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55 思惑

55 思惑


 レタリアの唐突とも言える開戦の情報は、ラトムランド内にも伝わっていた。

 ラトムランド側は、イリスの要望もあり宣戦布告のタイミングをレタリアと合わせる気でいたが、レタリアが勝手に戦争を始めたとあれば動かざるを得ない。

 ロレンツ率いる外務省は急ぎマルクシアへの宣戦布告通達を行ったが、レタリアの空襲を受けるマルクシアに対して行った宣戦布告はもはや冗談以外の何物でもなかった。


 事の推移に、総軍参謀局に詰めるイリスは眉をひそめる。


「レタリアめ、きゃつらはちゃんと宣戦布告を行ってから攻撃を開始したのか? まさか騙し打ちをしたわけではあるまいな」


 その言葉に、同席するロレンツも渋い表情を作る。


「事前の話しては、レタリアが宣戦布告を行うと同時に我が国も通達を行う手筈になっていましたが、レタリアからの連絡は事後でした。恐らく、宣戦布告と都市爆撃はほぼ同時だったと思われます」


 戦争は、一見すると何でもありのように思えるが、互いに申し合わせたルールが一応存在する。宣戦布告の手順や、使用禁止兵器の存在などがそれにあたる。

 もちろん、それを破ろうとも罰を下す者はいないが、国際世論からの心証は確実に悪くなる。

 この戦争を始めるにあたり、いきなり都市爆撃を行ったレタリアの行動は国際的に問題視されても不思議ではなかった。


 しかし、レイラはその点をあまり危惧していないようだった。


「どのみち、マルクシアもさして好かれている国ではない。レタリアの行動も褒められたものではないが、周りから見ればお互い様といったところだろう。我が国は我が国なりに、手順を踏めば問題はない」


 それも一理ある意見だが、イリスの心情を知る月代はいささか心苦しいものがあった。

 しかし、戦争が始まってしまえば後はやるべきことをするだけだ。既に起きたことを後悔している暇はない。

 それを思い出した月代は、レイラに戦況を確認する。


「前線の様子はどうですか?」


「レタリア軍は我が軍に先立ちマルクシア領に侵入し、戦果を拡張中のようだ。我が軍もそれに続いて左翼に展開しているが、国境線でさしたる抵抗は受けていない。マルクシアは事前の想定通り、国境線での防衛を放棄していたようだな」


 それは、以前月代が対マルクシア戦争で行ったやり方と同じだ。

 国境線は、要塞でも建設しない限り防御に適したラインを形成しているわけではない。

 後で反撃に転じられる見込みがあれば、一度領土を放棄して守りやすい場所で守るのが防衛戦のセオリーだ。

 だからこそ、ラトムランド―レタリア連合軍は、敵が形成する本当の防衛ラインを突破し、敵の野戦軍を補足撃滅する必要がある。

 その場所とタイミングを見極めるのが、最大の課題だった。


 それを踏まえ、月代は現状を整理する。


「今回の戦争で、航空優勢はこちらの手中にある。敵を補足するのは容易でしょうけど、その防御線を突破できるかどうかが鍵になりますね」


 その言葉に、レイラは首肯しながら応える。


「敵の主要防衛ラインは概ね把握済みだ。敵はマルクシア中部で大陸を分断する河川沿いに防御線を形成している。ここを迅速に突破し、河川後方に進出できれば包囲殲滅の機会はあるだろう。レタリア軍もそれは重々承知しているハズだ」


 月代はそれを実現するための作戦を思案する。


「空挺で事前に橋を奪取するのが理想ですね。だけど、ウチの国に空挺部隊ってないんですよね?」


 レイラは苦々しく首を縦に振る。


「実験的な部隊はあるが、本格的な編成には至っていない。実戦投入は不可能だろう。ただし、事前情報によればレタリア軍は大規模な空挺部隊を保有しているらしい。これを活用できないか、情報部経由で打診してみよう」


