62 空戦
62 空戦
その日ブロッコは、再び〝アバロフスク〟の上空を飛んでいた。
ラトムランド軍の〝アバロフスク〟攻略開始に伴い、レタリア空軍は航空支援を惜しみなく行っていたが、戦果は芳しくなかった。
それというのも、〝アバロフスク〟上空では新型機を保有するマルクシア軍の迎撃隊が神出鬼没に出現し、レタリア空軍の爆撃編隊を襲撃していたからだ。
そんな中、ブロッコに与えられた任務は敵迎撃機の動向を探る偵察だった。
味方の爆撃が開始される前に、敵の迎撃機を発見して友軍に報告するのがその任務だ。
〝モランデルR型〟の操縦桿を握るブロッコは、周囲に目を光らせながら偵察飛行を続ける。
〝アバロフスク〟上空は雲がまばらに舞う晴天だ。
航空作戦を行うにはもってこいの日よりだが、それは敵にとっても同じだった。
「いたぞ! 敵編隊だ。4機いるな」
ブロッコは、敵発見の一報を無線手に告げる。
報告を受けた無線手も敵の姿を確認した
「この距離だと恐らくこっちも見つかってますね。友軍の制空隊に連絡します。こちらも合流しましょう」
空中戦においても、数の優劣は戦闘の結果に直結する。
操縦桿を切って機体を反転させたブロッコは、すぐさま出撃中の友軍の制空隊と合流を試みた。
その間、無線手は後ろに見える敵機の姿を双眼鏡で仔細に観察する。
「やっぱり……例の連中です。機首に黒のスペードが描かれています」
黒のスペード――それは、〝アバロフスク〟周辺の空域でにわかに噂になっている敵部隊のマークだった。
その部隊は、新型のマルクシア製戦闘機Lu-100通称〝リュッツェ〟を保有し、腕利きの者だけで構成されているとのことだ。
神出鬼没に現れる〝黒のスペード〟集団は、〝アバロフスク〟への爆撃を試みるレタリア空軍機を次々と襲撃し、制空を試みる戦闘機隊すらも追い返す凄腕ぶりだった。
レタリア空軍はそんな状況を面白いと感じるはずもなく、今日も制空隊を出撃させ、〝黒のスペード〟集団を迎撃する算段を立てた。
そして、レタリア軍制空隊と〝黒のスペード〟集団は、いよいよ本格的な交戦を始めようとしていた。
友軍の制空隊に合流したブロッコは状況を確認する。
今出撃している味方機は制空隊が6機と、ブロッコの操る〝モランデルR型〟が1機の計7機だ。
対する敵は、新型機〝リュッツェ〟が4機。
数の上で見れば、レタリア空軍が上回っている。
「数は6対4だが、敵は手練だ。僕も手助けする必要があるだろう。君はどう思う?」
対する無線手は、軽い態度で応じた。
「どう思うって、俺に聞かなくたって中尉はやる気なんでしょ。お付き合いしますよ。雪辱を晴らしましょう」
強敵を前にいささか緊張していたブロッコは、無線手の言葉に勇気を貰う。
「悪いな。いつも我儘言っちゃって。今度、女の子でも紹介するよ。レタリア人と、ラトムランド人、どっちがいい?」
「中尉におまかせします。さて、来ましたよ!」
無線手のそんな言葉と共に、空中戦は幕を開けた。
両軍は互いに2機づつのペアを組み、ドッグファイトに突入する。
まるで互いの尻尾を追いかけ回す犬のように、互いが互いの後ろを取り合って旋回を続けるその姿はまさに巴戦だ。
しかし、〝黒のスペード〟集団は単調な旋回に拘らず、一方のペアが降下すればもう一方のペアが上空をとって一撃離脱を試みる合理的な戦術をとっていた。
ドッグファイトに集中する友軍機は、上空から襲いかかる別のペアに気付かず不意打ちを受け、瞬く間に3機を失う。
対するレタリア軍制空隊も、数的な優位を生かしドッグファイトで敵を追い詰め、2機を撃墜している。
状況は4対2。まだ優勢だ。
