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58 ライール

58 ライール


 その日、ライールは評議会議事堂地下の執務室にて各高官からの報告を受けていた。

 その場には、アカネと陸空軍の大臣それぞれ2名、更に国家憲兵隊司令官ラザノフの姿があった。


 ライールは空軍大臣に近況の報告を求める。


「さて、レタリア軍はなにやら面白いことをしてるみたいだね」


「は、レタリア空軍は都市爆撃から一転して、現在は中部地方の河川にかかる橋を標的に散発的な爆撃を実施しております。我が軍は新防空システムの確立により迎撃効率は上がりつつありますが、現在のところ橋の被害率は6割を超えています」


 空軍大臣の報告に、ライールは普段通りの笑顔で応じる。


「まあ、僕としては別に破壊してもらっても構わないんだけどね。元より、前線部隊の撤退完了後は国家憲兵隊が爆破するつもりだったわけだし」


 その言葉に、陸軍大臣が眉をひそめて口を開く。


「しかし、野戦軍の撤退及び住民避難は殆ど進んでおりません。このままでは、50万近い将兵と1000万以上の民間人が西部に取り残されます。それに加えて国家憲兵隊による焦土作戦を継続すれば、甚大な人的被害が出ると予測されます」


 陸軍大臣の憂慮に対し、ライールは動じず飄々と応じる。


「とは言え、壊されちゃったものはしょうがないからねぇ。取り残された人達のことを思うと心苦しいけど、逆に言えば焦土作戦により飢えた住民は敵軍の足かせにもなる。とにかく今は、敵軍に負荷をかけて進撃を停滞させることが最優先だ。動員完了までには、少なくともあと3週間はかかるんだろ?」


 その言葉に、陸軍大臣は言葉を失った。

 彼は己の立場をわきまえ、やるべきことは理解している。

 だが、己の統べる将兵や国民を見殺しにするライールのやり方にはいささか賛同できなかった。


 陸軍大臣は、ライールの徹底的なまでの冷血さに身の毛がよだつ。

 そして、半ば答えの予測できる質問を嫌々ながら投げかけた。


「では、〝アバロフスク〟を中心に行っているはしけによる撤退及び非難も、住民より軍人優先になりますでしょうか……」


「そうなるね。まあ、君の気持は重々承知している。焦土作戦についても、良い気はしないのは僕も同じだ。しかしこれは戦争だ。国のためを思えばこそなんだよ。理解してくれるね?」


「承知致しました……」


 その会話を傍から聞いていた茜は、いささか複雑な気分だった。

 純軍事的に見れば、敵の進撃を停滞させるために焦土作戦を行うというライールの判断は正しい。

 しかし、それを平然と指示できるライールの冷血さは、いささか人間味を欠くように感じられた


 茜は月代の言っていた話を思い出す。


――A.W.Wは現実世界のコピーであり、そこに住む人々は実際に生きてると表現して相違ない。


 その告白に対し、茜はさも動じていないような振る舞いでA.W.Wの継続を宣言したが、実際には複雑な想いが生まれていた。


 私は、本当に命の駆け引きが行われている戦争指導に加担し、責任を負った。


 それを思い出すと、たとえライールのやり方が効果的だったとしても、心苦しいものがあった。


「アカネくん、どうかしたかい? 何か考え込んでいるようだけど」


 茜は、ふとライールに声をかけられる。

 驚いた茜は平然を装って作り笑を浮かべて応じた。


「いえ、戦線が膠着した後のことを考えていただけです。我が軍の動員が完了したとしても、戦力差は対等のままです。何か決定打になる作戦を考えなきゃいけないと思いまして……」


 茜はとっさにそんなことを口にしたが、今後のことを考えていたのは事実だ。

 茜の言葉に、ライールは顎に手を当て頭を捻る。


「確かに、たとえ戦線を膠着させたとしても、敵に西部の領土を奪われたままでいるのはあまり良い状況とは言えない。戦争が長引けば、また国民が痺れを切らすかもしれない。だけど、その辺りを誤魔化す宣伝は上手くやってくれてるよねラザノフくん?」


 その言葉に、国家憲兵隊司令官のラザノフが応じる。


「は、元よりこの戦争は防衛戦争ですので、故郷を取り返すために立ち上がろうという呼びかけは十分な賛同を得られております。また、我々が行っている焦土作戦についもて、レタリア―ラトムランド連合軍が焼き討ちをしているという情報操作を行っており、我々の行動は十分に秘匿されています」


「うんうん。僕らが率先して家々を焼き払ってるなんてことが知れたら一大事だ。その辺りは十分注意してくれ。僕らは、国内でも密かに人気のある皇女イリスを悪役に貶めなければならない。まあ、そんな思惑もレタリア軍の好き勝手な振る舞いによって徐々に達せられているようだけどね」


 ライールの言う通り、平和的なラトムランドの象徴イリスは、国内外でも高い評価を得ていた。

 しかしながら、今回の侵略戦争や、その中で行われたレタリア軍の都市爆撃はマルクシア国民の怒りを燃え上がらせるに足る十分な燃料となった。

 今や、己の家々や故郷、家族を失った国民は、イリスとドルチェを悪の二大独裁者として憎み、その打倒に向けて団結している。


 イリスとドルチェを打ち倒せば、再び安寧が訪れる。

 そう信じ、兵士達は銃を手にとり、国民は苦しい戦時下の生活に耐え忍んでいる。

 それは、かつてラトムランドがマルクシアを打ち倒した際の団結と似ていた。


 そんな今の状況に、ライールは心の奥底でどこか満足しているようだった。


「いやぁ、それにしても数年前まで内戦していたのが嘘みたいな一致団結ぶりだ。やっぱり、国をまとめ上げるためには悪の枢軸すうじくってものが必要なんだね。特に、あの平和的な指導者で知られる皇女イリスが邪道に堕ちたなんて宣伝文句は、さも悲劇的で怒りを焚きつけられそうだ。スピーチの文句に事欠かないよ」


 そう告げるライールの表情は、いつにもましてにこやかな笑みを浮かべていた。

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