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28 攻め合い

28 攻め合い


 その時ティナは、マルクシア領内の麦畑を愛車〝グスタフ〟で邁進していた。


「突撃! 突撃ですわ! 敵は怖気づいてます! たたみかけますわよ!」


 ティナの掛け声に応じ、車列を組むTm-3は主砲と機銃を防衛線に向けて乱射する。

 その後方には、士気旺盛なラトムランド兵が全力疾走で続いた。


 国境線から退避した敵の防衛隊は、皇立近衛師団の攻勢になすすべもなく後退を続け、今は小さな丘の上に陣取って抵抗を続けている。


 しかし、ひとたびラトムランド兵の怒号が響くと、丘の頂上で白旗が上がった。


「射撃中止! 降伏ですわ。私達の勝利ですわ!」


 その言葉に兵士達は沸き上がり、怒号から一転して歓声が上がる。

 銃を空に掲げて喜ぶその姿はお祭り騒ぎのようだ。


 そして歓声が収まると、丘の向こうから数人のマルクシア兵が下着で作ったであろう手製の白旗を掲げてティナの乗車する〝グスタフ〟下へ向かってきた。


「私はマルクシア軍第157国境防衛旅団所属、第2大隊長のコブレフ少尉です」


 〝グスタフ〟から下車したティナは礼儀正しく握手で応じる。


「わたくし、皇立近衛師団師団長のティナ・アノ・ブラルト中将です。好敵手とお会いできて光栄ですわ」


「こちらこそ、師団長閣下にお会いできるとは光栄です。さっそくですが、我が指揮下の部隊はラトムランド軍に投降し、貴軍の勧め通り一部は亡命を望んでおります」


 そう告げたコブレフは、一枚の紙を差し出す。

 ティナは亡命など勧めた覚えはないが、と疑問に思いつつ言葉を返した。


「亡命、ですか? その書類、お貸しいただいてもよろしくて?」


 コブレフが差し出した紙にはこう書かれていた。


『愚帝ゴブロフの圧政に苦しむ民よ、目を覚ませ。勇敢に戦う貴君らに罪はない。憎むべきはゴブロフである。我がラトムランドは、慈愛に満ちた皇女イリスの名の下に、戦いを好まざる者の投降及び亡命を快く受け入れる用意がある。温かきパンを求めるならば、共に良き国で暮らそう。元マルクシアの同胞より』


 文章に目を通したティナは、投降した相手に悪いと思いつつ笑いそうになってしまう。


「お姉さまにツキヨさんったら、まさかこんな手を用意していたんですのね……いいでしょう。この言葉に偽りありませんわ。皆さまの亡命意思はわたくしが責任を持って本国に伝えます。捕虜になった者も、丁重な扱いを保障します。ですが、今はお疲れでしょう。部下に炊事の用意をさせますので、少しお休みになってから移動してはいかがでしょう?」


