け入れるとは到底思えない」
総動員を行う無制限戦争の問題点はそこにある。
徴兵は多量の兵士を用意できる反面、国内から多くの労働力を引き抜くことになるため、いかに占領地を確保していようとそれを開拓する労働力がなければ発展は望めない。
つまり、総力戦を継続し続ける限り、戦争当事国は常に疲弊し続けるのだ。
「確かに、レタリアの存在がネックですね。国益確保を最優先する彼らは消極的な作戦にいい顔をしないはずだ。やっぱり、攻勢に打って出るしかないのか……」
月代がそこまで告げると、司令部付の将校の一人がレイラの下に駆け寄り、新たな情報をもたらした。
「局長、ご報告します。未明より、レタリア空軍は戦略爆撃の方針をイフンラや工場を標的としたピンポイント爆撃から無差別爆撃に転換したらしく、現在マルクシア首都が大規模な空襲に晒されているとのことです。こちらに事前の通達はありませんでした」
その言葉に、イリスは信じられないといった様子で声を荒げた。
「どういうことじゃ! 民間人を標的にした爆撃は慎むよう要請していたハズじゃ! それが、今になって事前通達も無しに無差別都市爆撃じゃと!」
だが、対するレイラや月代は将校の報告にあまり驚いてはいないようだった。
レイラはイリスをなだめるかのように、重々しく口を開く。
「レタリア空軍も痺れを切らしたのでしょう。大変申し上げにくいですが、いずれはこうなるものだと思っておりました。ただ、彼らの戦略にも合理性がないわけではありません。マルクシアの戦意を挫くことが目的ならば、都市爆撃にも一定の効果が……」
イリスはレイラの言葉を遮るようにして迫る。
「民間人を無差別に殺めるのが合理的じゃと!? そちは、それでも皇国軍人か! きゃつらのやっていることは虐殺じゃ! 非道じゃ! 余はそんなことまでして戦争に勝ちたいとは思わん!」
「しかし、爆撃を行っているのはあくまでレタリア軍です。もはや我々が何と言おうと、それを止めることはできません」
レイラの言葉に、イリスは拳を握り込んで押し黙る。
その姿を見た月代は、慰めにならないと分かっていても、イリスに言葉をかけた。
「この戦争を早く終わらせることができれば、犠牲は最低限で済む。今は目の前の戦いに集中して、これからのことを考えよう」
イリス大きく息を吐き、顔を上げて応える。
「わかっておる。とにかく、レタリア空軍には無差別都市爆撃を止めるよう進言しよう……して、この戦争を早期に終結させるためには、攻勢が必要なのじゃろう。ならば、我が軍は敵の首都まで突き進むまでじゃ。余は、戦いが終わるその日まで、後悔せんと決めたのじゃからな……」
その言葉に、月代は大きく頷いた。




