56 焦土作戦
56 焦土作戦
衝撃的なマルクシア首都大空襲の後、ラトムランドがレタリアに宣戦布告を通達してから3日が経過していた。
宣戦後に進撃を開始したラトムランド軍はさしたる抵抗も受けずに国境線防衛線を突破し、レタリア軍の左翼を進む形で進撃を継続している。
その日の夕刻、ティナ率いる皇立近衛師団はマルクシア領内の草原を抜けて小さな村落に到達していた。
〝グスタフ2世〟から飛び降りたティナは、目の前に広がる光景に目を疑う。
「これは……酷い有り様ですわね」
無人となったその小さな村落は、建屋という建屋全てが焼き払われ、完全なる廃墟と化していた。
ティナはその理由を察する。
「レタリア軍はこの辺りに進出していないハズですから、恐らくマルクシア軍が手を下したんでしょう」
その言葉に、〝グスタフ2世〟のハッチから顔を出したセシリアは衝撃を受ける。
「自国の村を焼き払うなんて、どうしてそんな……」
「焦土作戦ですわ。わたくし達に寝床を提供しないつもりなんでしょう。恐らく、食料や薪の類も処分しているでしょうね」
焦土作戦は、占領された自国の資産を活用されないよう、あらかじめ全てを破壊しておくいささか冷酷な作戦だ。
特に、戦場で不足しがちな食料や燃料を現地調達されないようにする目的で遂行される。
ティナがそんな惨状を眺めていると、部下の兵士達が放置された井戸を見つけて水をくみ上げている様子が目に入った。
今は真夏だ。
水も戦場では貴重な資源であり、兵士達も喉の渇きに耐えられなかったらしい。
彼らは桶いっぱいに汲まれた水に手をかけようとする。
「お待ちなさい」
ティナはすぐさま兵士達の下に駆け寄り、その行動を制止させた。
ちょうど目についたカエルを捕まえたティナは、そのまま桶の中に投げ入れる。
すると、元気よく泳いでいたカエルは徐々に動きを鈍らせ、次第に手足を痙攣させて動かなくなってしまった。
「やっぱり。毒が入っていますわね」
ティナの放ったその言葉に、兵士達は顔を青ざめて息を飲む。
汚染された井戸は、たとえ戦争が終わろうとしばらく使うことはできないだろう。
更に、地下水に汚染が広がっていれば、この周辺で水を汲むこともままならない。
文字通り、この村落は死の村と化していた。
ティナは声を張り上げ部下に命令する。
「皆さま、許可なくこの村落の建物に近づくことを禁止します。ブービートラップや地雷が仕掛けられている可能性がありますわ。今日は、近くの草地で野営を行いましょう」
命令を受けた部下達は、ぞろぞろと村落から引き上げ始める。
その光景を見ていたセシリアは、ティナに向かってぽつりと呟いた。
「これも、私達のせいなんでしょうか……」
焦土作戦を行ったのは、あくまでマルクシアだ。
しかし、彼らを本気にさせ、ここまで冷酷な作戦に駆り立てたのは、戦争を始めたレタリアとラトムランドに他ならなかった。
それを示唆するセシリアの言葉に、ティナは毅然と応じた。
「そうでしょうね。マルクシアに攻め込んだわたくし達のせい、でもありますわね。それで、アナタはマルクシア国民に同情して、戦うのをお止めにでもなりますか?」
「いえ……」
「なら余計なことを考えるのはお止めなさい」
セシリアは、ティナの言葉が冷酷だとは思わなかった。
ティナは師団長として己の立場を理解し、それを行動に移しているに過ぎない。それは、一兵士として戦いに身を投じるセシリアにも求められることだ。
戦争行為とは、いかに自分達の立場や行動を正当化したところで、つまるところは非生産的な破壊活動だ。
そこに疑問を抱けば、兵士として戦うことはできなくなる。
軍人になるということは、時として冷酷かつ冷血になる必要がある。
それを思い出したセシリアは、廃墟と化した村落から目を背け、ティナの背中に従った。
* * *
日が暮れ夜も更けていたその頃、レタリア総督府では総督ドルチェと空軍長官パトリアが顔を合わせてた。
執務室で二人きりとなったドルチェとパトリアは、薄暗い室内でソファーに並んで腰かけている。