ブロッコは残る2機の片割れに対してしきりに攻撃を仕掛けていたが、照準機に敵を捕らえることはできなかった。
「ちょこまかと動きやがって!」
空中戦のさなか、ブロッコは敵機に描かれた〝黒のスペード〟マークの隣に、数字の〝1〟が描かれているのを見逃さなかった。
あいつが隊長機――エースだ。
それに気づいたブロッコは、この日のために暖めていた秘策を披露する。
ブロッコは敵を直線的に追いかけるのを止め、機体を螺旋状に回転させる。
まるでネジ山のような軌道でぐるぐると回る機体は、速度低下を最低限に抑えつつ徐々に敵機の後方へと迫った。
それは所謂、〝バレルロール〟というテクニックだ。
ブロッコは、訓練生時代にこの〝バレルロール〟で幾多のライバルを出し抜いてきた。
その思惑通り、ブロッコの操る〝モランデルR型〟は、敵隊長機の尻を取って有利な位置につく。
対する敵は急上昇で離脱を試みたが、速度を失った〝リュッツェ〟は徐々に動きを鈍らせていった。
甘い。
ブロッコは勝利を確信した。
上空で制止する敵機は、もはやただの的だ。
ブロッコは照準器を覗きこみ、射撃レバーに手をかける。
だが、まさにその瞬間、敵は不思議な挙動を始めた。
速度を失い失速状態に突入した〝リュッツェ〟は、そのまま機体を横に滑らせ、まるでブーメランのように回転して一瞬で降下姿勢に入ったのだ。
不意の挙動に対応できなかったブロッコは敵を見失い、射撃機会を逸する。
「クソッ! ハンマーヘッドか!」
ブロッコは、失速を利用したそのテクニックを知っていた。
普通、固定翼機は主翼の揚力を生かして機体を上向きに振って旋回する。
だが、失速中は揚力が得にくくなるため、旋回は鈍くなってしまう。
そこで失速中の機体を真横に振ることで揚力を消し去り、重力を利用して振り降ろされたハンマーのように機体を回転させるのが〝ハンマーヘッドターン〟というテクニックだ。
ハンマーヘッドターンにより急旋回を行った〝リュッツェ〟と〝モランデルR型〟は空中で交錯する。
そして、ほんの数メートルの差で、ブロッコは敵に側面を取られていた。
わずか1秒にも満たないその瞬間、〝モランデルR型〟に機銃弾が降り注ぐ。
操縦席に命中した機銃弾はパイロットを覆うガラス窓を突き破り、機内を跳ねまわる。
激しい衝撃がブロッコの体に襲いかかり、計器に血が飛び散った。
それでもブロッコは、己の体より先に無線手の無事を気にかける。
「おい、大丈夫か!」
だが、その問いかけに対する返事はなかった。
ブロッコが後ろに目を向けると、後部座席を覆うガラスが鮮血で染まっている。
そして、頭から大量の血を流しぐったりとする無線手の体が目に入った。
「おい、返事をしろ! おいったら!」
ブロッコは声をかけ続けたが、無線手の絶命はもはや明白だった。
後悔と絶望に苛まれるブロッコは、自分の不甲斐なさに憤怒し、戦友の命を奪った敵を睨みつける。
射撃を終えた〝リュッツェ〟は、〝モランデルR型〟のほぼ真横に位置していた。
この位置から逆襲を行うことはできない。
だが、敵に復讐するための手段は一つだけあった。
戦友の死により冷静さを失ったブロッコは、怒りに身を任せて操縦桿を倒す。
その急旋回により、〝リュッツェ〟と〝モランデルR型〟は急接近し、互いの操縦者がはっきり目視できるようになった。
それでもブロッコは旋回を止めず、敵機に迫る。
その行動に対して、〝リュッツェ〟のパイロットは驚きの表情を浮かべている。
対するブロッコは、相手の顔を睨みつけたまま口を歪めて叫んだ。
「避けられるもんなら避けてみな!」
その瞬間、極限まで接近した両機は機体と機体を接触させ、バラバラに空中分解していった。




