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49 レタリア

49 レタリア


 華やかなレタリアの首都では、政権奪取にあたり新たに設営された総督府にて政府連絡議会が開催されていた。

 出席者は、クーデターによりレタリアの実質的指導者に成り上がった総督のフランク・ドルチェを始め、軍及び政府高官の面々だ。

 その中には、ラトムランドとの秘密外交を担当した外相カプロアの姿もあった。


 しかし、政府連絡議会とは言いつつも出席者のほぼ全員が軍服を纏っている。

 それは、レタリアが実質的に軍事政権であることを如実に物語っていた。


 そんな議会の口火を切ったのは、外務省代表のカプロアだった。


「外務省よりご報告申し上げます。昨日、ラトムランドは正式に我が国との軍事同盟締結に合意しました。無論、合意内容には参戦条項及び軍事通行権を含めております。今後は、陸軍と協調しマルクシア侵攻計画に関して秘密裏に調整を進めていく予定です」


 その報告に、総督であるドルチェは足を組み軽い態度で応じる。


「それで、ラトムランドとの調整にはどのくらいかかりそうなんだ」


 独裁者としてはいささか若いドルチェは、中年ながら掘りの深い威圧感のある顔をもっている。

 しかし、その態度は厳かというよりむしろ高慢なようにも見えた。


 そんなドルチェの問いに対し、陸軍参謀総長の男が手を挙げて答えた。


「本外交にあたり、我が参謀本部では独自にラトムランド総軍参謀局と何度か接触しており、大まかなマルクシア侵攻計画の調整は既に完了しております。後は侵攻部隊のラトムランドへの移動のみになりますが、準備期間は概ね2週間です」


 その言葉に、カプロアは「外務省には一報もなしか」と心の中で参謀総長を罵り、小さく舌打ちをした。


 参謀総長は話を続ける。


「しかしながら、侵攻作戦の実施時期を決めるにあたり問題になるのは、ラトムランド側の動員時期にあります。元々穏健派の多いラトムランドは開戦前の早期動員を渋っており、我々はマルクシア侵攻にあたりラトムランドが動員を行うまで待つべきか否か、という判断を迫られています」


「その辺りの調整はどうなってるんだカプロアくん」


 ドルチェの問いに、カプロアは汗を拭って答える。


「は、我々もラトムランドに対する戦争協力の要請は辛抱強く行っていますが、遺憾ながら動員については芳しい回答を得られておりません」


 その言葉に、ドルチェは腕を組んで大きくため息をついた。


「これだから平和ボケした連中は困る。しかし、我が国に続きラトムランドも動員を始めてしまえば、それに触発されたマルクシアも動員を始める可能性は高いか……戦争を始めるなら早い方がいいな。どの道、侵攻部隊をラトムランド国内に移動させればマルクシアを刺激するだろうしな」


 その言葉に、同席する人間の多くは肯定的な態度を示した。

 カプロアは、総督ドルチェの意思を正確に問う。

 

「では、マルクシアとの開戦時期は侵攻部隊の移動が完了する2週間後を目安とし、我が外務省はラトムランドに対して開戦時期をほのめかしつつ最大限の準備を進めるよう打診するといった方針でよろしいでしょうか」


 ドルチェはカプロアの言葉に同意する。


「そうだな。あまり正確な日時がマルクシアに漏れても困る。それと、開戦の大義名分と講和の妥協点についても考えておいてくれ。内容が固まり次第、連絡議会で協議するとしよう」


「は、善処いたします」


 外交の議題がひと段落すると、続いて侵攻作戦に関する本格的な議論が始まった。

 ドルチェは参謀総長に現状報告を求める。


「では、陸軍の方から動員と侵攻部隊の準備状況を報告してもらおうか」

 

 ドルチェに促された参謀総長は手元の資料に目を通して応えた。


「は、国内の動員は約8割の進捗となり、侵攻の主力部隊は歩兵師団35個、騎兵師団5個、快速師団5個の計45個師団が編成及び訓練を完了しております。残り2割の動員は国境守備隊の充足になりますので、主力部隊の展開移動が完了すればいつでも侵攻作戦を開始することができます」


