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4 軍事顧問

4 軍事顧問


「軍事顧問、ですか」


「そうじゃ。窮地に立たされた我が国のために力を貸してほしい」


 ゲームのシナリオとは言え、話の流れを考えると唐突な提案だ。

 月代はとりあえず事情を聞くことにする。


「待ってください。そもそも、この国にも軍事学を学んだ高級軍人は他にいるんじゃないんですか? 参謀とか、そういうシステムがあると思うんですけど」


「それは、そうなのじゃが……他の軍人は信用ならんのじゃ」


 その言葉を皮切りに、イリスは苦い顔で事情を語る。


「元より軍上層のジジイ共は権力闘争に明け暮れるばかりで腐りきっておった。余は女皇に即位したその日から断腸の思いで多くの将軍を降任させてきたのじゃが、結果的にまともな意見を述べられる者がいなくなってしまったのじゃ」


 どこかで聞いたことのあるような話だ。

 これは月代の想像だが、若き皇女イリスは権力者として潔癖なのだろう。

 少しでも荒がある人間を周囲から切り捨てていけば、人はいずれ孤立する。そして手元に残るのは何も生み出さないイエスマンだけだ。


 つまり、イリスは信頼できる人間を求めていた。


「その流れでいくと、本当は俺の父を頼ろうとしたんじゃないですか?」


 イリスの話によると、ゲーム内における月代の父は高級軍人だったらしい。

 海外に駐在勤務するくらいなので、さぞ優秀な人材だったのだろう。


「確かに、本来はそちの父クルツ・ヤルネフェルト少将を軍事顧問にするつもりじゃった。彼は我が国の軍事アカデミーで教鞭を握ったこともある高名な戦術家じゃ。じゃが、彼を失った今、頼れるのはそちだけになってしもうた……そちも、父の下で軍事学を学んでおった高級軍人の卵なのじゃろう?」


 ここは話を合わせておくのが無難だろう。

 もはや記憶喪失という嘘がブレているが、何でもかんでも否定すると話が進まない。


「ええ、まあ、戦争のことは多少詳しいつもりですけど……」


「ならば頼む! できる範囲で構わぬ。余に助言をしてはくれぬか! なにも、将軍に就任しろとは言わぬ。あくまで余に建設的な意見を述べてくれるだけでよい! この通りじゃ!」

 

 悲痛な表情を浮かべたイリスは縋るように頭を下げる。


 これが現実の出来事であれば、月代は易々と首を縦には振らないだろう。

 なぜなら、あまりに唐突で荷が重すぎる話だからだ。


 自分たった一人の判断によって一国の興亡が左右されるとあれば、その責任は計り知れない。

 だが、ここはゲームの世界だ。失敗したところで実際に人が死ぬわけではない。

 

 ならば答えは決まっている。

 むしろ、こう答えなければゲームは始まらないだろう。


「わかりました。できる範囲で協力します」


「本当か! やはり余の目に狂いはなかったようじゃ。よろしく頼むぞツキヨ!」


 イリスは月代の手を引っぱり出し、力づよく握手をする。

 月代は照れくささを覚えたが、ゲームの中とはいえ人に頼られるのは悪い気がしなかった。


「よし、そうと決まればさっそく準備を……と言いたいところじゃが、そちも疲れておるじゃろう。先に朝食を用意するからしばし待っておれ」


 そう告げたイリスは、落ち着きのない様子でそそくさと部屋を出て行ってしまった。


 すると、イリスが出て行くタイミングを見計らったかのように、聞き慣れないデジタル音が不意に鳴り響いた。

 音の発信源を探ってみると、音は月代の左腕につけられた腕輪から放たれている。

 不測の出来事に月代が当惑していると、アラームが止み代わりに人間の声が放たれた。


『もしもし東雲くん。佐藤だよ。上手くやってるみたいだね』


 月代は、ゲームを始める前に佐藤が放った言葉を思い出す。


――原則としてプレイヤーと外部のコンタクトはその腕輪を通してやってもらう。


 どうやら、この腕輪は通信機のように使うらしい。

 月代はこちらからも返答ができるかどうか試してみた。


「佐藤さん。こっちの声は聞こえますか?」


『ばっちり聞こえてるよ。どうだい、A.W.Wをやってみた感想は』


「正直、リアルすぎて混乱しましたよ」


『こっちもいきなりゲームの世界に突っ込んじゃって申し訳ない。だけど、東雲君の立ち回りは百点満点だったよ。このゲームでは主要登場人物とどう関わるか、というのも重要なポイントなんだ。そういった意味で文句無しだ』


 月代はウォー・ゲームというよりアドベンチャーゲームをさせられていた気分だ。

 たが、より本物に近い軍隊指揮とは、つまるところ君主や部下とどう付き合うか、という部分に行きつくのだろう。


「とりあえずこの国の軍事顧問になりましたけど、このままゲームを進めていんですか?」


『東雲君の気分が乗っているなら、是非ともプレイを継続してもらいたい』


「構いませんけど、何かアドバイスとか貰えますか?」


『残念ながら、こちらから出せる情報は一切ない。だけど、一つ忠告するなら、なるべく現実世界と同じ感覚で過ごしてもらいたい、ってことくらいかな。〝ゲームだから〟という前提を忘れる努力をしてくれ』


 難しい注文だが、ここまでリアルなら月代もこの世界の〝キャラクター〟として自然に振る舞える気がした。


「わかりました。努力してみます」


『頼もしい限りだ。ちなみに、この通信は一方通行だ。ゲームを中断したくなった、という場合以外では原則的に君から連絡を取ることができない。その点を踏まえて、引き続きゲームを楽しんでくれ。それじゃ切るよ』


 そう告げると佐藤からの通話は一方的に遮断される。

 あくまでゲーム管理者からのアクションは最小限にしたいらしい。


 だが、月代もその方がありがたかった。

 ウォー・ゲームにリアルさを追求し続けていた月代にとって、本物の軍隊指揮を最大限まで模倣しようというA.W.Wのスタンスはまさに願ってもないゲームだ。


 月代がこれからの展開に期待感を募らせていると、席を外していたイリスが見計らったかのように戻ってくる。


「ツキヨ! 朝食の用意はできておるぞ。食欲があるなら余についてくるがよい。腹ごしらえが済んだら、さっそく軍部へ突撃じゃ!」


 月代は「ゲームの中でも飯が食えるのか?」という疑問を抱きつつ、言われるがままにベッドを降りた。

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