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43 総軍参謀局2 ◆

43 総軍参謀局2


 再会を終えたイリスと月代は、とりあえず総軍参謀局に赴くことにした。

 月代は、自分が不在だった4年間のことを何も知らない。国情を知るには、軍の中枢に赴くのが一番だ。


 月代は初めて総軍参謀局を訪れた時のことを思い出しつつ、オフィスに足を踏み入れる。

 そして、イリスに続いて見知った人物と再開を果たした。


「レイラさん。お久しぶりです」


「貴様、この4年間どこで何をしていた。今さらここに何の用だ」

 

 イリスと違い、4年経ってもレイラの容姿はさほど変わりがない。

 それでも、まだ高級軍人として若すぎることに変わりはなかった。


 しかし、レイラの態度とは裏腹に、オフィスは概ね月代の再訪を歓迎する雰囲気に包まれた。

 月代は他でもない対マルクシア戦争の功労者だ。初めてこの場を訪れた当初と違い、今や月代の功績は軍内外に知れ渡っている。


 そんな歓迎ムードの中で、月代はオフィス中央に据えられた作戦図を見て違和感を覚える。


「あれ、国土が元に戻ってる」


 その言葉に、レイラが呆れたように応える。


「マルクシア内戦の際に奪還したではないか。まさか、そんなことも知らずにまたここへ来たと言うのか」


「え、マルクシアって内戦になってたんですか」


 どこか間の抜けた月代の態度に対して、レイラは頭を抱える。


「また一から説明せねばならんのか……貴様は4年間冬眠でもしていたのか?」


 そこにイリスが割って入る。


「まあまあ、おさらいじゃ。おさらい。なんだか、ツキヨと初めて会った時のことを思い出すのう」


 クスクスと笑いをこぼしたイリスは小さく咳払いをし、レイラに告げる。


「レイラよ。今の国情を月代に話してやれ。共に戦った仲ではないか」


 レイラは渋々イリスの言葉に応じた。


「まったく、不意にいなくなったかと思えば今度は何も知らずに戻ってくるとは大した神経だ。とりあえず、話すだけは話してやろう。しかし、何をするにしても決断を下すのはあくまで殿下だ。それを忘れるな」


 そう告げたレイラは、作戦図の前に歩み寄り指し棒を握る。


「現在、我が国は4年前のような国難に陥っているわけではない。しかし、外交的に大きな問題を抱えている。それを話す前に、あの戦争が終わった後のマルクシアの顛末を話そう」


 レイラはマルクシアの国土を指して話を続ける。


「あの戦争の後、マルクシアでは講和条件に反発した勢力が反乱を起こし、内戦状態に突入した。およそ2年間に及ぶ内戦の結果、鎮圧を断念したマルクシア皇帝のセゲリア・ゴブロフは自害し、代わりにその息子であるミハイロム・ゴブロフ――通称ゴブロフ2世が皇帝位を継いだ。それをきっかけにマルクシアは皇帝による絶対君主制から民主制に移行し、今は選挙で選ばれた閣僚評議会が実権を握っている。ゴイブロフ2世は言わば神輿の飾りだ」


「その内戦のごたごたに乗じて、ラトムランドは国土を奪還したというわけですね」


 レイラは首肯する。


「そうだ。マルクシア内戦に際し、我が軍は講和条約を破棄して奪われた領土に進駐した。混乱の渦中にあるマルクシアはこの進駐が全面戦争に発展することを危惧し、領土の喪失を黙認している。結果的に、我が国は平和的に国境線を戦前の状態に戻すことができた」


「なるほど。それで、今の両国の関係に何か問題が?」


 月代の問いに、レイラは腕を組んで応える。


「両国間の関係は険悪ながらも平行線だ。しかし、問題は第三国の存在にある」


 そう告げたレイラは、指し棒でラトムランドとマルクシアの南部で国境を接する一つの国を指す。

 この世界で地理と歴史の勉強を少ししていた月代は、その国の名前だけは知っていた。


「レタリアって国でしたっけ。対マルクシア戦争で中立国として講和会議を開いてくれた所ですよね」


 レイラは言葉を続ける。


「そうだ。以前は中立政策をとる平和的な王国だったが、3年前に軍部がクーデターを起こし、レタリア王国は軍が実権を掌握する独裁国家になった。加えて、急進化したレタリアは内戦で弱体化したマルクシアに目をつけ大規模な国境紛争を起こしている。まあ、結果はマルクシアの勝利に終わり連中の目論見は失敗に終わったようだがな」


挿絵(By みてみん)


「軍事政権の隣国か……厄介そうな連中ですね」


 月代の言葉に対し、レイラは意外にも否定の態度を示した。


「いや、そうとも限らない。未だに領土的野心を持つレタリアは、ここにきて我が国との軍事同盟を提案してきたのだ。それが、目下検討中の問題だ」


 月代は、レタリアが提案してきた軍事同盟の意味を考える。


「つまり、一人ではマルクシアに勝てないから一緒に戦いませんかと提案してきた、というわけですか」


「話が早くて助かる。連中は我々と同盟を組み、もう一度マルクシアに挑む気でいるらしい。私としては、願っても無い提案だと思うのだがな」


 その言葉に、イリスが口を挟んだ。


「レイラはそう言うておるが、余はあまり歓迎できん。我が国の領土はもう取り返せておる。しかし、レタリアと同盟を組めば連中は必ずマルクシアに侵攻し、その戦いに巻き込まれる。侵略のために民を再び戦火に投じるというのは気が進まん」


 レイラはイリスの意見に反論する。


「しかし殿下。何度もおっしゃっていますが、レタリアとの軍事同盟を飲まなければ、その矛先が我が国に向けられるとも限りません。レタリアの軍部は領土拡大ができれば相手はどこだって構わないと考える短絡的な連中です。それを放っておいて、マルクシアとでも結託されれば、それこそ我が国は窮地に陥ります」


 レイラとイリスの話の聞いていた月代は、今回ばかりはレイラにも一理あると思った。

 マルクシアが潜在的な脅威であれば、レタリアがいかに急進的な連中とは言え仲間にしておくに越したことはない。


 それに月代は、この外交問題を考える上で、国情から離れたメタな情報を一つ持っている。

 それは茜の存在だ。

 彼女は月代と同じく、このA.W.Wに参加している。月代と同じ条件であれば、恐らくマルクシア側にいることになる。

 となれば、マルクシアが何らかの形でラトムランドを再攻撃する可能性は高い。


 月代は己の役目を思い出し、レタリアとの同盟の意義を考え続けた。

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