41 再会 ◆
41 再会
知らぬ間に己の体を揺さぶられていた月代は、徐々に意識を覚醒させる。
ぼんやりしたまま目を見開くと、どこか見覚えのある男の顔が飛び込んできた。
「おい、軍人さん。大丈夫か?」
己の記憶を辿った月代は目を擦りながら男の言葉に応える。
「ええと、ジェラート屋のおじさんでしたっけ?」
「なんだ、俺のこと知ってるのか。ええと、昔の客だったかな。すまねぇ。俺はあんたのこと覚えてないんだ」
「前に一回立ち寄っただけですから無理もないですよ」
月代は彼のことをよく覚えている。
彼は、イリスと過ごした最後の休日に立ち寄ったジェラート屋の店員だ。強面で大柄の彼は印象的だったので、はっきりと記憶に残っている。
彼とのやり取りで己の状況を察した月代は、立ち上がって周囲の状況を確認する。
そこには古風なレンガ作りの家々が立ち並び、通りゆく人々は西洋風な顔立ちで古臭い格好をしている。
その場所は、記憶にあるラトムランド首都の市街地で間違いなかった。
再びラトムランドに来れた。
その事実に、月代は喜びを隠しきれず口がほころぶ。
そんな月代の姿を見たジェラート屋の男は、状況がわからないといった様子で心配そうに声をかけてきた。
「軍人さん、随分若いみたいだが飲んだくれてたのか? 店の裏で寝てたからびっくりしたぜ。しかし、朝に店を開いたときにはいなかったハズだが……」
月代はとりあえず嘘を交えた言い訳をして現状を確認することにした。
「ええまあ、ちょっと飲みすぎたみたいで……俺は、皇女のイリス様によく似た女の子の親戚ですよ。前に一度この店に寄ったことがあって」
その言葉に、店主は手を叩き「おお!」と叫んだ。
「ああ、皇女似のお嬢ちゃんの連れか! いや懐かしいねぇ! 最近、あのコも店に来ないから心配してんだぜ。嬢ちゃんは元気か?」
その言葉に、月代は違和感を覚える。
月代の記憶では、イリスと共にこの店を訪れたのはつい昨日のことだ。
しかし、店主は懐かしいと言った。
つまり、時間の感覚に相違があるということだ。
月代はその事実を確認する。
「すいません。イリス似の女の子が俺と一緒にここへ来たのってどれくらい前でしたっけ?」
「んん? そうさなぁ、あれは何年前くらいだったかなぁ……そうだ! 終戦記念日の後だ! あんときゃ街も騒ぎだったから覚えてるぜ! だとすると、もう4年も前になるのか。時間が経つのは早いねぇ」
その言葉に、月代は絶句するしかなかった。
* * *
ジェラート屋を後にした月代は、己の足でラトムランド皇室宮廷を訪れた。
場所は曖昧だったが、道行く人に尋ねればすぐに分かった。
しかし、月代はどんな顔をしてイリスに会えばよいやらわからなかった。
ジェラート屋の男によれば、この世界は月代が去ってから4年間の時間が経過しているらしい。
A.W.W内の時間の流れが現実と同期していないことは月代も承知していたが、まさか4年もの月日が経っているとは計算外だ。
しかし、イリスに会わなければ話は始まらない。
月代は何も、遊ぶためにこの世界を再び訪れたわけではない。
月代は、将来起こるであろう〝新たな戦争〟からこの国を守るために、再びやってきたのだ。
昨日、同じA.W.Wのβテスターである茜は言っていた。
――私は、たとえ一人でもマルクシア軍の一員としてA.W.Wの世界で戦争指導に加担する。そうすれば、ラトムランドは確実にマルクシアの属国になる。そうでしょ?
月代にライバル心を抱く茜は、この世界で再び起こる戦争に勝つ気でいる。
4年間の時間経過が国際情勢にどんな影響を与えているかは未知数だが、茜がマルクシアにいるのならば、確実ラトムランドを攻めてくるだろう。そうでなければ、A.W.Wはゲームにならないからだ。
この国は再び危機に陥る。
月代は、二カ月間過ごしたこの国と、そしてイリスに並々ならぬ思い入れがある。だからこそ、また守りたいと思った。
それが自意識過剰な思い上がりだったとしてもだ。
その決意を思い出した月代は、力強い足取りで宮廷の正面玄関へと向かう。
そして、行く手を阻む門番に向かって堂々と言い放った。
「元皇室直属の軍事顧問をしていたツキヨ・ヤルネフェルトです。俺のことを知ってる人に取りついでもらえますか?」
* * *
月代は難なく宮廷の中に入ることができた。
この世界では4年前の出来事になるが、過去に月代が軍事顧問として働いていたことを覚えている人間は多く残っていた。
とりあえず応接室に通された月代は、一人でそわそわしながら面会者が来るのを待つ。
その場に誰が来るのか、月代には想像がついていた。
しばらくすると、ノックも無しに扉が勢いよく開け放たれる。
驚いた月代が振り返ると、そこには記憶に色濃く残る一人の女性が立っていた。
「ツキヨ!」
息を荒げて入室した彼女は、見慣れた正装に身を包み、美しく大きな瞳をこれでもかと見開いて月代の姿を捉える。
月代にとっては1日ぶりの再会だ。
だが、彼女にとっては4年ぶりの再会になった。
「イリス……」
月代はイリスの姿をまじまじと見つめる。
その容姿は、以前の記憶と比べて大きな相違があった。
背は伸び、体は女性として洗練されたプロポーションになっている。そして大人びた顔は可愛らしいという領域を通り越し、見惚れてしまうほどに美しく成長していた。
二人は見つめ合ったまま制止する。
月代は、イリスに何と言葉をかけていいかわからなかった。
二人の間にできた時間の隔たりは、想像以上に大きかった。それはイリスの成長を見れば明らかだ。
今目の前にいるのは、月代の知らないイリスだ。
彼女は何を思い、この4年間を過ごしてきたのか。何も言わずに立ち去ったツキヨのことを、どう思っているのか。
月代はそれをあまり想像したくなかった。
しばらくすると、イリスの方から月代の下へ近づいてくる。
その表情は真顔になっており、怒っているのか喜んでいるのか、一見しただけではわからない。
目と鼻の先まで近づいた二人は目と目を合わせる。
小さなイリスを見下ろしていた頃とは違い、目線はほぼ対等になっていた。
そして、イリスはそのまま月代の胸に飛び込んだ。
抱きこまれると思った月代は顔を赤らめて身構える。
だが、そんな月代の願望は胸に叩きこまれた強烈な衝撃によって打ち崩された。
「ぐえっ!」
「なぜじゃツキヨ! なぜじゃ!」
イリスは己の拳で月代の胸を何度も叩いた。それも戯れのような軽い力ではなく、太鼓を叩くかのように、肺に響く強烈な殴打の連続だった。
月代はたじろぎつつもイリスの殴打を受けとめる。
そして壁際まで押し込まれると、イリスは月代の胸に顔をうずめた。
「なぜじゃツキヨ……どうして何も言わずに余の下を去ったのじゃ……」
最後にそう呟いたイリスは、胸の中で静かに嗚咽を漏らす。
月代は、イリスがそうやって泣く姿を昨日も見た。
だが、今日の月代は、「ごめん」と一言呟くだけで、彼女を抱きしめてやることはできなかった。




