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3 皇女イリス ◆

3 皇女イリス


「おお、気がついたか!」


 深い眠りについていた月代は、甲高い女性の声によって目を覚ました。

 朦朧とする意識の中で月代が最初に目にしたのは、一人の少女だった。


「具合はどうじゃ?」

 

 くりくりとした大きな瞳が月代を捉える。

 歳は中高生くらいの外国人だろうか。丁寧に結われたブロンド髪が特徴的で、顔は端正だが幼げな印象を残している。

 一言で言えば美しいというより可愛らしいと表現できる容姿だろう。


 だが、彼女は見たこともない奇抜な格好をしていた。

 軍服のような開襟服を着込み、きらびやかな装飾を散りばめたその見てくれは一見するとコスプレのようだ。


挿絵(By みてみん)


 当然ながら彼女の顔や服装に見覚えはない。


「君は、誰なんだ。それに、ここは一体……」


 月代の言葉に対して、彼女は少し驚いた様子を見せる。


「余を知らぬと言うのか? いや、国外で暮らしていたのなら無理もないか。では、改めて自己紹介をしよう」


 彼女は息を大きく吸いこみ、右手を胸に当て堂々と語り始めた。


「余の名はイリス・アノ・ブラルト・ヴァルティアイネン。ラトムランド皇国第32代皇女イリスと言えば分かるであろう」


 月代は記憶を引っ張り出す努力もせずに即答する。


「聞いたことないです」


「な、何を申しておる。名前くらいは聞いたことがあるじゃろう。いや、〝ラトムランド〟の現皇女と言えば物知らずのアホウとて分かるはずじゃ」


「ラトムランド……」


 どこかの地名だろうか。月代の記憶が正しければ、そんな名前の国はない。

 皇女という地位も引っかかるが、とにかく何一つ聞き覚えが無かった。


 そうこうしていると、月代は己の左手に違和感を覚えた。

 手首を見ると、そこには見覚えのある腕輪がはめられている。


 その瞬間、月代は己の置かれている状況をようやく理解した。


――全感覚投入型VRG〝A.W.W〟。


「ああ、そういうことか。はは、何だよこれ。現実そのものじゃないか」


「ど、どうしたのじゃ急に。ショックで気が違ってしまったのか?」


 月代の気は確かだ。

 そして、月代が〝この世界〟のことを何も知らないのも、考えてみれば当然だった。

 なぜなら、ここは恐らくリアル・アート・ゲームス社の作り出したたA.W.Wというゲームの世界だからだ。

 

 月代は己の体や自身が寝そべっていたシーツに触れる。

 それらの動作によって得られた感覚は、現実と一切相違ない。

 ここまでリアルだとゲーム世界と現実を誤認しても不思議ではなかった。


 もちろん、月代の目の前にいるイリスが役者で、全感覚投入型VRGという話自体が嘘である、という可能性もある。

 だが、そんな疑惑を持ったところで状況が変わるわけでもない。


 今はとりあえず、A.W.Wのβテスターとしてこの世界で展開されるゲームの進行に身をまかせよう。

 そう割り切った月代は、頭を現実からゲームの思考に切り替え、己の置かれた状況の理解に努め始めた。


 どうやらA.W.Wにチュートリアルなどというステップはないらしい。

 現代人がいきなり異世界に突っ込まれた、という体でゲームは進行している。

 よくよく観察すると自身の服装や容姿も変化した様子はない。

 あくまで没入感重視なのだろう。


 とりあえずこの世界や設定を何も知らない月代は、適当に登場人物であるイリスから情報を引き出すことにした。


「ええと、さっきは失礼しました。ところで、どうやら俺は記憶喪失になっちゃったみたいで、何も覚えてないんです。なので、俺が誰でここはどこなのか、知ってる範囲で教えてもらえますか?」


「な、なんじゃ急に。記憶喪失と言うわりにえらく冷静じゃのう……まあよい。そちの名は〝ツキヨ・ヤルネフェルト〟と聞いておる。今亡きクルツ・ヤルネフェルト少将の一人息子じゃな。そして、ここは我が国ラトムランドの宮廷内じゃ」


