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21 不穏

21 不穏


 その日、皇立近衛師団長のティナは珍しく愛車〝グスタフ〟から離れ、師団司令部の設けられた野営地に腰を据えていた。

 というのも、戦力の立て直しを図っているマルクシア軍は進軍をほぼ停止しているため、敵への応戦と反撃を主任務とする皇立近衛師団は出る幕が無くなってしまったのだ。


 とは言え、やることが無いわけでもなく、ティナは部隊の再編成や人事、捕虜の処遇といった事務仕事に邁進している。

 木陰で補給に関する資料に目を通していたティナは目を擦り、大きなあくびをする。


「それにしても、敵が来ないと退屈ですわね……無暗に攻撃するなとお姉さまから厳命されてますし、戦場で暇を持て余すというのはどうも落ち着きませんわ」

 

 その言葉を傍らで聞いた戦車兵のセシリアはのほほんとした表情で応じた。


「何言ってるんですか。平和が一番ですよぉ。このまま停戦にならないかなぁ……」


 戦車〝グスタフ〟が稼働していないということもあり、その乗員であるセシリアも暇を持て余す兵士の一人だ。

 そんな部下の気の抜けた態度を見たティナは呆れた様子で応じる。


「あなたと言う人は……よくそんな調子で軍人になろうと思いましたわね」


「ウチ、軍人の家系なんですよぉ。でも、子供が私しかいなくて、お父さんが士官学校に入らないなら学費出さないなんて言うからこんなことに……それが可愛い一人娘に対する仕打ちですかぁ」


「それはお気の毒さま。なら、軍人の男でも捕まえて後継ぎでも身ごもれば引退できるんではなくって?」


「あ、それ良い考えですねぇ」


 冗談で言った話を本気にするセシリアを見たティナは、いささか部下の行く末が心配になる。

 だが、士官学校で鍛えられたらしいセシリアの戦車指揮は、弱気な点を除けば可もなく不可もないといった程度だ。

 ティナとしても、愛車の車長として信頼していないわけではなかった。


 そんな調子で他愛もない会話をしていると、不意に師団司令部が騒がしくなる。

 異常を察したティナは、すぐさま通信班の詰めるテントへ向かった。


「何かありましたの」


 呼び止められた士官は状況を報告する。


「は、どうやらマルクシア軍に動きがあったようです。前線の陣地帯が砲撃を受けている模様で、一部敵部隊も前進を始めているそうです」


 準備砲撃からの進撃――それが意味するところは、組織的な攻勢の開始に他ならない。


「私達の相手にすべき敵戦車部隊の動向は入っていませんの?」


「は、それが特に報告がありませんでして、攻勢の主力は歩兵だそうです」


 ティナはその言葉にいささか違和感を覚えた。

 マルクシアの攻勢戦術は、戦車部隊を先鋒に据えて防衛線の突破を図る方法を基本としている。

 しかし、今回のマルクシア軍はまるで一昔前の戦争じみた消極的な攻勢を展開しているらしい。


「戦車による突破は逆包囲の恐れがあるからと、平押しに方針転換したということでしょうか。でも、それにしたって戦車と歩兵の共同運用くらいはしてもいいような……」


「我々はいかがしましょう」


 士官の問いかけに、ティナは考え込む。

 そして、どこか煮え切らない様子で結論を出した。


「とりえず、いつでも移動できる体制を整えつつ、当面は待機としますわ。どの道、敵戦車が現れれば前線から救援要請があるはずです。私達はそれまで動向を見守りましょう」


「了解しました」


 そう告げた士官は、ティナの命令を伝播させるためにテントの奥へと戻って行く。

 その姿を見送るティナは、どことなく胸がざわつく感じがした。



 * * *



 長閑なラトムランドの平原に、無数のエンジン音が響き渡る。

 その平原には、マルクシア軍の旗を掲げる戦車やトラック、装甲車が綺麗に整列していた。

 その様子は、さながら軍事パレードのようだ。


 そして、車両に乗車する兵士達の目線は、先頭に並ぶ装甲車の天井に立つ師団長に向けられている。

 師団長は声を張り上げ、全員に向けて言葉を放つ。


「諸君、我々は先の戦いで大いなる敗北を喫した! だが、戦争はまだ終わったわけではない! 我々はあの苦境から立ち直り、そして準備を整えた! 全てはラトムランドに正義の鉄槌を下すため! 我々は勝利のその日まで、前進を続けなければならない! 共に栄光を掴もう! マルクシア万歳!」


「マルクシア万歳! マルクシア万歳!」


 その掛け声に兵士達は沸き上がる。


 そんな中で、後方に並ぶ戦車の一両から顔を出していたベッカーは冷めた表情でその様子を眺めていた。


「け、クサイ演説だぜ」


「少尉殿、形だけでも参加しないと悪目立ちしますよ」


「はいはい万歳万歳」


 ベッカーは部下の心配を茶化すかのように適当な歓声を上げる。

 そして、師団長が装甲車から降りると、ベッカーは車内に戻って部下に告げた。


「よし、退屈な時間は終わりだ。師団長はああ言うが、最前線を進むのは俺達の仕事だ。今度こそラトムランドの野郎共に目に物見せてやるぜ」


 すると、複雑な表情を見せる無線手がポツリと呟く。


「今回の作戦、成功するといいですね」


 今回の作戦は、新任の作戦司令官が考案した意欲的な侵攻計画だ。

 兵士達も概要はおおよそ知らされているが、その方法は従来のマルクシア軍の考えから大きく外れた側面を内包している。

 はたして上手くいくか、半信半疑な兵士達も多かった。


 だが、ベッカーはさして心配する様子もなく無線手に応じる。


「まあ、この作戦は一種の賭けみたいなもんだ。上手くいくか分からねぇが、他でもない作戦司令の命令なら俺たちゃそれに乗るしかねぇ。お手並み拝見といこうや」


 ベッカーがそう告げると、整列した戦車群は順番に隊列を組み、ラトムランドの中枢へ向けて大移動を開始した。

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