59 前哨戦
59 前哨戦
レタリア空軍による橋爆撃作戦がいよいよ佳境にさしかかっていた頃、レタリア空軍偵察機パイロットのブロッコは、いつものように戦場を飛んでいた。
愛機〝モランデルR型〟の機内から地上を見下ろすと、翼下には河川沿いに形成された広大な工業都市〝アバロフスク〟が広がっている。
都市の近郊では既に黒煙が上がっており、地上部隊はいよいよ〝アバロフスク〟攻略に乗り出している所だった。
ブロッコは都市の規模感に圧倒され声を上げる。
「デカイ町だなぁ。僕の住んでた田舎とは大違いだ」
その言葉に、無線手が応える。
「ここまで規模が大きいと攻略に手間取りそうですね」
「そうだな……おい見ろよ。敵サン、必死に逃げだしてるぜ」
そう告げたブロッコが機体を傾けると、河川で何隻もの艀が列を成して運河を往復していているのが目に入った。
その様子を見た無線手はブロッコに問いかける。
「あまり撤退が進むとまずいですね。爆撃隊にはあの艀を攻撃するよう進言しますか?」
「いや、避難中の民間人かもしれない。とりあえず様子を見てくるか」
そう告げたブロッコは機体を降下させ、河川の上空に到達する。
そのまま機体を真横にし、無線手に観測の指示を出した。
「双眼鏡で見てくれ。どうだ、乗ってるのは民間人か?」
「……いえ、全部兵士みたいですね。桟橋付近にも避難民はいないようです」
「やっぱりそうか。まあ、民間人より撤退する兵士の方が大事だわな。よし、友軍に攻撃を進言を指示しよう。とりあえず帰るぜ」
そう告げたブロッコが機体を反転させ、進路を飛行場へ向ける。
すると、その途中で友軍機の編隊とすれ違った。
数は20機ほどだろうか。中規模なその編隊の中核を成すのは、双発の大型爆撃機だ。
ブロッコは傍目でその編隊を見送る。
「あの爆撃機は本土から飛んできたやつだな。頼もしいねぇ」
ブロッコがそんな言葉を口にして視線を戻すと、不意に無線主が声を上げた。
「あ! 中尉殿、味方が襲撃されてます!」
驚いたブロッコが再び編隊に目を向けると、1機の爆撃機がエンジンから火を噴き降下を始めていた。
ブロッコ達は長らくこの空域を飛行してたが、敵機の存在には気がつかなかった。
その責任感もあり、ブロッコは無線主に己の意思を告げる。
「まずいな。僕達も加勢した方がいい」
その言葉に、無線手は呆れたような声をだす。
「だから、我々の任務はあくまで偵察です……と、言っても中尉殿は聞きいれませんよね」
「僕のことをよくわかってらっしゃる。君は後ろを見ててくれよ」
そう告げたブロッコは、機体を反転させ爆撃編隊の下へ向かった。
近づいてみると、綺麗な編隊を組む爆撃機は上方に向けて防護機銃を乱射している。無数の爆撃機が生み出すその弾幕は、かなりの威圧感があった。
その様子にブロッコはたまらず声を上げる。
「敵はあんな弾幕の中に突っ込んだのか。無鉄砲なのか手練なのか、とにかくその敵が見当たらないな……ひとまず高度をとろう」
そう告げたブロッコが機首を上に向けると、お目当ての敵編隊は上空にある雲の中から突如として現れた。
それに気付いた無線手は敵の位置をブロッコに告げる。
「中尉! 敵は2時方向上空です! 2機います!」
「僕にも見えてる! クソ、またやられるぞ!」
すると、ほぼ垂直に近い角度で降下した2機の敵機は、それぞれお目当ての爆撃機に襲いかかり、瞬く間に機銃の雨を降らせた。
爆撃機にとって、直上の敵は防護機銃の角度がつけにくく迎撃が難しい。
