25 電撃戦
25 電撃戦
マルクシア軍の前線作戦司令部では、友軍の相次ぐ勝利と進軍状況の報告が矢継ぎ早に知らされていた。
「いやぁ、快調な滑り出しだねぇ」
作戦司令部に設けられたテントの中で、ライールは作戦図を前にして呟く。
「これも全てライール将軍の手腕によるものです」
隣に佇むアカネは恭しく応じる。
しかし、その態度が猫を被ったものであることをライールはよく理解していた。
「アハハ、僕の手腕なんかじゃないよ。全部君がお膳立てしたんじゃないか。空挺と阻止爆撃による後方部隊の拘束と、自給自足を基本とする機械化部隊の迅速な進撃を組み合わせ、敵の縦深を麻痺させ一点突破を図る……全ては君のアイディアだ。僕はそれを実現するための駒を演じたに過ぎないよ」
「そんなご謙遜なさらないでください」
アカネはあくまでへりくだった態度を崩さない。
ライールはアカネの知識を評するだけでなく、どこか掴みどころのないところも気に入っていた。
「まあそれはそれとして、今回の一点突破は概ね成功だろうけど、これは計画の第一段階みたいなものだからね。僕らはまだ戦争に勝ったわけじゃない」
どこか真剣味を取り戻したライールに対し、アカネも真面目な態度で応じる。
「そうですね。一点突破は、突破力と進撃速度を最大化する方法としては定跡ですが、いずれかのタイミングで包囲殲滅に移行しないと敵の戦力が両翼に残ってしまいます。ですが、包囲に手間取れば前回のように両翼から逆包囲されるリスクが伴う」
「だから君は、包囲殲滅に拘らない方法を提案した。従来の戦争ではセオリーとされる敵野戦軍の撃滅を行わず、全軍をラトムランドの首都に向けて進軍させ、精神的な圧力を与える……君の言う所の〝電撃戦〟というやつだね」
アカネは対ラトムランド戦争において、旧ソ連軍の採用した縦深攻撃のエッセンスに加え、旧ドイツ軍の行った電撃戦に着想を得て今回の攻勢作戦――ラトムランドの首都を戦略目標とし、無停止で進撃する野心的作戦を立案した。
全ては、限りある戦力で早期講和を引き出すための方策だ。
その他にも細々とした工夫はあるが、それらの知識は明らかに時代を先取りしたものだった。
なぜアカネがそのような知識を持ちえていたのか。
それは、アカネが月代と同じくA.W.Wに参加したプレイヤーの一人であるからに他ならない。
ライールはアカネの只ならぬ雰囲気を察してはいるが、まさか自分とは住む世界が違うとは思いもよらないことだった。
「しかし、相手にすべき敵兵力をなるべく無視するという戦い方は、僕のような生粋のマルクシアの軍人からすれば常識外れも甚だしい。僕自身は、君の主張に理解を示しているつもりだけど、いずれ横槍が入らないとも限らないかな」
「横槍というのは、たとえばゴブロフ皇帝とか、ですか?」
アカネの核心をつく発言に、ライールはたまらず苦笑いを見せる。
「まったく、君の前では僕も丸裸だ。確かに、適当な軍人の意見なら無視しておけばいいけど、僕らにすれば順調に見えるこの作戦も、皇帝陛下にはどう見えているか……」
「無謀な突撃と映っても致し方ないでしょうね」
「今頃、僕らのことをよく思わない将軍達がこぞってゴブロフに〝進撃を停止して包囲戦を展開させるべきです〟なんて囁いてるかもしれないね。まあ、僕とゴブロフの友情はその程度で裏切られるものじゃない、とは思うけどね。そんなに付き合い長くないけど」
ライールの茶化すような口ぶりに、アカネは型にはまった微笑みで応える。
「そんなに心配でしたら、ライール将軍自身が国家元首になられてはどうでしょう?」
ライールは、その冗談とも本気ともとれない大胆な発言に、ただただ笑う他なかった。
* * *
作戦総司令部への通信を終えたティナは、愛車〝グスタフ〟の車内で今後の方針を模索していた。
「さて、わたくしたちはこのまま敵を追撃して進撃を停滞させるべきか、それとも前線に留まり然るべきタイミングでもう一度包囲戦を展開するか、迷うところですわね」
車長のセシリアは周囲を監視しながらティナの言葉に応える。
「敵の進撃速度は想像以上ですねぇ。もし、私たちが追い付こうとしてもこっちの燃料が足りなくなるかと……」
「かといって敵の横っ腹を食い破ろうにも、協調すべき友軍は空挺と爆撃で混乱していますし、包囲環を形成できるほど戦力が充実してもいませんわ」
「手詰まりですねぇ……」
あっけらかんと言い放つセシリアに対し、ティナは爪を噛んで思案を続ける。
「このままでは、マルクシア軍が首都へたどり着いてしまいますわ……」
この予期せぬ状況において、一師団長であるティナは自分自身にできることの限界を感じ始める。
だが、その心配は無線手の呼びかけによってかき消された。
「師団長! 作戦総司令部より新たな命令が入りました!」
待ちわびたその通信に、ティナは飛びつくように問いかける。
「それで、司令部は何とおっしゃってますの」
「は、それが今すぐ追撃を中止し、東部に展開し攻勢準備を整えよ、とのことです」
東部――つまり敵が進撃している方向とは間逆のマルクシア国境側である。
ティナは待ちに待った命令の意図がくみ取れず、無線手に聞き返した。
「その言葉に間違いではありませんのね?」
「は、進撃中の敵を無視し、国境側へ展開しろという命令で間違いありません」
「お姉さま、ツキヨさん。あなたがたは、一体何を考えていますの……」
ティナは独り言のようにつぶやく。だが、迷いはなかった。
一師団長であるティナは、作戦を統括するレイラや月代を信じて動くほかないと端から決め切っている。
であれば、やることはひとつだ。
「我々は命令に従い、これより国境線に向けて移動しますわ。全軍、行軍用意!」
ティナの言葉を皮切りに、師団司令部はいそいそとテントや機材を片付け、移動の準備に向けて動き始めた。




