45 秘密外交
45 秘密外交
レタリアとラトムランドの秘密外交は、国境近くにあるレタリア領の都市で開かれることになった。
この世界で初めての海外渡航となる月代は、いささか不安を覚えつつも専用機に乗り込み、レタリアへと向かった。
秘密外交の開催にあたり、月代が同行することになったのはラトムランド外務大臣のロレンツという男だ。
中年にと言うにはまだ早い爽やかな風貌を持つロレンツは、政治家としては若い。だが、彼は先のマルクシア―ラトムランド戦争で全権大使として講和条約を締結した張本人でもある。
まさにラトムランドの外交役を担う重鎮だった。
ロレンツと月代は専用機の中でいくらか会話を交わしていたが、その雰囲気は概ね友好的だった。
「ツキヨくんの噂は外務省にも届いてるよ。なんでも、ラトムランドを勝利に導いた天才軍師だとか」
ロレンツのお世辞に月代は顔を赤らめる。
「買被りすぎですよ。大したことはしてないんで……」
「だけど、その歳で皇女殿下に目をかけられてこんな外交に同行するなんて、よほど信用されてなければ叶わないことだよ。もちろん、皮肉で言ってるわけじゃない」
どうやら月代の噂はだいぶ一人歩きしているらしい。
しかし、急に出てきた軍事顧問がいきなり戦争指導の中枢を担えば噂になるのも当然と言えた。
そんな調子で月代が一方的におだてられていると、専用機は空港に着陸する。
地上に降り立ったラトムランド外交団は、武装したレタリア軍人によって出迎えられた。
「やれやれ、昔来た時はこんな国じゃなかったんだがね……」
月代の耳元でロレンツが小さく呟く。
すると、一人のレタリア軍将校が前に出て、一同に挨拶をした。
「ようこそ美しき我がレタリアへ。物騒な歓迎で大変申し訳ありませんが、これも皆さんの身の安全を考えてのことです。専用車をご用意していますので、こちらへ」
専用車に乗り込んだ外交団は、そのまま片田舎の別荘地のようなロッジへと案内された。
公にできない外交なので、あまり目立たない場所を選んだのだろう。
外交団が屋内に入ると、彼らを出迎えたのはまたしても軍人だった。
「いやはや、お待ちしておりました。私はレタリア王国にて外相を務めるカプロアと申します」
そう自己紹介した男は、派手な軍服を纏った小太りの高級軍人だった。
同席するレタリア側の人間はもれなく軍人だ。文民の人間は見当たらない。
今のレタリアは軍事独裁政権ということもあり、国政の主要なポストは全て軍人が担っているのだろう。
カプロアに続きロレンツも自己紹介をする。
「これはご丁寧に。ラトムランド外相のロレンツです。隣の彼は、皇室所属のヤルネフェルト参事官です」
月代の肩書きは、この外交にあたり形だけということでイリスが適当につけてくれたものだ。特に役割があるわけでもない。
自己紹介が済むと、カプロアはオーバーなリアクションでお世辞を告げる。
「いやぁ、お二人とも実に若々しい! イリス皇女殿下もまだお若いと聞いておりますが、かのマルクシアを打ち倒した勝利の秘訣は、まさに若さ故の新鮮さとあり余る活力にあるのでしょうな。ガハハハ!」
そんな調子で秘密外交の場は幕を開け、ロレンツはお世辞を聞き流してさっそく会談に入った。
「今回お話ししたい内容は、貴国の提案する軍事同盟に関してです。我が国としては前向きにそのご提案を検討しておりますが、問題は貴国の要求する軍事通行権とマルクシアに対する軍事行動の有無にあります」
ロレンツの言葉に、どっしりと腰を据えたカプロアはにこやかに応える。
「ええ、既に御承知でしょうが、我が国はラトムランドと共に改めてマルクシアに挑みたいと考えている。そのための軍事通行権です。両国が手を組めば、マルクシアを打ち倒すのは容易でしょう。共に雪辱を晴らしましょう」
雪辱――確かに、ラトムランドは先の対マルクシア戦争で不利な条件での講和を結ばされている。今やその講和条約は破棄されたが、マルクシアに因縁がないわけではない。
しかし、対するロレンツはイリスと同じく平和路線を模索しているようだった。
「確かに、我が国はマルクシア相手に苦汁を飲まされた過去があります。しかし、侵攻ルートを提供し戦争に加担するとなれば、我が国としてもいささか覚悟がいります。とりあえず、軍事同盟の前段として相互援助と不可侵条約のみ締結するということは可能でしょうか」
その言葉に、カプロアは表情を固くした。
「それは、ちと困りますな。我が国としては、いずれ来るマルクシア侵攻においてラトムランドとの協力は絶対条件です。でなければ勝算がなくなってしまう。軍事通行権を受け入れた上で、参戦条項付きの同盟を結ぶ以外の選択肢は提供できませんな」
参戦条項とは、例えば同盟を結ぶA国とB国があったとして、A国が戦争を始めた場合、B国も自動的にその戦争に参加するという約束のことだ。
つまり、レタリアとラトムランドが参戦条項付きの軍事同盟を結んだ場合、レタリアがマルクシアに宣戦布告すれば、ラトムランドもマルクシアに宣戦布告する義務が生じる。
その点を踏まえ、ロレンツはいささか突っ込んだ質問をした。
「では、今回の軍事同盟が破談となった場合、貴国はどういった立場を取るおつもりでしょうか」
カプロアは眉をひそめて腕を組む。
「同盟関係がなければ両国は赤の他人も同然でしょう。我が国は自国の国益を最優先し、今後の動向を考える。それが貴国の意図にそぐわなくとも、ですな」
その言葉はいささか恫喝じみていた。
暗にラトムランドが攻撃対象に選ばれても仕方がないと言っているも同然だ。
ロレンツはカプロアの意思を再確認する。
「本音を言えば、私はレタリアとの相互発展を目的とした同盟関係を望んでいます。両国が同盟を組めば、マルクシアは安易に手出しができない。平和が保障されれば長期的な安全と発展が約束されると思うのですが……」
その言葉にカプロアは反論する。
「座して待つだけが発展の道ではありません。自国の安全と国益を最大化するためには、時には打って出ることが必要だ。我が国には、それを行う用意がある。それが何を意味するか、貴官にもおわかりでしょう?」
そこまで話を聞いていた月代は、レタリアの事情がなんとなく分かってきた。
どうやら、レタリアも過去のマルクシアと同じく、侵略先を探して焦っているらしい。急進的な軍事政権であればこその発想だ。
レタリアのとる姿勢は、一貫してレイラの語っていた通りだった。
しかし、この流れは月代にとってありがたいものとも言えた。
いずれマルクシアと戦争になるのであれば、レタリアとは不可侵条約を結ぶより軍事同盟を組んでおいた方が得策だ。
月代がそんなことを考えていると、ロレンツは議論が平行線を辿り始めたとみて話を切り上げた。
「貴国の主張は分かりました。この旨は、私が責任をもって皇女殿下にお伝えします。とりあえず、今この場でお返事することはできませんので、また改めて交渉の場を設けたいと思うのですが、いかがでしょう?」
カプロアはその言葉に首肯する。
「わかりました。我々は貴国の賢明な判断を望みます。さて、諸君らも長旅でお疲れでしょう。今日は歓迎の席を用意していますので、これからは堅苦しいことを忘れて、楽しい時間を過ごしましょう」
そんな言葉を皮切りに交渉は打ち切られ、つつましい晩餐会が開かれることになった。




