47 新政マルクシア
47 新政マルクシア
ゴブロフ1世の退位後、マルクシアでは宮廷が政府に接収され、選挙で選ばれた政治家の議場である閣僚評議会の議事堂になっていた。
多くの文民政治家が宮廷を出入りし、会議室では活発な議論が交わされている。
そして、かつてセゲリア・ゴブロフが鎮座していた玉座は、今や閣僚評議議長兼首相となったライールのものになっていた。
そんな執務室で、ライールはなんとなくゴブロフの残したパイプを吹かしている。
すると、一人の訪問者が現れた。
その人物を前にしたライールは、型にはまった笑顔を一層明るくして応じた。
「やあ、アカネくん。仕事の方は順調かな? しかし、4年ぶりとは言え君が戻ってきてくれて助かったよ。軍事から政治まで色々やらせちゃってるけど、君は本当に才覚のある女性だ。僕なんかじゃなくて、君が首相になればよかったのに」
ライールの冗談に対し、茜も型にはまった笑顔で涼しく応じる。
「御冗談がすぎますよライール首相。私は、好き勝手に意見を言ってるに過ぎません。まだまだ若輩の私に政治家なんて務まりませんよ」
「いやいや、僕みたいなむさ苦しいオッサンより、君みたいな美しい人こそ人前で弁を振うべきだ。政治家なんてのは、つまるところ国民向けに喋るのが仕事だからね。なんとなく首相になっちゃったけど、僕には甚だ向いてないよ」
それがライールの本心でないことを、茜は重々承知している。
彼は内戦という苦境から再びマルクシアをまとめ上げるため、進んで国民のトップに立つ道を選んだ。
そして、その目論見は民主化されたマルクシアの再統一という形で証明された。
ライールは国民を統べる才覚がある。
それは、ゴブロフのような強権ではなく扇動によって人を動かす力だ。
しかし、そんなライールにも目下に迫る懸案事項が一つあった。
ライールは世間話でもするかのように話を切り出す。
「しかし、国が安定してきたのはいいけど、またレタリアの連中が不穏な動きを見せているようだね」
アカネは冷静に現状を報告する。
「情報部からの報告では、つい先日レタリアの外相とラトムランドの外交使節がレタリア国内で接触したとのことです。情報部の予測通り、レタリアがラトムランドとの軍事同盟を模索しているのは確実かと思います」
ライールは顎を摩って頭を捻る。
「レタリアとラトムランドの軍事同盟か……確かに、両国が手を組めばマルクシアは劣勢になる。安全保障としての牽制と見れば妥当な判断だね」
茜は言葉を続ける。
「問題は、レタリアが動員を続けている点です。もし、牽制だけの目的で軍事同盟を組んだのであれば、自ら進んで動員を行う理由はありません。レタリアは、ラトムランドとの同盟で得られた戦力的な優位を生かして、近い将来マルクシアへの侵攻を計画している可能性が高いと思います」
その言葉に、ライールは徐々に真剣な表情を作っていく。
「それは僕も危惧するところだ。しかし、レタリアはともかくラトムランドは穏健な国だ。いくら軍事的に優勢だからって、あの皇女様が侵略戦争に加担するなんて決断を下すとは、あまり考えたくないんだけど……」
「しかし、消去法で決断を下した可能性はあります」
茜の告げたその言葉を、ライールはゆっくり反芻する。
「消去法、と言うと?」
「たとえば、レタリアとマルクシアがいずれ戦争になるとして、ラトムランドは静観するかレタリアに協力するかの二択を迫られます。仮に静観した場合、戦争の結果がどうあれマルクシアとレタリアはラトムランドの脅威として残ります。しかし、ラトムランドとレタリアが協力し、マルクシアを打倒すれば……」
「とりあえずマルクシアという脅威を排除できると言うわけか。なるほど。そう考えると、穏健なラトムランドが仕方なく暴走するレタリアに加担するという可能性は十分に考えられるね。さすがは茜くんだ」
