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39 退位

39 退位


 その頃、マルクシアの宮廷ではゴブロフとライールが対面していた。


 ゴブロフは落ちつかない様子で何度もパイプを吹かし、不意の来訪者であるライールの存在をいぶかしむ。


「ライール将軍。貴官をこの部屋に呼んだ覚えはないが」


 対するライールはいつも通り型にはまった笑顔を浮かべ、にこやかにゴブロフと対峙している。


「ええ、今日は私の方から御用がありましてお邪魔しました」


 ゴブロフは「カツン」とパイプを叩き、乱暴に灰を落す。


「珍しいな。私は貴官の顔など見たくもないが、話があるなら聞いてやろう」


 ゴブロフはあの戦争以来、常に飄々としているライールのことがどことなく気に入らなくなっていた。

 しかし、ライールは対ラトムランド戦争で最終攻勢を成功の一歩手前まで進めた立役者として国内で評価されており、結果的にゴブロフは国土への侵攻を許した事実を不問としていたのだ。

 処分しようにも処分できない部下という存在は、ゴブロフにとって邪魔者以外の何者でもない。


 対するライールもそれを知ってか知らずか、対ラトムランド戦争終結後は目立った活動を控えていた。

 しかし、ここにきてライールは突如ゴブロフに面会を申し込んだのだ。


「いやはや、話というのはごく簡単なことでしてね」


 ライールの口ぶりは、まるで世間話でもするかのように軽々しい。

 ゴブロフはその態度が心底気にくわなかった。


「もったいぶらずに言いたまえ」


「ええ、実はですね……今日は閣下の御隠居を提案したく、この場に参上いたしました」


 ライールはあけすけもなく大胆な発言をゴブロフにぶつける。

 隠居とは、つまるところゴブロフに皇帝を退位しろと提案しているのだ。


 マルクシアの頂点に立つゴブロフはその言葉に耳を疑い、そしてわなわなと体を震わせて叫んだ。


「貴様、自分が何を言ったからわかっているのか! よくもぬけぬけとそんなことが言えたな! 私に皇帝位を退けと言う気か!? 不敬も甚だしい! 私は今この時をもって貴様の地位を剥奪する! おい、誰かこいつを連れ出せ!」


 叫び声を上げ半狂乱になるゴブロフを前に、ライールは笑顔を崩さず言葉を続ける。


「閣下、おわかりになりませんかね? もうこの宮廷内に、閣下の言うことを聞く人間などおらんのですよ」


「黙れ下郎が! おい、衛兵は何をやっている!」


「やれやれ、面倒くさいな」


 そう呟いたライールは、腰に下げたホルスターから拳銃を取り出し、ゴブロフに銃口を向ける。


「な、なんのつもりだ! だ、誰か! はやくコイツを止めろ!」


「ですから、もうあんたの言うことを聞く人間はこの国にいないんですよ。あまり騒がれるとみっともない」

 

 いくら騒いでも誰ひとり室内に入ってこないこの状況に、ゴブロフはいよいよ自身の置かれた立場を理解し始めた。


「……なるほど。貴様も宮廷の人間も今や共和派の手先というわけか。貴様は、私を殺して大統領にでもなる気かね?」


「いえいえ、私は革命なぞに興味はありません。先ほど言いました通り、閣下には厳粛に御退位していただき、新たな皇帝を迎えようと、そう考えているわけでしてね」


 ゴブロフはライールの意図を察する。


「我が愚息を祭り上げるというわけか。抜け目ない貴様らしい発想だ」


「その方が国民も安心するでしょう。どこの馬の骨ともわからん連中に国を牛耳られるよりマシですから。さて、私の意思はご理解できましたかね?」


 ライールはまるで仮面のような笑顔のままゴブロフの退位を迫る。

 対するゴブロフはいささか落ち着きを取り戻しライールを睨んだ。


「屈辱的な余生なぞ興味もない。しかし、最期が憎たらしい貴様の手にかかるのも癪だ。銃をよこせ。自分の身は自分で始末をつける」


 対するライールは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。


「渡した銃で私が撃たれてはかないませんな。なんと偶然にも毒薬を持ちあわせていましたので、何でしたらお使いください。心配せずとも楽に逝ける類のものですので」


 ライールはポケットから一粒のカプセルを取り出して床に投げる。

 それを見つめるゴブロフは狂ったように笑い始めた。


「ああ、屈辱だ! 甚だ屈辱だ! ……いいだろう。このゴブロフは世を去ろうではないか。地獄で貴様が来るのを待っていてやろうじゃなか! だがな、この国の民は一筋縄ではいかんぞ! そうだ、私は貴様ではなく、民に殺されたのだ! 民に裏切られたのだ! 私の後釜を務める気でいるのなら、貴様にもいずれわかる。私は、貴様が民に殺される姿を地獄から見届けてやる!」


 そう言い終えたゴブロフはカプセルを飲み、おぼつかない足取りで己の玉座に腰をかける。

 そして何度かパイプを吹かしているうちに、呻きを上げて机に突っ伏した。


 若くして皇帝位を継ぎ、一代にしてマルクシアを農業国から軍事大国に仕立て上げた皇帝ゴブロフは、今この時この世を去った。

 そして、その最期を見届けたライールは銃を下ろし大きなため息をつく。


「やれやれ、最後までわけのわからないお人だった。カリスマはあるんだろうけど、判断力がなぁ。さて、これから国民向けのスピーチを考えなきゃいけないし、忙しくなるなぁ。アカネくんが戻ってきてくれればいいんだけど……」


 そう告げるライールの表情は、いつもと変わらない笑顔のままだった。

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