 その言葉に、コブレフはほっとしたように笑みをこぼす。

 一連のやり取りを後方で見ていたマルクシア兵達も、徐々に顔を上げてラトムランド軍の前へ進み出てきた。


 その様子を見たティナは、部下に告げる。


「全員、戦いは一時休戦ですわ。小休憩を設けますので、好敵手である第157国境防衛旅団の皆さまにご挨拶いたしましょう」


 その言葉を皮切りに、先ほどまで殺し合いをしていた両軍は一転して笑顔で言葉を交わす。

 ある者は握手をし、ある者はタバコやチョコレートを交換して互いの奮闘を称え合っていた。


 銃という兵器が発明されて以来、戦いは徐々に敵対する相手の顔が見えない距離で行われるようになってきた。

 それは見えない敵と戦っているに等しい。

 その反作用で、敵対する兵士達もひとたび顔を合わせれば、互いが同じ人間であることに気付き、手を交わすこともできるのだ。


 その様子に、平和の片鱗を見た気がしたティナは一息ついて軍帽を脱ぐ。

 すると、〝グスタフ〟のハッチからひょこりとセシリアが顔を出した。


「わぁ。いいですねぇこういうの。でも、今ごろ首都は大丈夫ですかねぇ」


 セシリアの言葉通り、マルクシアに進軍したティナ達は一応の勝利を収めているが、逆にラトムランド国内では未だ首都が脅かされつつある。

 このちぐはぐな状況に、ティナも不安がないわけではなかった。


「そうですわね。この勝利に意味があるのか……私達はイリス殿下やお姉さま、それにツキヨさんを信じて戦う他ないみたいですわね」


 そう呟いたティナは、東に続く広大な麦畑を眺めながら目を細めた。



 * * *



 ラトムランドの首都では、いよいよ敵砲兵の射程が間近に迫っていた。

 住民の多くは計画的な避難を始め、首都近郊には物々しい陣地が突貫工事で建設されている。

 そんな中、マルクシア軍の空襲は容赦なく行われ、美しき首都は度々黒煙に覆われていた。


 総軍参謀本部の地下にある作戦総司令部では、皇女イリスの身を案じ司令部の移転も検討されていたが、他でもないイリスがそれを拒み続けていた。


「余が率先して逃げ出しては民に示しがつかぬ。余は終戦が訪れるその日までこの場を動く気はないぞ」


 その強情な姿勢に、レイラは頭を抱える。


「しかし、敵部隊は首都の目前に迫っています。殿下にもしものことがあれば、それこそこの国はお終いです」


「いや、余が果てた所で次の継承権を持つ者が皇女になるだけじゃ。余は民と同じ人の子であり、神ではない。余はこの戦いをここで見届ける責務があるのじゃ。それに、この首都が戦火に巻き込まれないために、ツキヨが新たな手を打ったのじゃろう。余はその策を信じる」


「……」


 月代は沈黙で応じる。


 確かに、月代は戦争を終わらせるために最期の一手を打った。

 それは、国境沿いに残る全ての兵力を防衛ではなくマルクシア領土へ差し向け、侵攻を行うという大胆なものだった。


 結果的に、両国は防御を最低限に留めて互いの領土を侵略し合うという、極めて異常な戦況に陥った。


 状況の推移を見守るレイラは、落ちつかない様子で現状を確認する。


「マルクシア領内へ進軍中の我が軍の戦果は上々だ。国境線から敵を押し返し、マルクシア領内へ最大10km進出している。だが、そろそろ攻撃限界点だろう。この状況下で、進軍を継続させるための補給を行うのは困難だ」


 対して、イリスは同席する外務省の文民に声をかける。


「停戦交渉の方はどうじゃ」


「はい。我が国の全権大使は既に中立国内で待機しておりますが、マルクシアからの連絡はまだ……」


 その言葉にレイラは声を荒げる。


「クソ、こんなやり方で本当にマルクシアは講和のテーブルにつくのか!」


 それは、月代自身も確証が持てなかった。

 月代が考案した最後の一手――国境線での全面攻撃は、明確な戦略目標のないはったりのようなものだ。

 その目的は、不安定なマルクシア国内で国民不安を醸成させるための揺さぶりである。

 月代は、有能な敵の指揮官が講じたであろう首都への電撃戦に成すすべがなかった。だからこそ、戦う相手を変える方法を取った。

 軍を相手にするのではなく、不安定な国家マルクシアを統べるゴブロフ自身を揺さぶることで、講和を引き出そうという〝インダイレクト・アプローチ〟に打って出たのだ。


 当然ながら、マルクシア側の聡い軍人はその意図を看破しているだろう。

 軍事を知る者が見れば、ラトムランドの侵攻に何の戦略的価値もないことは明白だからだ。


 だからこそ、月代はゴブロフが折れることを待つしかできない。

 両手を組んで顔を伏せた月代は、静かにその時を待ち続けた。

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