 ドルチェはその報告に満足する。


「よろしい。では、空軍の方はどうかね」


 すると、次に手を挙げたのは意外にも若い美女だった。

 ウェーブのかかったブロンド髪を靡かせ、スマートな体に合う細身の軍服に無数の勲章をぶら下げた彼女は、男だらけのむさ苦しい議場で異彩を放っている。

 そんな場違いな空間に居合わせる彼女は、他の高官達とは打って変わって異様に軽い態度でドルチェの言葉に応じた。


「もう、あんまり出番がないものだから退屈しちゃったわ」


 そんな無礼とも言える彼女の物言いに対し、総督であるはずのドルチェはとたんに表情を崩してにこやかに応じる。


「こりゃすまんかったパトリア。しかし、これも大切な議論なんだ。我慢しておくれ」


「わかっているわよお義父(とう)さま。あ、ここでは総督と呼ぶべきね」


 パトリアと呼ばれた彼女は、ドルチェに迎えられた養子――つまり養女だった。

 しかし、女癖の悪いドルチェは正妻の他に多数の愛人と養子を養っており、その一人であるパトリアも周囲からは実質的な愛人だと見られている。


 そして、パトリア・ドルチェは他の愛人達とは一線を画し、なんとレタリア軍内で空軍軍令部司令長官の地位を得ていた。

 それがいわゆる親の七光りであることは誰の目にも明らかだったが、軍に介入するだけの気概を持つパトリアは、そのフランクな態度に見合わずそれなりに役目は果たしているようだった。


 コホン、と軽く咳払いをしたパトリアは、前髪をかき分け現状報告をする。


「では空軍より、現在5個航空艦隊が来るマルクシア侵攻作戦において作戦行動が可能なよう待機しています。総督のご命令があれば、12時間以内に700機の爆撃機がいつでもマルクシア首都を火の海にすることができます」


 その報告にドルチェは満足げに何度も頷いたが、参謀総長から横やりが入った。


「お待ちください。マルクシア侵攻に際しては、侵攻の矢先に立つ陸軍部隊の支援も十分に実施していただかなければ困ります。保有する大型爆撃機の大部分を都市爆撃に投入するというのは、いささか過剰かと……」


 その言葉に、パトリアはムっと口をすぼめて反論する。


「閣下は空軍の持つ真の力を何も理解されていない。今や、近接航空支援は前時代的な作戦です。都市爆撃こそが、敵の戦意を喪失させ戦争の早期終結を実現する最良の方法なのです。私達は、兵士を相手に戦うわけじゃない。マルクシアという国を相手に戦うことになる。その国を支える国民の戦意を完膚無きまでに喪失せしめるのが、私の役目だと自負しています」


 その言葉に、ドルチェは拍手で応えた。


「いや、さすがはパトリアだ。戦力の集中と局所投入は戦争の基本だ。君の考える空軍運用は、実に現代的で利に叶っている」


 ドルチェの称賛により面目を潰された参謀総長は不満げに黙り込む。

 それを見たパトリアは一応のフォローを入れた。


「ご心配なさらずとも、前線にも十分な作戦機を割く予定です。旧式揃いのマルクシアが相手ならば、ラトムランドの協力を得るまでもなく十分な航空優勢が得られる試算になっていますわ」


「……ならば結構」


 参謀総長は渋々話を切り上げる。

 彼にとって、総督ドルチェに溺愛されるパトリアは対抗組織の長として不愉快極まりない存在だった。


 しかし、生粋の軍人からはいぶかしまれそうなパトリアであるが、この場に同席する高官の中には彼女の意見に同調する者もそれなりに多かった。


 山岳が多く航空技術が発達したレタリアは空軍大国だ。そのレタリアが、世界に先駆けて創設した空軍は、航空部隊のみで様々な作戦が遂行可能な〝戦略空軍〟であると言える。

 現在量産化されている大型爆撃機も、マルクシア首都を往復爆撃するために設計開発されたものだった。


 この場に同席する者の多くは、パトリアの語る都市爆撃の効果に期待を寄せている。

 もしかすると、本当にマルクシアは爆撃によって戦意を喪失し、早期講和が実現するかもしれない。

 そんな希望的観測を抱いていた。


 しかし、この世界において航空機による大規模な都市爆撃は例が少ない。

 その作戦がいかなる影響を生むかは未知数だった。

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