40 再転移
40 再転移
βテストの二日目。ホテルを出た月代は再びRAG社のビルを訪れた。
現実世界では昨日の出来事だが、体感的には2カ月ぶりの再訪になる。
初めてこのビルを訪れた時はびくびくと不安を抱えてβテストに臨んだが、今の月代はまるで別人のように真剣な面持ちをしている。
待ち合わせ場所であるビル5階の部屋に足を踏み入れると、以前と同じように佐藤が一人で月代を待ちうけていた。
「おはよう東雲君。よく来てくれた。今日のβテストも受けてくれるよね?」
再開するやいなや、佐藤は月代にβテストの参加を迫る。
対する月代は、その答えを昨晩のうちに考えていた。
「参加には条件があります」
月代の意外な発言に、佐藤はいささか当惑する。
「条件、か……とりあえず聞かせてくれるかな」
月代は尚も真剣な表情を崩さず、淡々と応える。
「俺は、あの世界……ラトムランドのある世界で、前回と同じ立場でプレイできるならA.W.Wをやります」
その言葉に、佐藤はどこか納得するかのように頷いた。
「……まあ、君の気持はわからないでもない、か。とりあえず、この場ではその条件を飲めるかどうかは明言できない。だが、今日またA.W.Wをやってみて、君が納得できないなら中断を宣言するというのはどうだろう?」
佐藤の言葉を聞いた月代は、条件がクリアされたことを半ば確信した。
なぜなら、佐藤がさして困っているように見えなかったからだ。
もし、月代の告げる条件が飲めないのであれば、βテストの継続を望む佐藤はこの場で弁明していただろう。
だが、佐藤は月代の提案を拒まなかった。
月代は己の決意を再確認し、佐藤の問いに回答する。
「わかりました。A.W.Wをやります」
* * *
交渉を終えた佐藤と月代はビル地下のプレイルームに赴き、A.W.Wのプレイ装置である透明なカプセルの前に再び立つ。
その装置は何度みてもゲーム機器などではなく、高度な医療機器の類にしか見えない。
月代は佐藤から腕輪を受け取り、もはや定位置となった左腕に通す。
月代が準備を整えると、佐藤は改めて注意点を説明した。
「今さら説明する必要もないと思うけど、今まで通り僕とのコンタクトはその腕輪を通して行う。ゲームを中断したくなった場合は、口でその旨を告げてもらえばこちらから中断処理を行う」
月代はその言葉に頷き、何の躊躇いもなくカプセルの中に足を踏み入れた。
カプセルの蓋が閉まると、再び佐藤が声をかけてくる。
「東雲君。初日に僕は、A.W.Wをゲームだと思わずプレイしてくれと言った。だけど、今回はあえて逆の忠告をするよ。A.W.Wはあくまでゲームだ。仮に君が、現実よりそっちの世界での生活を望んだとしても、それは叶わない。その点だけは忘れないでもらいたい」
月代は、佐藤の言葉がいささか無責任に感じた。
今までの経緯から、月代はβテスターである自分が実験台のようなものにされていることをなんとなく察している。
もし月代がA.W.Wの虜になっているのだとしたら、責任の一端は佐藤にもあるだろう。
それを思った月代は、珍しく皮肉のひとつでも言ってみたくなった。
「佐藤さん。俺をあんな世界に放り込んでおいて、今さらそんなこと言うなんて開発者らしくないですよ」
その言葉に、佐藤は苦笑いを見せる。
「君にそう言われると返す言葉がないな……とにかく、君が中断を宣言しなくとも、こちらの都合によってゲームが中断されることもある。それが君にとって不本意な結果だったとしてもだ。その点は理解してくれるね?」
「わかりました。もう始めてもいいですよ」
急かすような月代の言葉に、佐藤はいささか渋い顔を見せる。
だが、それ以上の忠告はしなかった。
「よし、じゃあゲームを始めるよ。目を瞑って」
佐藤の言葉に従い、月代は目を瞑る。
それを見届けた佐藤がカプセルに設けられた機器パネルを操作すると、月代は深い眠りについたように身動きひとつ取らなくなった。
しばらく機器パネルを観察していた佐藤は、誰もいない空間に向かって声を放つ。
「よし、これで転移完了だ。状況は?」
佐藤がそう告げると、室内に設けられたスピーカーからオペレーターの声が届いた。
『問題ありません。転移は正常に完了しました』
その言葉を聞いた佐藤は小さなため息をついて肩をすくめる。
そして独り言を呟いた。
「やれやれ。東雲君、初日に会ったときとはまるで別人だな。それだけ経験は人を成長させるということか……」
その言葉を拾ったオペレーターはスピーカー越しに佐藤へ問いかけた。
『しかし、本当によかったんでしょうか。被験者の精神的依存度はかなり高くなっていたようですが……』
「それも見るのも込みでの2日目さ。どの道、彼が望もうが望むまいがゲームはいつでも中断できる。それに、せっかく来てくれたβテスターなんだ。彼の好きにさせてあげるのも人情さ」
『そういうもんですかね。では、二人目の方もよろしくお願いしますね』
そう告げられた佐藤は、「はいはい」とぶっきらぼうに返事をし、プレイルームを後にした。




