5 総軍参謀局 ◆
5 総軍参謀局
現実世界と相違ない感覚で朝食を済ませた月代は、堅苦しい襟詰め服に着替えさせられ、一息つく間もなく宮廷の外へと連れ出された。
目的地は〝総軍参謀局〟という施設らしい。
要するに、軍の中枢が置かれている機関だそうだ。
移動は豪華な専用車で行われたが、車窓から見える景色も現実そのものだった。
言うなればヨーロッパの古風な街をドライブしている感覚だろうか。
建物やインフラのレベルは地球換算で20世紀半ば相当といった具合だ。
佐藤の言う通り、A.W.Wの世界観は第二次大戦の時代を想定しているらしい。
そんなことを考えつつ景色を眺めていると、車は目的地に到着する。
イリスは慌ただしく月代の手を引き、車外へと飛び出した。
「ここが、我が国の誇る総軍参謀局じゃ」
イリスが指さした先を見ると、お役所じみた小奇麗な建物が目に入る。まるで豪華な学校のようだ。
周囲に目を向けると、いかにも軍人らしい人間がちらほらと見受けられる。
月代はその重い雰囲気に圧されて、少し気後れした。
「あの、今さらですけど、本当に俺なんかが好き勝手に意見を言えるんですかね?」
「何を言っておる。そちは余が認めた男じゃ。周囲が認めずとも、余が認めさせる。今やそちと余は朋友じゃ。何なら、その堅苦しい言葉遣いも止めるがよい。余は何も、威張るために皇女になったわけではないのじゃ」
いかに月代が高級軍人の息子という設定だとしても、一国の女王様に対して馴れ馴れしく接するのはいささか問題が生じるような気がした。
「いや、イリス殿下は一応皇女として尊敬されるべき立場にあると思いますんで、馴れ馴れしくするのはちょっと……」
「わからんやつじゃのう。では、こう言おう。ラトムランド第32代皇女として命じる。余に対しては敬称を省略し、耳障りな堅苦しい言葉を用いることを禁ずる。これでよいか」
薄々と感じてはいたが、皇女イリスはなかなか頑固な性格らしい。
気は進まなかったが、月代も女王様の命令とあれば従わざるを得なかった。
「わかったよイリス。だけど、他のお偉いさんに文句言われたらフォローしてくれよ」
「うむ。その方が貫録があってよい」
いささか調子の狂った月代は、まるで従者のようにイリスに続いた。
* * *
「この男は今日から余を輔弼することになったツキヨ・ヤルネフェルトじゃ。正式な軍人ではなく、皇室直属の軍事顧問として以後ここに出入りすることになる。皆の者、よろしくしてやってくれ!」
総軍参謀局の中核と思しきオフィスに連れてこられた月代は、中に入るやいなやそう紹介された。
室内に居合わせる軍人達は、皆いぶかしむような視線を投げかける。
それもそうだろう。
見ず知らずの若輩が、いきいなり「今日から口出しします」などという体で紹介されれば、だれだっていい気はしない。
すると、オフィスの奥で一人の軍人が声を上げた。
「殿下。どうも行き違いが起きているようですね。私はそのような話を存じ上げませんし、承諾してもおりません」
堂々とした口調でそう告げた人物は、意外にも若い女性だった。
彼女はイリスの服装に似た派手な軍服を纏っている。
これから出かける予定だったのか戻ってきた直後なのか、頭には制帽を被りコートも羽織っていた。
年齢は月代の少し上くらいだろうか。いかにも高級軍人らしい格好をしているが、その美麗でスマートな容姿はいささか場違いな印象を受けた。
オフィスをかきわけて足を進めた彼女は、イリスと月代の前に立ちはだかる。
そして、月代の全身を舐めまわすように眺めてから再び口を開いた。
「この男がヤルネフェルト少将の忘れ形見ですか。少将の件は誠に残念でしたが、だからといって息子を登用するなど……」
その言葉にイリスは頬を膨らませる。
「言葉を慎めレイラ。ツキヨは余の認めた眷属じゃ。ツキヨに対する侮辱は余に対する侮辱と思え。それに、初対面ならまず名を名乗るのが礼儀じゃろう」
レイラと呼ばれた彼女は、イリスの忠告を素直に聞き入れ姿勢を改める。
「失礼致しました。私は総軍参謀局局長レイラ・アノ・ブラルト。以後よろしく」
ぶっきらぼうな挨拶と共に、レイラは月代と軽く握手を交わす。
その様子を見届けたイリスは補足するように付け加えた。
「レイラは余の従姉じゃ。ブラルト公爵家の長女にして陸軍大将……そして総軍参謀局の局長を務めておる。現ラトムランド軍の事実上のトップと言って差し支えないかの。まあ本来の最高指揮官は余なのじゃが、軍事に関しては彼女に一任しておる」
皇女の従姉――つまり王族だ。要は軍のトップすら身内で固めているということらしい。
イリスは多くの将軍を降任させたと語っていたが、恐らく軍のトップとして信頼できる人材が身内の他にいないのだろう。
これではイリスが軍事顧問を探し求めていた理由も察することができる。
しかし、軽々と話を進める皇女イリスに対して実質的な軍の最高幹部であるレイラは、月代の存在をいぶかしんでいるようだ。
そんな空気を察したのか、イリスはレイラに視線を向ける。
「レイラよ。そちはこたびの作戦計画について困り果てておったのじゃろう。ここはひとつ、ヤルネフェルト少将の下で戦の何たるかを学んだこの男の言葉に耳を傾けてみてはどうじゃ? 何も、全て言いなりになれと命じたわけではないのじゃぞ」
レイラは口元に手を当ててしばし沈黙する。
そして、表情を変えずに小さく頷いた。
「殿下がそうおっしゃるのなら、話だけは聞いてみましょう。さすればこの男が本物であるかどうか明白にもなる」
「相変わらず嫌味臭いのう。これでは男が寄りつかんわけじゃ。いっそのこと、このツキヨを夫にすればよい。立派な軍人の家系とあらば文句なかろう?」
「謹んでお断り申し上げます」
なぜか脈絡もなくフラれた月代は、もはや二人のノリついていくことができない。
だが、話はまとまったようだ。
「さて、ようやく初仕事じゃツキヨ。そちの慧眼をもって我が軍の作戦計画にメスを入れるがよい」
イリスがそう告げると、オフィスに居合わせる他の軍人達は月代に注目を集める。
それもそうだろう。いきなり連れてこられた馬の骨が何を言い出すのか、興味があって当然だ。
だが、月代は意外にも緊張を感じなかった。
普段であれば人前に出るだけで萎縮して冷汗を流すところだが、今は堂々と振る舞うことができる。
なぜなら、月代はここがゲームの世界だと知っているからだ。
何も気負う必要はない。いつも通りやればいい。
そう自分に言い聞かせた月代は、期待と興奮に胸を昂らせつつ言葉を放った。