 月代は同盟国同士の連合作戦の難しさを実感する。

 いかに戦力が充実しているとは言え、部隊を統括している組織が2つあるというのは非効率も甚だしい。

 本来であれば、連合軍総司令部を設営し、どちらかの軍がイニシアティブを握って両軍を指揮するのが理想的だが、強情なレタリアがそれに応じるとも思えなかった。


 月代は、今できそうなことを提案する。


「とりあえず、こちらの軍も河川沿いに形成された都市を第一目標に進撃しましょう。都市には橋が多くある。ここを手早く押さえられれば橋頭保が築ける」


 そう告げられたレイラは、指し棒で地図上のある都市を指した。


「ならば、目標はこの都市〝ゴブロフスク〟……いや、今は〝アバロフスク〟に改名されていたかな。事前の想定通りここが第一目標として最適だ。我が軍は、レタリア軍の左翼を支えつつ、独力でこの都市の攻略を目指すとしよう」


 その言葉に、総軍参謀局の一同は力強く頷いた。



 * * *



 その頃、レタリア本国に設けられた空軍軍令部では、司令長官のパトリアが自身のオフィスでマルクシア都市爆撃の成果に耳を傾けていた。

 パトリアと対面する空軍将官は、淡々と報告を続ける。


「爆撃後の航空偵察によれば、当初の目標である大工場4か所、操車場1か所、発電所2か所、その他政府主要施設の破壊に成功し、マルクシア首都の都市機能を十分に破壊せしめたとことです」


 その言葉に、パトリアは満足げに笑顔を浮かべて何度も頷く。


「素晴らしい戦果だわ。まあ、本当は無差別爆撃を行いたいところだったけど、お義父さまがダメだと言うなら仕方ないわ。戦略目標を破壊するのもいいけど、爆撃の本当の力は〝恐怖の醸成〟よ。無差別爆撃により国民を恐怖のどん底に陥れ、国家の基盤を揺るがすことこそが、最良の作戦だと私は思うんだけどもね」


 空軍将官は頷いて応じる。


「は、しかしマルクシア国内に破壊すべき目標はいくらでもあります。今後は、敵の防空網をかいくぐり、地方の工業都市や鉄道網、製油所、採掘地等に標的をシフトしていく予定です」


 その言葉に、パトリアはどこか不満げな顔を見せる。


「とは言え、精密爆撃はちょっとインパクトに欠けるわね。宣伝されるのはいつも陸軍の戦果ばかり。私達がいくら爆弾を落しても、はいそうですか、ですものね……」


「陸軍の連中も我々を単なる陸軍航空隊の延長として見ていませんからね」


 いささか不満の積もる二人はしばし沈黙する。

 すると、不意にパトリアが指を鳴らして口を開いた。


「そう、陸軍よ……どうせなら、連中を利用してやればいいんだわ」


「陸軍を利用する、ですか?」


 パトリアはニヤリと口を歪める。


「もしも、陸上戦での大戦果が私達空軍のお陰で演出されたとすれば、誰もが私達空軍の備える真の力に気付くハズだわ。確か、そこらへんに陸軍の作戦計画があったハズよね」


 空軍将官はすぐさま資料を引っ張り出し、対マルクシア戦争におけるレタリア陸軍の作戦計画を机の上に広げる。


「大包囲による敵野戦軍の殲滅……これこそ、私達の活躍を喧伝するに相応しい舞台だわ」


 空軍将官はパトリアの意図を推察する。


「ああ、空挺作戦ですか。確かに、空挺なら陸戦に十分寄与できますな。確か、陸軍より空挺の要請があったかと……」


 パトリアはチッチッチと口を鳴らす。


「空挺で小さな拠点を奪ったところで、結局は陸軍に手柄を横取りされるだけだわ。航空隊の本分は爆撃による破壊よ。そして、簡単に破壊できる目標がここにあるじゃないの」


 そう告げるパトリアの指先は、河川にかかる〝橋〟を示していた。

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