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52 セシリア

52 セシリア


「お上がどこまで考えてるかわかりませんが、少なくとも都市爆撃を行えば民間人にも被害が出るでしょう。僕もあまり快くは思わないが、まあ戦争ですので」


 ブロッコの言葉に、イリスは眉をひそめる。


「ふむ、都市への無差別爆撃は余も賛成できん。その点は、レタリア本国に言い含めておく必要がありそうじゃの。まあ、貴官のお上がどれほど余の言葉に耳を傾けるかは分からんが……」


「ああ、なんと心優しい君主だろうか! ラトムランドの女性は美しく清らかな心を持つ方ばかりだ! そんな国と手が組めて僕は心底光栄だ!」


 その言葉に、ティナは呆れたようにため息を吐く。


「だからと言って私の部下を手当たり次第にナンパするようなことは謹んでいただけると幸いですわね」


「ナンパだなんてとんでもない。僕は異国間交流をしていただけですよ。それに、部下だけでなくブラルト中将閣下ご自身も十分魅力的だ。願わくば、今夜二人きりで今後の作戦を語りあいと思っております」


「あいにく私はアナタのような男がタイプではありませんの。とりあえず空軍のことはわかりましたわ。次はレタリアの陸軍部隊について、アナタが知ってる範囲でお教えしなさい」


 ティナの明確な拒絶に残念がる様子も見せないブロッコは、仕方ないといった様子で話を戻す。


「では知っている範囲でお話ししましょう。レタリア陸軍は、もともと山岳地帯で作戦行動を行うことが多く、装備は軽量化され機動力に富んでいる。騎兵や自動車化された快速師団はもちろんのこと、戦車も小型のものが多い。しかしながら、軽装備の部隊は平地で作戦行動を行うと火力不足が懸念される。その時は、僕らの出番になるかな」


 ブロッコの言葉に月代が口を挟む。


「突破できない陣地や戦車が現れた場合は、空軍に支援を要請するわけですか」


「ご明答。我が空軍は大型爆撃機だけでなく小型爆撃機も豊富に取りそろえている。大口径の機関砲を搭載した襲撃機や、急降下爆撃機の類だね。いかに陸軍と空軍の仲が悪いとはいえ、各陸軍師団には専属の航空隊が割り当てられていて、いつでも支援が可能になっているんだ。もちろん、ラトムランド陸軍からの要請にも応える準備がある」


 月代にとっても、それは非常にありがたい話だった。

 敵地に浸透し、迅速な侵攻を行うには航空支援が不可欠だ。その点から見ても、レタリア軍の思想は理に叶っている。


 その後も、航空支援の具体的な要請方法などについて話を詰めた月代は、大方レタリア軍の内情を知ることができた。

 ブロッコはいささか調子の良い男だったが、己の役目は十分にわきまえているらしい。

 

