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20 安息

20 安息


 マルクシア野戦軍の包囲殲滅という大成功を収めてから数日後、ラトムランド領内には束の間の平穏が訪れていた。

 開戦直後は攻勢一辺倒であったマルクシア軍も、今や戦線の立て直しに集中しているらしく、前線での戦闘頻度も激減している。

 そして、都市部に対する爆撃も何故かぱたりと止んでいた。


 今回の勝利をラジオや新聞で知ったラトムランド国民は沸き立っており、一連の結果を「皇女の導いた奇跡」と称し褒め称えている。

 国内は完全に戦勝ムードになりつつあった。


 しかし、イリス、レイラ、月代を含む総軍参謀局の人員は未だ地下司令部に詰め冷静に状況を見守っていた。

 彼らは、まだ戦争自体に勝ったわけではないことを重々承知している。


 この日も、前線から告げられるマルクシア軍の報を整理していると、司令部にスーツを纏った文民の男が入室してきた。

 男はイリスの元に近づき声をかける。


「殿下、外務省よりご報告です。中立国にて非公式に開かれた停戦協議は、残念ながら決裂しました。不甲斐ない限りです」


 その報告に、イリスは気を落す。


「そうか、きゃつらはまだ諦めておらんか」


「はい。講和条件として領土の割譲と捕虜返還までは譲歩しましたが、マルクシア側は賠償金の要求を諦めず、交渉は完全な平行線でした」


「して、賠償金の額は」


「マルクシア通貨換算で100億マルケンです」


 横で話を聞いていた月代はこの世界の金銭感覚に疎いため、レイラに質問を投げかける。


「100億マルケンってどれくらいの額なんですか?」


「我が国のレートに換算すると国家予算と同額程度だ。話にもならん。逆に我々が貰いたいくらいだ」


 その金額は、敗戦国が戦勝国に支払う規模と言っていい。

 つまり、マルクシアはまだ勝てる気でいるということだ。


 報告を聞き終えたイリスはうなだれた様子で呟く。


「嘆かわしい限りじゃ。あれだけの敗北を喫しておきながら、なお戦いを続ける気でいる。民の命をなんだと思っているのじゃ」


 月代は、仕方ないといった様子でその言葉に応じた。


「逆に言えば、マルクシアはそれだけの金額を受け取らないと国が回らないんだろうね。今後は敵の国情に訴えかける作戦も織り交ぜると効果的かもしれない」


 その言葉にレイラが反応する。


「具体的にはどういった作戦だ」


「例えば、〝ゴブロフは民の命をないがしろにする独裁者だ〟とか〝ラトムランドに亡命すれば豊かな生活が送れます〟みたいな内容のビラを空中からバラ撒くとか……」


 レイラは珍しく笑いをこぼす。


「それはケッサクだ。是非やろうじゃないか」


 そんな二人のやり取りを見ていたイリスは複雑な表情を見せていた。


「むむむ、余は常々思うが、ツキヨのような男がマルクシア側にいたらと思うとぞっとする。次から次へとそのような妙案がよく思いつくよのぅ」


 月代にしてみれば、今まで提案してきたことは全て現実世界の戦争で効果が実証されきた方策にすぎない。

 言わば先人の知恵だが、立場上それを正直に話すことはできないのがもどかしかった。


 しかし、月代はイリスの発言からふとあることに気付いた。

 忘れがちなことだが、ここはゲームの世界であり、月代は言わばプレイヤーだ。

 だとすれば、他にもプレイヤーがいる可能性は十分にある。


 月代はイリスの発言を反芻する。


――ツキヨのような男がマルクシア側にいたら。


 その考えは、一時の勝利に満足する月代の新たな不安として頭に残り続けた。



 * * *



 マルクシア戦車隊の中隊長であるベッカーは、その日前線を離れて前線司令部に赴いていた。

 彼はマルクシア第6軍団に対する包囲戦において最前線で奮闘したが、結果的に包囲環から脱出する形で師団から切り離されてしまった。

 

