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36 邂逅

36 邂逅


 佐藤との朝食を済ませた月代は続いてバイタルチェックというものを受けることになった。

 その内容は健康診断のようなもので、様々な機器で体を検査され、最後には精神分析じみた問診やペーパーテストもあった。

 

 その場で月代は度々同じ質問を受けることになる。


――今の現実世界よりもA.W.Wでの生活の方が魅力的に思えますか。


 月代はその問いを受けるたびに、正直に「はい」と答えていた。


 そんなバイタルチェックは昼食を挟み、日が落ちる前に終了した。


「近くにホテルを用意してるから、今日はそこに泊まってくれるかな」

 

 先ほど朝食を食べた部屋に戻るやいなや、佐藤は月代にそう告げた。

 今日のβテストはこれで終了らしい。


 部屋を出た月代は来た時と同じく、一人でエレベーターに乗る。

 その中で月代は、イリスのことを考えていた。


 イリスにまた会えるかもしれない。


 佐藤は言葉をはぐらかしたが、明日のβテストで同じ世界に行ける可能性はある。


 だけど、会ってどうするんだ。

 佐藤によれば、イリスはA.W.W開発者達によって〝作られた存在〟であると同時に、月代と同じ〝人格〟を持っている。

 A.W.Wの実態がどういうものか詳しくはわからないが、また軍事顧問としてイリスの役に立ったとしても最後の結末は同じだ。

 住む世界の異なる二人は、再び別れることになる。


 それを考えると、再びA.W.Wの世界に行くのが正しいことなのか、月代には分からなくなった。


 今尚気持ちの整理ができない月代は、ぼんやりとビルの玄関口をくぐる。

 そして佐藤から受け取ったホテルまでの地図を取り出して場所を確認した。

 

「あのー、すいません」


 不意に、月代の背中に声がかかる。

 驚いて振り返ると、そこには私服姿の見知らぬ女性が立っていた。


「もし人違いだったらすいません。あなた、A.W.Wのβテスターですか?」


 その言葉に、月代は「えっ」と一言発することしかできなかった。



 * * *



「狙いどおり他のβテスターに会えてよかった。私は、久米沢くめさわあかねって言うの。君は?」


 雑居ビルの一階に設けられた小さな喫茶店の中で、月代は茜と名乗る女性と席を共にしていた。


「東雲月代って言います」


 二人は軽く自己紹介をし、店員にアイスコーヒーを注文する。

 この喫茶店に月代を誘い入れたのは、他でもない茜だ。


RAGリアル・アート・ゲームス社の連中は私達を会わせたくなかったみたいだけど、どうしても他のβテスターに会いたくて会社の前で待ち伏せしちゃった。これが大正解」


 愛想良くはにかむ茜は、ストローを弄りながら月代に語りかける。

 黒髪を靡かせ白いブラウスを纏う彼女は、美人と表現して相違ない。

 対する月代は、まさか他のβテスターが女性だったとは思いもよらず、反応に困っていた。


「ごめんなさい。初対面なのに馴れ馴れしかったよね。私、A.W.Wの世界でマルクシア軍の中にいたの。あなたはラトムランド軍の中にいた人?」


 その言葉に、月代はあの戦争の顛末を思い出す。


「もしかして、縦深攻撃や首都電撃戦を提案したのは茜さんだったんですか」


「アタリ。そういうあなたも縦深防御や捨て身の最終攻勢を提案したんでしょ? 見事な戦争指導だったわ」


 一見すると清楚に見える彼女が口にする言葉は甚だ物騒だ。


 しかし、これではっきりした。

 A.W.Wの世界で月代を苦しめたライバルは、まさしく彼女だったのだ。


「それにしても、何でわざわざ俺に会おうとしたんですか?」


「うーん、A.W.Wのことについて意見交換したいってのもるけど、やっぱり好敵手の顔くらい知っておきたいと思ってね。あ、そうそう。私、ボードゲーム好きなんだけど、何かできるゲームある? チェス? 将棋? 囲碁? シャンチーでもいいわよ。ゲームしながら話しましょうよ」


 脈絡のない茜の提案に当惑する月代だが、とりあえず一番得意な「将棋」と答えた。

 彼女は手早くスマホの将棋アプリを起動させ、テーブルの中心に置く。


「はい、ジャン、ケン、ポン! あなたが先手番ね。どうぞ」


 月代は掴みどころのない茜と将棋を指しながら会話を続ける。

 

「それにしても、A.W.Wのリアルさには驚きませんでした?」


「うんうん。現実と変わらないんだもん。最初はびっくりした。だけど、私が望んでたゲームはまさしくああいうものだった。貴重な体験ができたわ」


 二人はアプリの盤面上で駒組みを進める。月代は攻守揃うバランス型を選び、茜は攻め重視の急戦に構えた。


「女性なのに戦争ゲームが好きって意外ですね。あ、失礼だったらすいません」


「いいわよ。趣味が悪いってよく言われるから。私、両親が自衛官なの。それで興味があってね」


 月代が攻守の形を整えると同時に、茜の攻めが始まった。


「両親が自衛官ってことは、国防大学とかに通ってるんですか? 大学生くらいですよね?」


「いいえ、今は普通の私立大学で国際政治学を専攻してる。将来、自衛官になるかどうかは悩んでるけど、とにかく国の役に立つ仕事がしたいわ」


 茜の攻めは鋭かった。守りを捨て、定跡を無視した見たこともない形で攻撃を継続する。


「立派ですね。俺なんて落ちぶれ浪人生で、今年第一志望に受かるどうかもわかりませんよ」


「それは大変。将来のために勉強しなきゃダメよ。まあ、かくいう私も夏休みだからってA.W.Wみたいなゲームにうつつを抜かしてるんだけど……」


 月代は防戦一方では埒が明かないと感じ、形を崩して攻めに出る。


「ゲーム、ですか……久米沢さんは、あの世界が本当にただのゲームだと思いますか?」


 その言葉に、茜は将棋を指す手を止めた。


「それ、どういう意味?」


 月代は佐藤から聞き及んだ話を茜に伝える。

 A.W.Wの世界が現実世界のトレースであること。そこに生きる人々は作られた存在であるが、人格を持ち本当の意味で生活を営んでいるらしいこと。

 それらを包み隠さず説明した。

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