「さて、僕の知っていることはそのくらいだ。他に何か聞きたいことはあるかなツキヨくん」


「いえ、十分です。ありがとうございました」


「では、僕はそろそろセシリアちゃんの所に戻ってもいいですかね中将閣下」


 ブロッコはよほどセシリアという女性に夢中らしい。

 その言葉を聞いたティナは仕方なくブロッコを解放した。


「わかりましたわ。手間をかけさせましたわね。ただし、我が隊内でのナンパは師団長として禁止いたします。わたくしの言葉の意味がおわかりですわね?」


「もちろんです。僕の任務はあくまでラトムランド軍の情報収集と異国間交流ですので」


 そう告げたブロッコは、そそくさとセシリアの下へ戻っていった。

 それを見送るティナは、呆れた様子で呟く。


「やれやれ、レタリアの殿方というのはあのような方ばかりなんでしょうか……」


 だが、対するイリスはブロッコの言動をそれほど気にしていないようだった。


「同盟国の兵士同士、国籍を超え仲良くなることは悪いことでもなかろうて」


「仲良くなるだけ、ならいいんでしょうけど」


 そんなティナの呟きに、月代は苦笑いを見せるしかなかった。



 * * *



「いやぁ、待たせたねセシリアちゃん」


 ティナに開放されたブロッコは、踵を返しすぐさまセシリアの下に戻ってきた。

 対するセシリアは〝グスタフ2世〟のメンテナンス中だったらしいく、工具を手にとり頬を黒く汚して作業に勤しんでいる。

 そして、ブロッコに顔も向けずに手を動かしながら淡々と応じた。


「私は別にあなたのことを待ってなんかいませんけど……」


 セシリアはしつこく話しかけてくるブロッコのことを鬱陶しく思っていた。


「つれないなぁ。僕も何か手伝おうか?」


「結構です。自分の車両は自分で整備できます。あなたも、自分の愛機を他人に触られたくはないと思いますけど」


「確かに。でも、他でもないセシリアちゃんになら特別に触らせてあげてもいいと思えるね」


 そう告げたブロッコは、セシリアが手にとろうとしていた工具箱を手渡す。


「ありがとうございます……」


 セシリアはいささか動揺していた。

 今までにも軍内で男に迫られたことは何度かあったが、ここまでしつこい男は初めてだった。

 もちろん、セシリア自身も異性に興味がないわけではない。

 しかし、控えめなセシリアはどうも積極的なタイプの男を好きになることができず、今までも近寄る男を素気なくあしらってきた。


 もっと、ロマンチックな恋がしたいのに。

 そんなことを考え、セシリアはなるべくブロッコを無視して手を動かす。

 すると、いつの間にかブロッコが体を寄せてセシリアの手元を覗きこんでいた。


「あの、気が散るんですけど……」


「いやぁ、随分器用だと思ってね。従軍経験は長いの?」


 仕方なくセシリアは会話に応じる。


「はあ、かれこれ5年くらいは軍にいます。前の戦争のあと一旦は退役してましたけど、軍人の父がうるさくてまた軍に戻ってきました。家から逃げ出したかったのもありますけど……」


「へえ、僕も似たようなもんさ。親父が空軍の高官だから軍人になれとうるさくてさ。誰だって戦争になんて行きたくはないよ。だけど、空軍に入ったことは後悔してない。飛行機乗りってのは意外と面白くってさ。自由に空を飛べる経験なんて、なかなかできないからね」


 その言葉に、セシリアは少しブロッコが羨ましくなった。


「いいですね飛行機は。戦車は中に乗ってても何も見えないし、暑いし臭いし揺れるし、いいことなんてないです」


「じゃあ辞めればいいのに」


 セシリアはブロッコの無責任な物言いにすこしカチンときた。


「辞めたいと思って辞められれば苦労しません。親のこともあるし、国はまた戦争に巻き込まれそうだし、それに、仲間のこともあるから……」


 セシリアは軍に戻る際、原隊への復帰を強く希望した。

 またティナに仕え、仲間や〝グスタフ〟と共に戦いたいと思った。

 戦いに巻き込まれるのは嫌だったが、国のためを想いティナの下で戦うならいいと思えた。

 それを思い出したセシリアは、なんだか自分の考えが矛盾していることに気付く。


「私、なんで軍に戻ってきたんでしょうね。最初は嫌だと思ってたのに、ここにいるのが自分の役目だなんて勝手に思って……」


 誰に向けたわけでもなく、セシリアはそんな独り言を呟く。

 対するブロッコは、セシリアの手を眺めたまま口を開く。


「セシリアちゃんは優しいんだな。自分より他人を優先するタイプだ」


「……そうかもしれませんね」


 セシリアは、自分の心境を口に出していささか気が楽になった気がした。

 そして、芯を持って我を通せない自分のことがますます嫌になった。

 何のために軍にいるのか、何のために戦うのか。


 それは、いくら考えても答えが出そうにない。

 そんなことを思っていると、背中から聞き覚えのある声がかかる。


「セシリア。そんな男を相手にする必要はありませんわ。ブロッコ中尉も、隊内でのナンパは禁止だと先ほど言いましたわよね」


 不意に現れたティナの言葉に応じ、ブロッコはセシリアから離れ立ち上がる。


「ナンパだなんてとんでもない。ちょっと話をしていただけですよ。ね、セシリアちゃん?」


 考え事を続けていたセシリアはその言葉を無視する。

 その様子をみたティナは、怒りのこもった笑顔をブロッコに向けた。


「アナタ、ウチのセシリアに何を言いましたの? いい加減、お仕置きが必要のようですわね」


 ティナの勢いにたじろいだブロッコはじりじりとその場を後ずさる。


「いえ、誤解ですよ誤解! あ、僕もそろそろ部隊に戻りますね。セシリアちゃん、また今度!」


 そう告げたブロッコは逃げだすようにその場を後にした。

 そして、セシリアはそんな様子に目もくれず、黙々と手を動かし続けた。

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