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35 帰還

35 帰還


「お疲れ東雲くん。久しぶりの再会だね」

 

 月代が目を覚ますと、透明なカプセルの天井越しに佐藤の顔が映り込んだ。

 どことなく気だるい体を持ちあげると、カプセルが開き現代的で無機質な小部屋が周囲に広がる。


 月代の帰還はあっけなく済んだ。

 イリスとの休日を過ごした晩、寝室で再び佐藤から連絡を受けた月代は言われるがまま目を瞑り、そして気付いた時にはこの部屋に戻っていた。

 

 気分は寝起きのような状態だったが、意識を覚醒させた月代はいの一番に気になっていたことを佐藤に問いかける。


「今、何月何日ですか?」


「7月28日の午前9時だ。もちろん年は跨いでない。君は一晩ゲームをしていただけだよ」


 佐藤の告げた日付は、月代がA.W.Wのテストプレイを承諾した翌日だ。

 体感的には2カ月間ゲームの中で過ごしていたことになるが、現実世界では一晩しか経っていないらしい。


 月代は己の体の状態を確認する。

 服装はこの場所に来たときと変わらず、そして身体にも異常はないようだ。


 佐藤はぼんやりする月代に向かって言葉を続ける。


「いやあ、君のプレイングは申し分なかった。素晴らしいの一言だよ。君自身も、だいぶ楽しめたと思うけど、何か感想はあるかな?」


 感想――今の月代に、あの2カ月間を一言で表現できる言葉はない。

 月代はそれを正直に答えた。


「なんというか、複雑な気分です」


「もっともな感想だね。とりあえず朝食を用意してあるから一休みしよう。待機室に案内するよ」


 月代と佐藤はプレイルームを出てエレベーターに乗り、以前二人が出会った部屋へと戻る。

 室内に入ると、整然と並ぶ机の一つに高級感のある弁当箱と汁椀が2つ置かれていた。

 佐藤は月代をその席まで案内する。


「僕も朝食がまだなんだけど、もし東雲くんが構わないなら同席しもていいかな?」


 断る理由もなかったため、月代はその提案を承諾した。


 二人は豪華な幕の内弁当に箸をつけつつ、時より会話を交わす。

 その主導権を握るのは佐藤だった。


「実を言うと、A.W.Wのような全感覚投入型VRGの本格的なβテストは今回は初めてだったんだ。君は運がいいよ」


 なんとなく気持ちの整理が追いつかない月代は淡々と応える。


「そうだったんですか。あれだけリアルなら他にも色々な可能性がありそうですね」


「うん。ゲームだけでなくスポーツのシミュレーターや心の病の治療なんかへの応用も考えてる。とにかく可能性は無限大だ」


 あれだけリアルな世界が仮想空間で再現できれば、いくらでも使い道はあるだろう。

 しかし、月代は少し気になる部分があった。


「でも、あのリアルさを戦争ゲームに使ったのは意外ですね。もっとこう、シンプルに自然を体験するとか、そういう方向性のゲームが最初に思いつきそうですけど」


 弁当をたいらげ味噌汁を啜る佐藤は「まあね」と、一言告げて言葉を続ける。


「でもそれじゃあ面白くない。あまりにリアル過ぎる世界は、言うなれば現実世界との差異がない。何をやってもリアルですね、で終わっちゃう。だから僕らは、人類史の中で最もドラマティックかつ非日常的な戦争というテーマを最初に選んだ。それを残酷だと考える人もいるかもしれないけど、戦争だって人類の歩んできた歴史の一部なんだ。たとえゲームだったとしても、戦争という出来事を俯瞰的にリアルな世界で体験することに価値はある、と僕は考えてるよ。まあ、他にも理由はあるけど……」


 いささかバイアスのかかった意見な気もするが、確かに月代はその魅力に引き込まれた。同時に、戦争指導者という立場の矜持や責任、そして残酷さを身に染みて体感できた気がする。

 たとえ平和を望む人間だったとしても不本意に巻き込まれるのが戦争という事象だ。国家の安寧を願いつつ部下に死ねと命ずる戦争指導は大いなる矛盾を孕んでいる。


 月代にとって、A.W.W内での経験は色々な意味でかけがえのないものだった。後悔があるわけでないが、己の人生の価値観をも動かす出来事だったことに違いはない。

 そういった意味で、佐藤の目論見は成功だったとも言えるだろう。


 そして月代は、ここに戻ってきてから度々イリスのことを思い出していた。


 彼女は作られた世界の人間である。

 その事実こそ、月代にとって信じ難く、そして最も受け入れがたい現実に他ならない。

 だからこそ月代は佐藤に問うてみた。


「佐藤さん。A.W.Wってホントに仮想世界なんですか? あのリアルさは、シミューレトという域を軽く超えてると思うんですけど」


 その言葉に、佐藤はぴくりと眉を動かす。


「まあ確かに、あの世界を0からボトムアップで組み立てるのは不可能だろうね。オブジェクト、物理エンジン、AIその他……そんなの1から用意しようとすればスパコンがいくらあっても足りない」


「じゃあ、いったいどうやって……」


 佐藤はその先を語るか否か考えあぐねるように「うーん」と唸って腕を組む。


「……まあ、少しくらいいいか。これは企業秘密の範疇なんだけど、あの世界は言わば現実世界のコピーなんだ。人間だって1から人造人間を作るよりクローンを作る方が簡単でしょ? そういった理屈で、あの世界は本当の意味でこちらの世界と相違がない。なぜなら現実世界をトレースしてできた空間だからね」


 その言葉に、月代は確信を深める。


「じゃあ、あの世界にいる人達は、僕らと同じく〝生きてる〟と表現して相違ないってことですか?」


 月代の言葉に佐藤はしばし沈黙する。

 そして、頭を掻きつつ口を開いた。


「いや僕としたことが、これは君に言うべきじゃなかったな。確かにあのシステムが考案された当初からその議論はあった。何故なら、A.W.Wの世界に生きる人達を僕らと同じ人間だと認めれば、すなわちその開発者である僕らは神様になっちゃうからね。倫理的な線引きは難しいよ」


「だけど、佐藤さん達はその世界をゲームにした」


「そんな僕を軽蔑するかい?」


 珍しく挑発的な物言いをする佐藤の態度に月代は困惑する。


「いえ、そういうわけじゃ……これは、どちらかと言えば俺自身の問題な気がします」


 佐藤は「そうか」と一言告げ、弁当箱を片付けて缶コーヒーを差し出した。


「とりあえず、βテストの期間はまだ残ってる。ただ、今日はこれからバイタルチェックを受けてもらうことになるんだが、明日にはもう一度君にゲームをプレイしてもらいたいと考えている。受けるも断るも君の自由だが、どうかな?」


「またあの世界に行けるってことですか!」


 月代は身を乗り出して佐藤に迫る。

 またイリスに会える。それを思うと、いてもたってもいられなかった。


 だが、佐藤は複雑な表情で返答した。


「君の言う〝あの世界〟というのが、どこまでを指すかは分からないが、ゲーム内容は詳しく教えられないんだ。すまない」


 その言葉に、月代は顔を伏せてゆっくり肩を下ろした。

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