44 軍事通行権 ◆
44 軍事通行権
月代が考えあぐねていると、イリスがレイラに向かって口を開く。
「しかし、レタリアが提案しきたのは軍事同盟だけではなかろう」
「軍事通行権のお話しですか。確かに、いささか問題のある提案ですが、レタリアと共同作戦を行うのであれば容認はできます」
話しに置いていかれそうになった月代は、考えを中断しその内容を確認する。
「軍事通行権というのは?」
月代の問いにイリスが応えた。
「レタリアは、己の国土からマルクシアを攻めるのが難しいという理由で、次のマルクシア侵攻作戦で我が国の領土内から侵攻したいと抜かしているのじゃ。そのために、軍事同盟と合わせて限定的な軍事通行権を要求しておる」
その言葉に、レイラが話を付け加える。
「マルクシアとレタリアの国境線には多くの山岳があり、軍事作戦に適してはいない。しかし、ラトムランドとマルクシアの国境線の大部分は平地だ。レタリアは、それを利用したいと考えているらしい」
レタリアの要求する軍事通行権はいささか虫のいい話だ。
自分から戦争を始めたいと言っておきながら、他国の領土を通過して攻撃したいなどというのは横暴だろう。
しかし、レタリアの立場に立って考えると確かにその提案は合理的だ。
月代は己の考えを口に出してまとめる。
「内戦直後のマルクシアと国境紛争で負けているなら、正攻法でレタリアがマルクシアに勝つ手段はない。だけど、ラトムランドと協力し、尚且つ理想的な侵攻ルートが確保すれば勝算はあると見ているのか……」
月代の言葉に対してレイラが口を開く。
「そういうことだ。軍事通行権は、言わば軍事同盟の締結条件の一つだ。もし我が国が同盟を拒めば、逆にそのルートを狙って我が国に侵攻してくる可能性まである。レタリアの中枢にいるのは、そういう血気盛んな連中だ」
月代は判断材料の追加を要求する。
「ちなみに、レタリアの国力は?」
「人口は6000万人程度だ。軍事力で見ればマルクシアとラトムランドの丁度中間といったところだろう。付け加えれば、優秀な空軍を持っている」
「ラトムランドとレタリアが手を組めばマルクシアの軍事力を確実に上回れますね。ただ、今は軍事独裁政権らしいですけど、信用できる連中なんですか?」
「クーデターが起きる前は、互いにマルクシアという共通の脅威が存在したお陰でレタリアとラトムランドは概ね友好的な関係を維持していた。以前の戦争では義勇軍や物資の提供も受けている。今中枢にいる連中はいささか急進的だが、同盟相手としては申し分ない」
そこまで話が進むと、イリスが口を挟んでくる。
「待て待て。よもやツキヨまでレタリアと同盟を組んでマルクシアを攻めるべき、などと言うつもりではあるまいな」
正直なところ、月代はレタリアとの軍事同盟に魅力を感じ始めていた。
国力で劣るラトムランドは、単独でマルクシアに対抗するのは難しい。いずれ戦争が起きるのであれば同盟国の存在は非常にありがたくなる。
月代は素直に、その思惑をイリスに告げた。
「俺は、そんなに悪い提案じゃないと思う。レイラさんの言う通り、隣国のマルクシアが未だ脅威なことに変わりはない。だからこそ、こちらから有利な条件で戦争が始められるなら選択肢としてはアリだ」
「ツキヨ……」
イリスはどこか物悲しげな表情を浮かべ、不服な様子を見せる。
イリスの気持ちも、分からないではない。
先のマルクシア―ラトムランド戦争はあくまで自衛戦争だった。
しかし、レタリアが行おうとしているのは侵略戦争だ。自国民を戦いに赴かせ、他国の平和を脅かす許されざる戦争だ。
たとえラトムランドが同盟関係を理由に仕方なくマルクシアを攻めることになったとしても、その本質が侵略であることに変わりはない。
だが、現実的にはラトムランドが取れる選択肢は少なかった。
月代はいささか強引な物言いでイリスを説得しようとする。
「イリス。たとえ、ここで同盟を拒否して中立を維持したとしても、将来的にレタリアやマルクシアが脅威になるのは事実だ。なにも、ラトムランドが自発的に戦争を始めるわけじゃない。戦争をしたがっているのはレタリアだ。ラトムランドは、それに巻き込まれたと考えればいい」
「しかし……」
イリスは、月代の言葉を否定したいという気持ちを堪え、言葉を止めて押し黙る。
理解はしているが納得はできない。それがイリスの正直な気持ちだった。
議論は平行線を辿り、場は静まりかえる。
すると、その沈黙をレイラが破った。
「とりあえず、一度レタリアと会談の場を設けてみてはどうだ。こちらとて、全てレタリアの言いなりになる気はない。主張するべき所ははっきりと主張しておく必要があるだろう」
その言葉にイリスは概ね肯定的な態度を見せた。
「そうじゃの。さすれば、別の選択肢が見つかるやもしれぬ。せっかくの機会じゃ。ツキヨもその会談に同行してみるというのはどうじゃ?」
「え?」
その提案にレイラも同調する。
「そうだな。立場上、私や殿下が直接赴くわけにもいくまい。貴官なら同行者として問題なかろう。たまには他国を見てくるというのも悪くはない」
いきなり白羽の矢が立った月代は、己を指さして目を丸くする他なかった。




