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60 アバロフスク市街戦

60 アバロフスク市街戦


 増援の到着を待ち、〝アバロフスク〟へと突入した皇立近衛師団は、いよいよ本格的な市街戦に突入していた。

 家々の乱立する市街地では、機甲師団の強みである機動力は生かせない。

 しかし、戦車の持つ強靭な装甲は前進する歩兵の盾となり、ティナ率いる先鋒部隊は区画ひとつひとつを着実に占領していった。


 街道を進んでは一時停止し、左右の建屋に歩兵を突入させ、制圧する。

 そんな気の遠くなるような作業が延々と続く。


 〝グスタフ2世〟は歩兵と速度を合わせて前進を続ける。

 すると、数発の機銃弾が装甲に命中した。

 ティナはすかさず指示を出す。


「左の建屋に銃座がありますわ! セシリア!」


「はい! 弾種、榴弾……テッ!」


 グスタフの放った榴弾は2階建ての民家に命中し、激しい爆炎を上げて外壁を粉砕する。

 敵兵の姿が露わになったところで、すかさず銃手は機銃掃射を行った。

 

 戦闘を続けていると、別の民家を制圧中の歩兵が戦車に駆けのぼって声をかけてくる。


「師団長。民家にまだ住民が残っています。いかがしましょう」


 その言葉に、ティナは苛立たしげに舌打ちをする。


「家から出て南に非難するようお伝えなさい……マルクシアの連中は住民避難も十分に行っていないようですわね。これが意図的なものだとしたら、さすがに腹が立ってきますわ」


 ティナ達の進撃する住居区では、至るところに市民が取り残されている。

 市民達は不意に現れたラトムランド軍に恐怖し、ある者は逃げまどい、またある者は家の中で身を潜めていた。

 当然ながら、そんな中で戦闘を行えば民間人にも多くの犠牲者が出ていた。


 加えて、レタリア空軍は支援のつもりか、連日連夜都市爆撃を続けている。

 幸いにして地上部隊との連携は取れていたため誤爆は少なかったが、爆弾を投下された先にどれだけ民間人がいるか、ティナは想像もしたくなかった。


 すると、友軍と交信していた無線手が声を上げる。


「師団長。敵は、我が軍の降伏勧告を拒絶したようです。なんでも、マルクシア国民はいかなる苦境にも屈しない。だとか」


「それは軍人の言葉であって市民の言葉ではありません。その言葉を発した者は、市民の命を単なる弾避けくらいにしか考えていないようですわね」


 ティナの言葉は一面の真実だ。

 建物が全て無人であればいくらでも主砲を乱射できるが、住民が取り残されているとなれば躊躇いも生じる。

 また、ラトムランド軍は至るところで遭遇する民間人の対応に手を焼き、明らかに進撃が停滞していた。

 

 そんな調子で進撃を続けていると、車外で一人の歩兵が叫び声を上げた。


「手榴弾だ!」


 ティナはすぐさま戦車のハッチを閉め車内に潜り込む。

 コツン、という金属音が車内に鳴り響いた次の瞬間、耳をつんざくような爆音と激しい衝撃が乗員を襲う。

 耳鳴りで頭をふらつかせたティナは、それでもハッチからすぐさま顔を出し、危険を顧みず状況を確認した。


「被害は!」


 追従する歩兵の一人が片耳を押さえながら応える。


「死傷者は……3名です! おい、あそこを占拠していた連中は何をやっていた!」


 手榴弾を投げ落とされたと思われる建屋に歩兵がすぐさま突入し、占拠を試みる。

 しばらくすると、突入した歩兵達は私服姿の若い女性を一人連れ出してきた。

 女性に銃を突きつける歩兵の一人は、怒りに満ち溢れた形相でティナに報告する。


「手榴弾を投げたのはコイツです。避難するよう指示していたのですが……」


「ッ……」


 歩兵の報告に、ティナは言葉を失う。

 これが市街戦だ。


 軍服ではなく、私服姿で戦闘に加担する人間は〝便衣兵〟と言い、国際法で禁じられている。

 たとえ彼女が養成されたゲリラでなかったとしても、自国を守ろうとする住民の強い意思は、時としてこのような行動にかき立てることがある。

 ティナはそれを重々承知していたが、戦友を殺された怒りと悔しさは消えることがなかった。


 ぎりと歯を食いしばったティナは、懸命に平静を装い、歩兵に告げる。


「彼女は拘束して後方に送りなさい。決して、手荒な真似はしないように」


 その言葉に、歩兵は悔しさに顔を歪め声を荒げた。


「師団長! コイツは、コイツは、俺の、俺達の仲間を殺したんですよ! マーティン、ランドルフ、アルバート……3人も殺したんですよ! それなのに、それなのにッ!」


 彼の震える手は、今にも女性に突き付けた小銃の引き金を引いてしまいそうだった。

 その様子を見たティナは、あくまで冷静さを保ったまま口を開く。


「わたくし達は、誇り高き皇国軍人です。もしアナタがその引き金を引けば、わたくしはアナタを容赦なく軍法会議にかけます」


 その言葉に、歩兵は小銃を下ろし、頭に被るヘルメットを地面に投げつける。

 そして、目の前に横たわる戦友の遺体を前にしてひざまずいた。


「クソッ! クソッ! クソッ! ああ、マーティン……マーティン! お前はこんなところで……こんなところで、死んじまうのかよ! かみさんはどうすんだよ! 子供だってまだ小さいんだろ! なあ、マーティンよぉ……」


 周囲にいる兵士達は、悲痛に泣き叫ぶ彼の姿を見ていられなかった。

 だからこそ、ティナは毅然と命じる。


「遺体は速やかに後送し、前進を再開します。アナタも早く立ちなさい。ここは戦場です」


 その言葉に呼応し、兵士達は己の感情を押し殺して粛々と役目に戻った。

 泣き叫んでいた兵士は、顔をぐしゃぐしゃに歪めたままマーティンの遺体を担いで立ち上がる。

 その様子を見届けたティナは、視線を正面に戻し、前進を再開した。

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