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42 重荷

42 重荷


 月代の胸でひとしきり泣いたイリスは、ふと顔を上げてぐしぐしと涙を拭う。

 すると、イリスの表情は一転して怒りへと変化していた。


「こっちへ来い!」


 そう告げたイリスは、強引に月代の手を引き宮廷内を練り歩く。

 そして辿りついた先は、見覚えのあるイリスの執務室だった。


 イリスは月代を突き飛ばすかのように部屋の中へ放り込み、そして扉を勢いよく締めた。

 当惑する月代を前に、イリスは赤く腫れた目を細め仁王立ちで迫る。


「さて、わけを聞かせてもらおうかの」


 成長したイリスは顔立ちこそ大人びているが、どこか子供っぽく怒るその表情から受ける印象は以前と変わらない。


 対する月代は、事情を正直に説明するわけにもいかず、かといって機転の利いた嘘も思いつかなかったので押し黙るしかなかった。


「なんじゃダンマリか。そちは、わけも話せぬというに再び余の下を訪れたと言うのか」


 月代は仕方なく、正直に己の立場を告げる。


「そうだね……ここを離れた理由は、説明できない。ごめん」


「余が命じたとしてもか」


「うん」


 その言葉に、イリスは眉をひそめ、どこか物悲しげな表情を見せた。


「まあ、理由はだいたい察しがつく。余は、そちに責任を押し付け過ぎた。それを重荷に感じて逃げ出したくなっても仕方があるまい。大方、余の不甲斐なさと国情を憂いて再びここを訪れたのじゃろう。余は情けない皇女じゃからの……」


 月代はその言葉を全力で否定する。


「違う! イリスは情けなくなんかないよ。それに俺は、自分の立場に嫌気がさして逃げ出したわけでもない! 理由は説明できない、できないけど、俺はここを離れなきゃいけなくなった。だけど、戻ってこれた。またイリスの力になりたくて、ここに戻ってきたんだ!」


 それでも、イリスの表情は変わらなかった。


「余の力になりたい、か。事情はどうあれ、結局のところ余が頼りない皇女じゃから心配になって戻ってきた、ということに変わりはないのじゃろ。世話を焼きにきたのと一緒じゃ」


 イリスの言葉は一面の事実だ。

 それに月代は、自分が協力しなければ再び訪れる戦争に勝てないという思い上がりをしている。

 だが、そんな高慢な気持ちだけで再びここを訪れたわけではなかった。


「そうだよ。俺は、イリスのことが心配だから戻ってきた。お節介だろうし、自信過剰だってことも分かってる。だけど、大事な人のことを心配して何が悪いんだよ。手助けをしたいと思うことの何が悪いんだよ。それって普通のことだろ」


 月代の言葉に、イリスは目を伏せる。


「普通のこと、か……さも当たり前のように言うておるが、他人を想い、そして行動できるというのは、言うほど簡単なことではないぞ」


 そうかもしれない。

 だが、月代は自分を犠牲にしてでも他人のために行動できる人間をよく知っている。


「それって、いつもイリスがやってることじゃないか。俺なんかより、皇女イリスはラトムランドのために重荷を背負って立派に行動してる。だからこそ、心配になったんだ。イリスが情けないからここに戻ってきたわけじゃない」


 イリスは「ふう」と小さく息を吐き、苦笑いを見せた。


「ツキヨは、人を励ますのが上手いのう。余はいつも、ツキヨに勇気を貰ってばかりじゃ。体ばかり成長しても、心はちっとも成長せん。困ったものじゃ」


「自分一人で背負いこむから抱えきれなくなるんだ。もっと人に頼ればいい。それに、頼りないかもしれけど、目の前に荷物持ちをしてもいいって申し出てる人がいるよ」


 その言葉に、イリスはゆっくりと顔を上げる。

 そして弱々しくはにかんだ。


「本当に、ツキヨは不思議な男じゃ。正直、余はツキヨに嫌われたのではないかと思っておった。ツキヨには、大きな重荷を背負わせてしまったからの。じゃが、ツキヨはその重荷を自分から進んで背負っても良いと言っておる。余の重荷を、共に背負ってくれると言うておる。余は嬉しいよツキヨ……」


 そう告げたイリスは、ゆっくりと月代に歩み寄り、優しく抱き込んだ。


「ツキヨ、戻ってきてくれてありがとう……」


 互いの温もりを肌で感じ、小さな息使いが耳に届く。

 それでも月代は、何故だか気恥しさを感じなかった。


 顔を交えている二人は互いの表情が見えない。

 そんな月代の耳元に、イリスの小さな声が届く。


「余はもう、そちと離れとうない……あんな寂しい思いは、もうしとうない……」


 そんなふうに呟くイリスを、月代はただただ、愛おしく思った。

 もう離れたくない。ずっと傍にいたい。そう思うのは月代も同じだ。

 

 だが、月代にはタイムリミットがある。

 己の左腕に巻かれた腕輪が、月代の身を縛りつけている。


 それでも月代は、己の気持ちに抗うことができず、イリスの体を抱き止めた。

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