ただし、襲いかかる敵にとっても、ほぼ直角の位置から狙いをつけるのは至難だ。
だが、そんな荒技を2機の敵機は平気でやってのけた。
敵が爆撃編隊とすれ違い降下する頃には、またも一機の爆撃機はエンジンから黒煙を上げていた。
それを傍目から見ていたブロッコは、敵を仔細に観察する。
「青い、機体? 見たこともないシルエットだな。新型機かもしれん」
双眼鏡でその様子を覗いていた無線手もブロッコの意見に同意した。
「私の記憶にもない機体です。青塗装ということは、上空での戦闘を想定した新型要撃機の可能性が高そうですね」
そんな会話を続けていると、敵編隊は再び高度をとって雲の中へと消えていく。
味方の護衛機も、急降下と急上昇を繰り返す敵を捉えられず、爆撃機の後方であたふたしているようだった。
ブロッコは自分にできることを考える。
「敵は俺達の存在に気付いていないハズだ。こちらも高度をとって、再降下する敵の尻を取ろう」
ブロッコはぐんぐんと機体を上昇させ、敵が消えた雲の脇につけた。
すると、雲の切れ目から敵編隊の姿を捉える。
ブロッコはいささか興奮と緊張を覚えつつも、機首を敵に向けた。
「見たところ2機だけのようだが、他にも敵がいるかもしれない。君は周りをよく見ていてくれ」
そう告げたブロッコは、再降下を始める敵機の後ろに機体をつけた。
照準器を覗き、1機の敵に狙いを定める。
そして射撃レバーを握ろうとしたその瞬間、敵は不意に急旋回を始めた。
「ちくしょう、バレてたか!」
不意打ちに失敗したブロッコはそのまま旋回する敵に追い縋り、ドッグファイトに移行する。
だが、その行動は無線手によって制止された。
「中尉! もう1機が後ろにつけています!」
「クソ! 編隊での戦いに慣れてるな!」
ブロッコは威嚇程度に正面に見える敵に向けて機銃をばら撒き、そして後方に迫った敵を引っぺがすべく急旋回を行う。
だが、その回避行動は一瞬だけ遅れてしまった。
後ろに迫る敵機と交錯するその瞬間、敵機は〝モランデルR型〟に向けて機銃を掃射する。
金属と金属のぶつかり合う衝撃と騒音が機内を包み、操縦者を覆う窓ガラスにヒビが入る。
そのまま敵機とすれ違うと、機体と体が無事なことを確認したブロッコは無線手に声をかけた。
「おい! 無事か!」
「はい、なんとか。機体はどうですか」
「かすっただけだ。それより敵は!?」
無線手が周囲を確認すると、2機の敵は友軍の護衛機に追いかけられ、爆撃編隊から距離を取りつつあった。
ここが引き際だと判断したのだろう。
友軍の護衛機も、味方爆撃機から離れるわけにはいかず、追撃を諦めて編隊飛行に戻っていた。
戦いがひと段落し、額の汗を拭ったブロッコは歯をぎりと食いしばる。
今回の戦いは、間違いなく敗北だった。
味方は一方的に爆撃機を撃墜され、それを救おうとしたブロッコは逆に敵の掃射を受けた。
たまたま致命傷には至らなかったが、あの状況では撃墜されていてもおかしくはなかった。
その事実に、ブロッコは底知れない敗北感と悔しさを覚える。
そして、自身の判断の甘さを認識したブロッコは、弱々しい声で無線手に謝罪した。
「すまない。僕の判断ミスで危険な目に遭わせたな」
「五体満足で帰れるなら文句ありませんよ。今後は無茶しないでくださいね」
そう告げる無線手は、ブロッコを攻めず、逆に慰めるような声色だった。
そんな会話を交わし、再び機体を飛行場に向けたブロッコはあの敵のことを考える。
青い戦闘機、いつかリベンジしてやる。
そう心に決めたブロッコは、操縦桿を強く握りしめ、帰路についた。