茜の言葉に納得したライールは、パイプを置き腰を上げる。
「よし、僕は次の閣僚評議会でレタリアとラトムランドの脅威を少しオーバーにアピールしてみるよ。軍人嫌いの文民共はデマだと言うかもしれないけど、仮に戦争が始まれば、先んじて危惧を告げた僕の発言力は大きくなる。できることなら戦争に備えて動員も始めた方がいいんだろうけど、世論があるからね。こればっかりはしょうがない」
茜は、ライールの判断を先読みしていたかのように言葉を続けた。
「仮に対レタリア=ラトムランド戦争が始まった場合の初動防衛と動員計画は既に考えてあります。最初は苦しい戦いになりますが、動員が完了するまで持ちこたえれば防衛は十分に可能かと」
その言葉に、ライールは満足そうな笑顔を浮かべた。
「やっぱり君は聡明な女性だ。君は昔、悪魔と契約してその知識を得たなんて冗談を言っていたけど、案外本当かもしれないな。僕はエクソシストを雇っておく必要がありそうだ」
「むしろライール首相も私に取り憑く悪魔と契約なされては如何ですか?」
そんな冗談を言い合った二人は、笑いながら肩を並べて執務室を後にした。
* * *
総軍参謀局での会議を終えたイリスと月代は、専用車で宮廷へ戻った。
月代は、専用車の中で肩を並べるイリスと殆ど口を交わさなかった。
レタリアとの軍事同盟は、イリスにとって不服なものだったに違いない。それは、会議の場でイリスが見せた態度を見れば明らかだ。
そして、月代とイリスの意見がここまではっきりと対立したのは、これが始めてだった。
今までにも小さな行き違いはあった。それでも、イリスと月代は概ね互いの主張を受け入れる形で建設的に方針を決めてきた。
だが、今日のイリスはレタリアと手を組みマルクシアを侵攻するという選択に、明確な嫌悪を示した。
もちろん月代は、イリスの気持ちを多少なり理解しているつもりでいる。
誰だって、自ら進んで戦争に加担したいとは思わない。
ましてや、皇女としての重責を負うイリスが、自国民を戦争に投じる決断を快く思わないのは当然だ。
しかし、月代はイリスに指導者として冷血になって欲しいと思っているわけではない。
国を愛し、国民を愛し、その苦難に心を痛めるような慈愛に満ちているのが皇女イリスという人物だ。
月代のように、時には兵士を駒のように考えてしまう人間にはなってほしくなかった。
だからこそ、二人の間に生まれたこの対立は、必然であるように月代は思えた。
宮廷に戻ったイリスと月代は、別々に夕食をとった。
普段、イリスは自分の食卓に月代を招いていたが、今日のイリスは月代に声をかけなかった。
宮廷内に設けられた皇室職員用の食堂で味のしないパンを胃袋に詰め込んだ月代は、様々な思いを巡らせて自身にあてがわれた部屋へと向かう。
明日、イリスにどんな顔をして会えばいんだろう。
月代がそんなことを考えながら部屋の前に辿りつくと、扉の前に見慣れた人影が見えた。
「イリス……」
その場に現れたのは、寝間着姿のイリスだった。
不意の再開に、月代は狼狽する。
しかし、月代とイリスは意見が食い違っただけで仲違しているわけではない。
それを思った月代は、なるべく自然に会話する努力をした。
「どうしたの、こんな時間に」
その言葉に、イリスはすぐさま返事をしなかった。
どこか表情を曇らせるイリスは、もじもじと体を動かし言葉を言いあぐねる。
そして、しばらく経ってからゆっくりと口を開いた。
「す、すまん。とくに用があるというわけでもないのじゃが……そうじゃな、少し話がしたくなってのう。構わぬか?」
イリスの問いに月代は小さく頷き、彼女を部屋に招いた。




