27 次の一手
27 次の一手
マルクシア軍の第二次攻勢が開始されてから一週間が経過すると、先遣部隊の最大進出線は国境から100kmに迫ろうとしていた。
ここまで来れば、誰の目にもマルクシアの攻撃目標がラトムランド首都であることは明白だ。
ラトムランド国内では不安が広がり、逆にマルクシア国内では勝利間近という期待が再燃していた。
そんな中、マルクシア軍の作戦司令部に詰めるライールは、友軍から矢継ぎ早に知らされる勝利報告に耳を傾け、いつものようにニコニコと微笑んでいた。
「ラトムイランド軍の抵抗は想像以下だね。てっきり、独立戦力の戦車部隊を投入してでも逆包囲を試みるだろうと思っていたけど、その動きもない」
対する副官のアカネも同じく笑顔を浮かべてはいるが、高揚したような様子は見せていなかった。
「敵の切り札が残っているのは不安要素ですね。しかし、首都へ急行して防衛に加わるか、逆包囲を行う意外に使い道があるとも思えませんが……」
ライールは大きく頷く。
「そこなんだよね。僕がラトムランド軍人の立場だったとしても、国境近くの陣地帯に取り残された機動戦力の使い道が思い浮かばない。これこそ、まさに両翼の敵を無視しした一点突破の恩恵なんだろうけど」
ライールの言葉を聞き、ポーカーフェイスのアカネも心の内では自身の考えた作戦に手抜かりがないという自信を高めた。
戦いとは、基本的に攻撃を行う側がイニシアティブを握ることができる。
なぜなら、攻撃は場所とタイミングを選んで行えるが、防御は敵の攻撃に応じて行う必要があるからだ。
電撃戦は、迅速な進撃を継続することで反撃の隙すら与えないという極めて攻撃的な作戦だ。
アカネは、敵が打ってくるであろう次の一手を何度も想像してみたが、明確な答えを見つけることはできなかった。
それはつまり、自身の編み出した作戦は最善手であって、敵に対抗手段はないという事に他ならない。
そこまで考えたところで、アカネは少し肩の荷が下りた気がした。
同時に、うっかり気を抜いて本音を呟いてしまう。
「ま、こっちの方が強い軍隊使ってるわけだし勝って当然か……」
「ん、何か言ったかい。君がボヤくなんて珍しいね」
アカネは慌てて笑顔を作って取り繕う。
「いえいえ、何でもありません。ただの独り言です。とにかく、このままラトムランドと講和が結べればライール将軍は晴れて勝利の英雄に……」
アカネがそこまで言いかけると、司令部内が不意に慌ただしくなる。
ライールは会話を中断し、手近な部下に話しかけた。
「何か、あったのかな」
「は、それが、ラトムランド軍が攻勢を開始したとのことでして……」
ライールはその言葉の先を読んで飄々と応える。
「ああ、逆包囲が始まったのかい? なら、心配いらないよ。僕らはこのまま進軍を続ければいいから……」
部下は言葉を遮るように言葉を続ける。
「いえ、敵の攻勢重心は突破点ではありません。敵は国境を超え、全戦域で同時に我が国の領土内に向けて進軍しているそうです」
それは、ライールとアカネ双方にとって予想だにしなかった報告だった。
珍しく笑顔を崩したライールは、真剣な面持ちで状況を分析する。
「我が国の領土内に侵攻、か……なるほど、打たれてみて初めてわかる逆転の手というのはあるものだね。これは少し、まずいことになるかもしれないな」
対するアカネは、ライールの心配がいささか過剰ぎみである気がした。
「攻撃には攻撃で応じる、ですか。しかし、攻勢に兵力を抽出した影響で国境線が手薄になっていたとはいえ、寡兵の敵が進出できる距離には限界があるのではないでしょうか。私達と同じ方法をとったとしても、こちらの首都に届くとは到底思えませんが」
「それは、そうなんだけど……」
ライールは語尾を濁す。
そして、頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「問題は僕らの国民だよ。彼らはこの戦争で、戦火に巻き込まれるだなんて思ってもいなかったはずだ。いや、僕らが率先して国内は安全だと喧伝してきたからそれも当然だ。だけど、たとえ辺境でもマルクシア西部でラトムランド軍が暴れたと知れば、国民は間違いなくゴブロフに裏切られたと感じる。なんで勝ち戦なのに敵に攻め込まれているんだ、ってね」
表情を曇らせたアカネは珍しく反論をする。
「しかし、我が軍はラトムランドの首都目前です。首都にさえ辿りつければ、敵は講和に応じざるを得ません。戦勝さえ得られれば、いくらでも国民に言い訳が立つと思いますが」
ライールは「うーん」と唸って天を仰ぐ。
「そう、僕らはこの作戦の意図を熟知しているからそう言える。戦いを継続すれば敵は折れると確信してる。だけど、それを知らない連中はこう考えるかもしれない。ラトムランドが捨て身の徹底抗戦を行えば、西部の穀倉地帯が荒らされ、食糧問題が深刻化するかもしれない、と。国民は戦争の行方よりも明日食べるパンのことを心配するだろうね」
「だとしても、今さら国境防衛に割ける余分な戦力はありません。我が軍がラトムランド首都に辿りつくまで、現存する防衛戦力で持ちこたえる他ないのでは……」
「国境防衛に当たってる連中は二線級で士気が低いからなぁ。それよりも心配なのは僕らの宮廷の方だ。ゴブロフにこの戦争を戦い抜く肝っ玉があるかどうか……」
アカネは、尚も自分に言い聞かせるようにライールに迫った。
「それこそ、この戦争で賠償金を獲得できなければ国体の維持に関わるはずです。ほんの少しの間だけ、1週間でも国民を抑えられれば勝利は得られます。それを理解させることができれば……」
「はてさて、それをゴブロフに説明する役目は、僕になるかもしれないな」
そう告げたラーイルは、もはや作り笑いを見せることしかできなかった。