制服を着崩したパトリアは、己の義父でもあるドルチェの腰に手を回し、必要以上に体を寄せつけていた。
そんなパトリアの誘惑にまんざらでもないドルチェは、はにかみながら口を開く。
「なんだパトリア、今日は大事な話があるんじゃないのか」
「ええ、実は今日、とっておきの作戦を思いついたのよ」
そう告げたパトリアは、ドルチェの頬に口づけし、頬を撫でる。
「わかってると思うが、いくら私を誘惑したところで何でもかんでもはいはいと首を縦に振る気はないぞ」
口ではそう言いつつも、ドルチェもパトリアの体に手を這わす。
その感触に体をよじらせたパトリアは、可愛らしく微笑んだ。
「承知してますわ。これはただの戯れです。まあでも、お楽しみの前にムズカシイ話を済ませておきましょ」
そう告げたパトリアは、ドルチェから体を離し、机の上に広げられた作戦図の前に立つ。
「実は、マルクシア野戦軍を簡単に殲滅する良い方法を思いついたの」
ドルチェは懐から葉巻取り出して口に咥え、「ほうほう」と相槌を打つ。
「空軍畑の君が陸戦に興味を持つなんて珍しいな」
「こう見えても、お国のことはしっかり考えているんですよ」
そう告げたパトリアは、陸軍部隊を模した駒を動かして現在の戦況を再現する。
「今、陸軍はマルクシア中部方面軍の包囲殲滅を目指して前進を続けているそうですね。ただし、それを察知している敵は河川沿いに防御線を設定し、迎え撃つ算段でいる。これは、私達が行っている航空偵察からも明らかですわ。だからこそ、陸軍は速やかに河川を渡河し、敵防御線の後方に進出する必要がある。ここまではよろしくて?」
いささか真剣な表情を取り戻したドルチェは口から煙を吐いて首肯する。
「そうだ。だからこそ、我が軍は敵が防御線を整える前に河川へ進出し、渡河を行って橋頭保を確保する必要がある」
パトリアは駒の一つを河川まで進め、そこで停止させた。
「だけれど、これはいささか賭けになると思いません? 仮に、橋頭保の確保に失敗すれば戦線はこの防御線で停滞します。そのまま持久戦になれば、マルクシアは動員を完了し、戦況はますます不利になる」
ドルチェはいささか考え込み、パトリアの意見を汲む。
「まあ、そうだな。マルクシアの連中も白痴じゃない。彼らの思惑は捻りがないが、理に叶っている。それで、君が思いついたアイディアというのは、その思惑を打ち砕く素晴らしいプランなのかい?」
その言葉に、パトリアは口を歪めた。
「ええ、発想の逆転です」
そう告げたパトリアは、マルクシア軍に見立てた無数の駒をレタリア軍の前に並べる。
「マルクシア軍は、防御線を整えるため計画的に後退している。その彼らを、今の進撃ペースで補足撃滅するのは困難です。だけれど、彼ら自身がこの川を渡れなくなったらどうでしょう?」
ドルチェはパトリアの言わんとしていることがわからなかった。
「仮に敵が川を渡れなくなれば撤退中の敵を補足撃滅できるだろうが、阻止爆撃で敵を拘束するというのかい? しかし、数十万という敵を一挙に拘束できるほど君の空軍は万能じゃないだろう」
「敵はその川を渡るために、何をお使いになります?」
その言葉に、ドルチェはようやく合点がいった。
「なるほど、橋か……もしや、君はこの河川にかかる橋を片っ端から爆撃で破壊しようというのか?」
「ア・タ・リ」
パトリアの思惑を理解したドルチェは押し黙って考え込む。
確かに、パトリアの作戦は意欲的だ。
撤退中の敵を渡河不能にすれば、ひとまず前線に展開する敵野戦軍を殲滅できる可能性は高くなる。
ドルチェは、目先の敵を河川の前で撃滅するか、腰を据えて渡河からの大包囲を目指すか、その二択を迫られた。
「どう? 面白い作戦でしょ?」
再びソファーに戻り、ドルチェに体を寄せたパトリアは耳元で囁く。
だが、対するドルチェは押し黙り固まったまま答えを出さなかった。
「フフフ、結論を出すには時間が必要? なら、ムズカシイ話はやめにして、答えを出すのは明日にしましょ」
そう告げたパトリアは、ドルチェの体に両手を這わし、体を寄せつけていった。




