63 救出
63 救出
〝アバロフスク〟上空で始まった空中戦は、地上で戦う兵士達の目にも映っていた。
〝グスタフ2世〟の脇で進軍を続ける歩兵は、その空戦の顛末を目の当たりにする。
「ぶつかった! 体当たりだ!」
その言葉に、〝グスタフ2世〟のハッチから顔を出すティナも上空を見上げる。
すると、空中衝突を起こしバラバラに空中分解する2機の機体が目に入った。
地上戦に集中するティナはすぐさま視線を戻したが、続く歩兵の言葉に再び視線を上空へと移す。
「脱出したのは友軍だ! 近くに降りるぞ!」
その言葉通り、パラシュートで降下するパイロットは、今まさに戦闘を繰り広げている要所の街道めがけて落下していた。
それを見届けたティナは、判断に迷ったが覚悟を決めてすぐさま部下に命じる。
「あのパイロットを救出しますわ! 煙幕弾を使いなさい!」
その言葉に、車長のセシリアがすぐさま反応する。
「弾種、煙幕弾! 目標、パイロット正面の敵陣地! テッ!」
すると、〝グスタフ2世〟から放たれた主砲は敵陣地の正面に命中し、目隠しとなる白い煙幕をあたり一面に展開する。
それを見届けたセシリアは、即座に次の指示を出した。
「このまま前進してパイロットの正面に出てください! 壁ができたら私が救出します!」
セシリアの指示により、全速前進を始めた〝グスタフ2世〟は煙幕の中を駆け抜け、銃弾を浴びつつ落下したパイロットの正面に出る。
そして、ハッチに居座るティナを押しのけたセシリアは、銃弾の飛び交う車外へと飛び出した。
ティナはその行動を制止しようとしたが、セシリアの勢いに圧されて車内に残る。
そして、白い煙幕の中でパイロットに駆け寄ったセシリアは、苦痛に歪むその顔を見て驚愕した。
「えっ、ブロッコさん!」
「あ……セシリア、ちゃん? なんで君が……僕は夢でも見てるのか……」
それは不意の再開だった。
しかし、今は会話を交わしている場合ではない。
セシリアがブロッコの体に目を向けると、彼の肩口からは大量の血が滴っていた。傷口の様子から見て銃創のようだ。
セシリアは急いでパラシュートを外し、ブロッコを〝グスタフ2世〟の後部に押し上げる。
ブロッコはかなり衰弱していたが、セシリアの手を借りてなんとか車体の上に登ることができた。
「パイロットを乗せました! 後退してください!」
その言葉に応じ、〝グスタフ2世〟は敵に背を見せぬようバックで後退する。
そして、揺れ動く車体の後ろでセシリアはブロッコの容体を確認した。
「肩に銃創……弾は抜けてるけど、血を止めないと!」
セリシアの手近に柔らかい布はない。
焦るセシリアは、おもむろに上着と肌着を脱いで下着姿になる。そして、自身の肌着をブロッコの肩に巻き付け、渾身の力で締めあげた。
「いたっ! いたたたた……なんだ、本当にセシリアちゃん、だね……下着、まる見えだよ……」
朦朧とするブロッコは、顔を苦痛に歪めながらもセシリアに笑みを向ける。
対するセシリアは己の姿など気にもとめず、ブロッコに巻いた肌着を必死に押さえつけていた。
「血が、止まらない……お願い、止まって!」
セシリアは血に染まる己の手を眺め、悲痛な表情を見せる。
だが、対するブロッコの表情はどこか穏やかになっていった。
「はは、僕は幸せ者だ。惚れた女の子に、最期をみとってもらえるなら、本望だよ……それに、可愛い下着だね……」
その言葉に、セシリアは何度も首を横に振る。
「嫌ッ! 死んじゃダメです! お願い、死なないで……」
いつの間にか、セシリアの瞳に涙が溜まっていく。
セシリアはブロッコに愛着があるわけではない。それでも、死に行く味方を助けられないという無力感と、死を受け入れるようなブロッコの態度にセシリアの心は揺さぶられた。
そんなセシリアの表情を見たブロッコは、目を細めて呟く。
「セシリアちゃん……ぼく、もうダメかもしれないから、最後に一つ、お願いを聞いてよ」
「お願い……?」
「うん……キスして、ほしいな」
その言葉に、セシリアは涙で歪む視界でブロッコの表情を見据える。
そして、ブロッコの傷口を押さえたまま、目を閉じ優しく口づけをした。
セシリアにとって、それは不快な行為でも何でもなかった。
目の前で死地に立たされた味方を慰められるなら、キスくらいどうということはないと思った。
「お願い、キスでも何でもするから、死なないで……」
「そうだね……できれば僕も、死にたくないけど、これで満足だよ……なんだか凄く眠いんだ……」
そう告げたブロッコは徐々に目を閉じていく。
「嫌ッ! 嫌ッ!」
セシリアは悲痛に叫ぶ。
そして、後退を続ける〝グスタフ2世〟はようやく味方の陣地に到達した。
すぐさま兵士達が車体に駆け寄り、ブロッコの体を引き取った。
すると、歩兵達に抱えられたブロッコは体をよじって声を上げる。
「あいたっ! おい、痛いって! まだ死んでないから! 優しく、優しくね!」
その様子を見たセシリアは安堵の表情を浮かべ、離れ行くブロッコの姿を見送る。
すると、不意に背中から上着をかけられた。
「まさか助けたパイロットがブロッコ中尉だったとは驚きですわね。それとセシリア、そんな格好では戦えませんわよ。わたくしの上着を着ていなさい」
上着を受け取ったセシリアは言われるがままに袖を通す。
だが、彼女の視線は後送されるブロッコに向けられたままだった。




