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46 帰国

46 帰国


 レタリアの主催する晩餐会は、交渉の場に使われたロッジの中で慎ましく行われた。

 月代は晩餐会の席で適当なレタリア軍人を捕まえて会話をしてみたが、誰もかれもカプロアと似たような意見の持ち主だった。

 同時に、彼らの計画してるマルクシア侵攻作戦に関しても話を聞いてみたが、概ね「兵力で勝るなら平押しで十分」とった認識で、あまり具体的な意見は聞けなかった。

 戦争に対するレタリアの認識は甘いと言わざるを得ない。


 月代はいずれ起きるであろう第二次マルクシア戦争に関して、ひとつだけ危惧することがあった。

 それは、〝戦争の落とし所〟だ。


 かつてのラトムランド―マルクシア戦争では、マルクシア側の国情が不安定だったという理由で早期講和を結ぶことができた。

 しかし、今のマルクシアは絶対君主制から民主制に移行している。

 民主化されたマルクシアは、果たして多少負けを喫した程度で降伏するだろうか?


 月代は、歴史上において戦争という事象が一気に苛烈化したきっかけを知っている。

 それは、第一次世界大戦だ。


 決戦戦力を最大化するために大規模な動員が行われ、投票権を持つ国民全てが政治、軍事、外交に参加して総力戦を形成した第一次大戦は、〝無制限戦争〟に発展した。

 総力戦は、戦争の勝敗が国の存亡に関わるため、戦争当事国のどちらか一方が滅亡寸前に至るまで――文字通り無制限に戦争が継続する。


 月代は、いずれ発生するであろう第二次マルクシア戦争は、無制限戦争になるだろうと予測していた。

 皇帝ゴブロフを打倒し、自分達こそが国を統べる存在だと自負するマルクアシア国民は、国体が崩壊するその日まで戦い続ける。それが国民国家というものだ。


 そう考えると、たとえ勝てたとしてもマルクシアを蹂躙するのは果たして正しい行為なのか、という疑問が浮かぶ。

 彼らにも国土があり、生活がある。純粋に祖国を愛する人間は多いだろう。


 だが、月代はマルクシア存亡よりも優先したいものがあった。

 それは、イリスとラトムランドだ。


 月代は2日目のβテストを始める前に決意を固めている。

 イリスと、ラトムランドを守りたい。

 そのためには、手段を選んではいられない。

 戦争はやるかやられるかの二択だ。善悪じゃない。


 晩餐会を終え、レタリアからラトムランドへ向かう機内で月代はそんなことばかり考えていた。



 * * *



 レタリアから貴国を果たした月代は、休息日を挟んで総軍参謀局へ赴いた。


 その日、総軍参謀局にはイリスやレイラを始め、軍の重鎮や外務大臣のロレンツも駆け付け、レタリアとの軍事同盟を締結するべきか否か議論することになった。


 まず始めに、ロレンツが今回の交渉の結果を報告する。


「レタリアは当初の主張通り、軍事同盟を結ぶにあたっては対マルクシア戦争での協力関係が絶対条件であるという姿勢を崩しませんでした。また、同盟交渉が決裂した場合は、武力行使も辞さないという旨の話もほのめかしています」


 その報告に、イリスは顔を曇らせる。


「そうか、まったくの上から目線じゃの……しかし、交渉相手はなにもレタリアだけではない。国情が変わったマルクシアと不可侵条約を結び、レタリアを牽制するという選択肢はどうじゃ」


 イリスの問いに、今度はロレンツが渋い顔を見せる。


「マルクシアと我が国の関係は未だ険悪です。内戦に乗じて国土を無理やり奪還したという経緯もあり、関係改善は難しいでしょう。仮に、レタリアが我が国に攻め込めば、それに乗じてマルクシアがレタリア側に立って参戦してくる可能性すらあります」


 武力をちらつかせる外交において、有利な側につくのは基本だ。

 マルクシアとレタリアの姿勢に疑問はないことを月代は再認識する。


 すると、二人の会話にレイラが割って入った。


「やはり、レタリアと同盟を組みマルクシアを打倒する以外の選択肢はない。これは侵略戦争ではなく、能動的な自衛行為だ。いずれ、どちらか一方に攻め込まれるなら、レタリアとの同盟を呑んで有利な条件で戦争を始めた方がいい」


「……」


 その言葉に、イリスは押し黙る。


 月代は、イリスの悩みが痛いほどよくわかる。

 事情はどうあれ、侵略という目的で国民を戦争に巻き込むという決断は、容易に下すことができないだろう。

 月代はその心情を鑑み、フォローを入れた。


「戦争を始めるのはあくまでレタリアだ。ラトムランドがふっかけるわけじゃない。イリス自身が、マルクシアを攻めろと国民に説得する必要はないんだ」


 イリスは、珍しく月代の意見に反論した。


「それは詭弁じゃ。余は、戦争が起きるという運命を知っていながら、民に向かって何も知りませんでしたと説明できるほど、面の皮は厚くない」


 月代は尚も食ってかかる。


「でも、ラトムランドの将来を考えればレタリアと同盟を組むしかないという事実に変わりはないよ。国民のことを考えればこそだ。国土を攻められるより、相手を攻める方が負担は少ない」


 月代の強気な言葉に、イリスはたじろぐ。


「ツキヨ……本当にそれは、正しいことなのじゃろうか。もっと何か、皆が幸せになれる道があるのではないか? 皆も、本当にレタリアと手を組み戦争を始めるしか道はないと考えおるのか?」


 イリスの言葉に、その場にいる全員が沈黙で応える。

 そして、苦渋の表情を浮かべたロレンツが口を開く。


「正直、私も色々な選択肢を模索しました。しかし、レタリアがあそこまで強行姿勢をとっていると、一介の外交官である私にも限界があります。こうなった以上、レタリアとの軍事同盟は致し方のない決断かと……」


 あくまで平和路線を模索していたロレンツも、今回ばかりはお手上げのようだった。

 彼の言葉によって、はっきりと同盟に反対する人間はイリスだけになった。


 月代は、苦悶に歪むイリスの表情を見ていると、いたたまれなくなってくる。

 これが、国家元首という人間の背負う責任の重さだ。人一倍、他人を思いやる心の強いイリスにとって、この決断はあまりに酷だと思う。


 しかし、月代はイリスをフォローできる言葉を何一つ思いつかなかった。

 イリスと反対の立場をとる月代が何を言っても、それは気休めにしかならない。

 だからこそ月代は、必死に「これが正しい選択なんだ」と自分に言い聞かせ、イリスを見つめ続けた。


 長い沈黙が続く。

 イリスは手を組み、顔を伏せて様々な思いを巡らせる。


 そして、遂に決断を下した。


「わかった。余は、第32代ラトムランド皇女の名をもって、今この場でレタリアとの軍事同盟を承認する……」


 そう告げたイリスは、まるで孤独を寂しがる少女のような物悲しげな表情を浮かべていた。

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