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57 橋

57 橋


 第二次対マルクシア戦争が始まり、一週間が経とうとしていた。

 総軍参謀局内のオフィスでは、今日もイリス、レイラ、月代を始めとした面子が揃って戦況を見守っている。


 前回の戦争では爆撃の危険を鑑みて地下に作戦総司令部を設けていたが、今回は地上のオフィス内に司令部を設けている。

 さすがのマルクシア軍も連日続くレタリア軍の爆撃対応に追われているらしく、ラトムランド領内の上空に飛ぶ敵機影はなかった。


 戦況は概ね順調だ。

 マルクシア領内の敵野戦軍は後退を続け、レタリア=ラトムランド連合軍は順調な進撃を続けている。


 しかし、通信要員から知らされたある一報に、レイラは突如として驚きの声を上げる。


「レタリア空軍が橋を片っ端から破壊しているだと!?」


 その言葉に、月代とイリスもレイラの下に寄って状況を確認する。

 最初に声をかけたのは月代だった。


「どうかしたんですか?」


 通信要員から話を聞き終えたレイラは、大きなため息をついて応える。


「レタリア軍め、我々の同意も得ずに勝手に方針を転換しおって……いささか、面倒なことになった」


 その言葉にイリスが口を挟む。


「橋がどうとか言っておったの。破壊とはどういうことじゃ?」


「その言葉の通りです殿下。レタリア軍は、我々が迅速に確保すべきだったマルクシア中部の橋を、あろうことか爆撃で破壊して回っているようです」


 月代はレイラの言葉に耳を疑う。


「どういうことですか。マルクシア軍が停滞作戦の一環で自ら橋を破壊するなら分かりますけど、どうしてレタリア軍が橋を……」


 その意図を聞き及んでいたレイラは、苦々しく説明する。


「どうやら、敵野戦軍の補足撃滅を焦ったレタリア軍は、大包囲を断念し敵を河川西部に拘束して撃滅するつもりらしい。確かに橋を破壊すれば撤退する敵の足止めはできるが、完全に渡河を防げるわけではなかろう……これで我が軍の思惑は完全に破綻した」


 事の重大さを認識した月代は頭を抱える。


「レタリア軍は何を考えてるんだ。今撤退中の敵は確実に主力じゃない。恐らく停滞作戦用の二線級部隊だ。そんな連中をいくら撃滅したって戦力的な優位は得られない……」


 月代の言葉に、レイラはいささか冷静さを取り戻す。


「しかし、起きてしまったことは仕方がない。我が軍は速やかに河川沿いまで進出し、少しでも多くの敵を撃滅する必要があるだろう。その後は、厳しい戦いになりそうだがな」


 月代は先々の事に頭を巡らせたが、今は良い考えが思いつかなかった。


「とりあえず、渡河の事は河川に到達してから考えましょう。今は、レイラさんの言う通り河川西部に取り残された敵を撃滅することに専念しないと……」


 月代の言葉にレイラが首肯する。


「そうだな。橋を失った敵が渡河による撤退を行うなら、桟橋の多い都市部に集まるハズだ。我が軍の目標は都市〝アバロフスク〟のままで構わないだろう」


 いかに橋がないと言えど、マルクシアも河川を渡るための小舟であるはしけくらいは保有しているだろう。

 うかうかしていれば、敵は艀で悠々と渡河撤退してしまう。


 今後の戦いが険しいものになるであろうことを覚悟した月代は、視線を下げて拳を握り込む。

 

 そして、レイラと月代の話を傍らで聞いていたイリスは、押し黙る月代の背中を心配そうに眺め続けていた。



 * * *



 その頃、前線の最先鋒に立ち快調に進撃を続ける皇立近衛師団は、敵の焦土作戦に足を止められつつ、都市〝アバロフスク〟に迫っていた。


 小高い丘の上に陣取った〝グスタフ2世〟のハッチから顔を出したティナは、双眼鏡でおぼろげに〝アバロフスク〟の全貌を捉える。

 遠くから見ただけでも、都市〝アバトフスク〟は今まで攻略したことのないほど大規模なものであることがわかった。


「あれが工業都市〝アバロフスク〟ですわね。ウチの首都くらいの規模がありそうですね」


 その言葉に車内からセシリアが応える。


「前は〝ゴブロフスク〟って名前でしたよね。まだゴブロフ1世の息子が皇帝なのに、都市の名前を変えるなんてよっぽど気にくわなかったんですかね」


「皇帝の名前を都市につけるというのは、いかにも個人崇拝じみてますからね。国民感情を鑑みたんでしょう」


「そんなもんですかねぇ」


 偵察を終えたティナは車内に戻り、今後の作戦を考える。


「焦土作戦までするマルクシアがあの都市を無血開城するとも思えませんし、恐らく市街戦になりますわね……とはいえ、我が師団だけであの都市を攻略するのは難しいでしょう。とりあえず都市を避けて河川沿岸まで進出して援軍の到着を待ちましょう」


 ティナの言葉に、セシリアは顔を曇らせる。


「市街戦ですか……また民間人を巻き込む戦いになりますね」


 その言葉に、ティナは苦笑いを見せた。


「アナタという人は、本当に軍人向きではない性格ですのね。まあ、そんな心優しいところもわたくしは好きですけど、上官としては複雑な気分ですわ」


「も、申し訳ありません……」


 ティナは、しょげるセシリアの頭をわしわしと掴む。


「とにかく、仕事はきっちりやってもらいますわよ。そろそろ前進しましょう。ほら、指示なさい」


「は、はい! 戦車前進!」


 そんなセシリアの号令と共に、〝グスタフ2世〟は軽快に前進を始めた。

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