 今やベッカーを指揮すべき師団は包囲下で消滅してしまったため、部隊再編のため後方へ移動していたのだ。


 当然ながら、ベッカー率いる戦車中隊が包囲環から脱出できたのは、包囲されると看破していたベッカーの独断によるところが大きい。

 冷静な判断とはいえ、所属師団から離脱したことに変わりはないため、ベッカーは処分されても仕方が無いと覚悟し、師団司令部で一人そわそわしながら佇んでいた。


 すると、一人の将校がベッカーに近づく。

 見たことのない男だったが、階級はベッカーより上だった。


「ベッカー少尉。作戦司令部より召喚要請がかかった。今すぐ出頭しろ」


 その言葉にベッカーは目を丸くする。

 師団司令部に呼び出されるなら話はわかるが、その遥か上位組織である作戦司令部に呼び出される理由はまったく分からない。


「は、作戦司令部ですか? 自分は一中隊指揮官です。何かの間違いでは」


「いいからついてこい。将軍閣下が直々にお会いしたいそうだ」


 ベッカーはますます混乱する。

 だが、上官の命令に背くわけにもいかないため、素直に将校の後に続いた。


 高級軍人がひしめく作戦司令部に到着すると、ベッカーはその中心部に設けられたテントに案内される。

 そして、将校の引き合いで作戦司令官であるライール大将の面前に立たされた。


「いやぁよく来てくれた。まあまあ座ってコーヒーでも飲んで」


 人気のないテントの中で、ライールは将軍とは思えないほど気さくな態度でベッカーに接する。

 対するベッカーは緊張と混乱でガチガチに固まっていた。


「は、自分なぞがよろしいんですか将軍閣下」


 そう口に出すと同時に、ベッカーは傍らに現れたアカネからコップを手渡される。


「代用コーヒーではなく本物ですよ。砂糖とミルクは必要ですか?」


 不意に現れた美女の気遣いにますます緊張したベッカーは「結構」と簡素に返事する。

 だが、彼女の肩に掲げられた階級章が自分より上だと気付き、とっさに謝罪して頭を下げた。

 ベッカーは若い女性であるアカネを単なる秘書官か従者と勘違いしたのだ。


 それを咎める様子もなく笑いをこぼしたライールは、構わず話を進める。


「僕らはね、今後の作戦を練る上で、これまでの戦闘に関して情報収集してるところなんだよ。なかなか前線で戦った士官に会えなくて困ってたんだけど、丁度いいのがいるって呼んでもらったんだ。戦車戦を経験しているなら尚都合がいい」


 ベッカーはその言葉を聞いてようやく合点がいく。

 

「そういうことでしたか。自分なぞでよければいくらでもお話しします」


「うんうん。じゃあさっそくだけど、ラトムランド軍の戦車運用についてどう感じたか聞かせてもらえるかな」


 ベッカーは少し間を置き、考えをまとめて口を開く。


「事前の情報では、ラトムランド軍は戦車部隊を分散し歩兵支援に当てているとのことでしたが、第6軍団包囲戦では中隊規模の波状攻撃を何度も受けました。実際のところ、ラトムランド軍は戦車を集中運用をしているのではと感じた次第です」


「うん。捕虜からの情報通りだね。彼らは開戦に先立って、戦車部隊を師団から引き抜いて独立戦力にしていたらしい。君が遭遇した部隊はそれだろう」


 やはりか、とベッカーは一人納得する。

 ライールは質問を続けた。


「彼らの錬度はどうだい?」


「精鋭とは言い難いですが、状況判断は冷静で連携もとれてました。恐らく指揮官が優秀で、無線機の配備状況も高いんでしょう」


「そうか。やっぱり厄介な相手だねぇ。数が少ないとは言え、要所要所で的確に出てこられると困りそうだ。数で対処するしかないねぇ」


「同感であります」


 その後も、細かな戦闘経緯についていくつか質問をしたライールは、話を今後のことに切り替える。


「それでね。僕らはもう一度大規模な侵攻作戦を計画しているんだけど、そこで戦車部隊運用についても少し改めようと思うんだ。ただし、こんな時勢じゃ今さら士官達を再教育することはできない。そこで、僕らの考えた付け焼刃な提案について、実現可能かどうか君の意見を聞かせてほしいんだ」


 そう告げたライールは、侵攻作戦の矢面に立たされる戦車部隊の使い方について簡単な説明を披露する。


 それを聞くベッカーは、驚きを隠せないと同時に興奮を覚え始めて背筋を振わせた。


「はは、そりゃまた大胆だ……私見ですが、恐らく可能でしょう。いや、俺はやれと言われれば、それをやってのけますよ。なにせ2度も戦場から尻尾を巻いて逃げたんだ。もう逃げなくて済むならなんだってやりますぜ」


 そう告げるベッカーの目は、もはや将軍相手に怯える軍人ではなく、一人の戦車部隊指揮官としての鋭さを取り戻していた。

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