 なるほどそういう筋書きか、と月代は一人で納得する。

 自分の名字が中二病臭い横文字になっているのはいささか気になったが、恐らくゲーム世界と現実の辻褄を合せるための措置なのだろう。


 とりあえず、自身が架空の軍人〝クルツ・ヤルネフェルト〟の息子で、ここがラトムランドという国であり、目の前にいる少女が平たく言えば女王様だという設定は認識できた。

 月代は質問を続ける。


「じゃあ、俺はどうしてこの宮廷で寝てたんですか?」


「ふむ。実は、そちの父ヤルネフェルト将軍は隣国マルクシアで駐在武官をしておったのだ。そちも勉学のためと同行しておったが、あろうことか下劣なマルクシアは国交が不安定になったとたん、そちと将軍を不当に拘束したのだ。そこで余は、マルクシア内の工作員を使って二人の救出を試みた」


 どうやらラトムランドの近隣にはマルクシアという国があるらしい。

 その国で海外勤務をしていた架空の父と同行者の月代は不当に拘束されていたが、なんとか助け出された。そういう筋書きらしい。


「俺は救出劇の中で気絶し、この宮廷で介抱されていた……?」


「うむ。どうじゃ、記憶が戻ってきたか?」


「いえ、まったく」


 ありもしない記憶は思いだせない。


「そういえば、俺の親父はどうなったんですか?」


 本物の父は今頃自宅のリビングでゴルフ中継でも見ているだろう。

 だが、ゲーム上の父はクルツ・ヤルネフェルトという高級軍人らしい。

 彼も一緒に拘束されていたらしいが、その辺りの詳しい設定は重要な情報だ。


「それが、そちの父は救出のさなか、凶弾に倒れてしまった……すまん。全ては余の責任じゃ。謝って済まされることではないが、今の余には頭を下げることしかできぬ。本当に申し訳ない」

 

 イリスは今にも泣き出しそうな表情で深々と頭を下げる。

 どうやら月代の父役であるクルツ・ヤルネフェルトは既に死んでいるらしい。


 しかし、いかにゲームの中とはいえ身に覚えのないことで謝られた月代はどこか申し訳ない気分になる。


「いやいやそんな。自分の命が助かっただけでもありがたいです。頭を上げてください。父のことは残念ですが、今はこれからのことを考えましょう」


「そちは、父に似て強い男なのだな……」


 目を赤くしたイリスは弱々しく微笑む。

 そんな表情を見ていると、どこか物悲しい感情を共有してしまいそうになる。

 

 少し会話を続けてはみた月代ではあるが、目の前にいるイリスの立ち振舞いはどう見ても人間そのものだ。

 しかも日本語が通じる。イリスの容姿はどう見ても外国人だが、彼女の古臭い日本語は完璧だ。


 もしかしたら重要キャラクターは現実世界の人間が演じているのかもしれない。

 仮に、彼女がノンプレイヤーキャラクターだとすればAIの完成度が高すぎる。

 チューリングテストなど軽々とパスするレベルだろう。


 そんなイリスと対話を交わす月代は、もはやこのリアルすぎる世界に没入し始めていた。

 ゲームのプレイングというスタンスではなく、異世界に飛び込んだ人間として振る舞うことに、何ら違和感を覚えなくなっていた。

 それだけ、この世界と現実の差異はない。


 役にはまりつつある月代は、いよいよ具体的な質問を投げかける。

 一応、相手は女王様らしいのでなるべく丁寧な言葉遣いを心掛ける。


「とりあえず、自分のことは大体わかりました。だけど、イリス……殿下が俺をわざわざ宮廷で介抱した理由がわかりません。いくら高級軍人の息子だったとしても、一国の長である殿下がわざわざ俺なんかと面会したのには、理由があるんじゃないですか?」


「うむ、そうじゃな……実は、そちには頼みがあってこのような場所に連れてきたのだ。色々と大変なことがあった後で申し訳ないが、できることなら余の願いを聞き入れて欲しい」


 そう告げたイリスは、少し間を開けてから本題を切り出す。


「そちには、余の軍事顧問を務めてもらいたいのじゃ」


 その言葉を聞いた瞬間、月代はようやく「ゲームが始まった」と思った。

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