19 転換
19 転換
ラトムランド国境に程近いマルクシア領西部の農道は、馬車や軍用車、そして徒歩で歩く兵士達でごった返していた。
マルクシアの国旗を掲げるその一団は、前線に送られる物資や補充兵だ。彼らは前線を目指し、麦畑に囲まれた道なき道を延々と進み続けている。
まさに戦時中ならではの重々しい光景だ。
そんな中、一台の小型軍用車が馬車に行く手を阻まれ、苛立たし気に前進と停止を繰り返している。
その後部座席に腰を下ろしているのは、新たに対ラトムランド戦争の作戦司令官に任命されたライール大将と、副官を務めるアカネだった。
マルクシア首都にて皇帝ゴブロフとの軍議を済ませた二人は、作戦指揮を執る上で、まず作戦司令部自体を首都内の国防省から前線近くの指揮所に移動させるという大胆な判断を下していた。
二人はその指揮所に向かうため、首都から前線に向けて移動している最中というわけだ。
悪路に揺らされる車内で、ライールは作戦司令部を移動させた意図をアカネに語る。
「いやはや、首都なんかに司令部があると余計な茶々が入って困るからねぇ。我々だけで好き勝手にやるなら、前線に行くのが一番だ。本当に言いたいことのある気概を持った軍人なら前線まで来てくれるだろうしね」
「さすがはライール大将。賢明な判断だと思います」
ライールの隣に腰掛けるアカネは、相変わらずにこやかな表情で応じる。
そんな二人のやり取りを傍目から見ると、まるで親子のようだ。
「それにしても、君がゴブロフ皇帝と話がしたいと言い出したときは驚いたよ。僕だって好き好んでおっかない親玉に会いたいなんて思わないのに、よくよく肝が据わってるねぇ」
そう告げたライールは、運転手に向かって「おっと、今のは聞かなかったことにしてね」と言い含める。
その様子に、アカネはクスクスと笑いをこぼした。
「この戦争を始める決断を下した方が、どんな考えを持つ人物なのか知っておきたかったんです。戦争の最高責任者はあくまで国家元首のゴブロフ皇帝ですから。私たち軍人は、最終的に彼の決断に従う必要があります」
「そうだね。話してみてわかったと思うけど、彼は内心相当焦っているよ。もしこの戦争が長期化してしまえば、困窮に耐えられなくなった国民や軍人がどうなるか、その先を考えたくないんだろう」
ライールの言葉に、アカネは疑問を示す。
「正直なところ、革命のような反乱が発生する可能性はそれほど高いんでしょうか? 見たところ、国内の治安は良さそうでしたが」
ライールは「うーん」と唸って問いに応じる。
「治安が良いように見えるのは、軍や警察が監視の目を光らせているからさ。ここだけの話だけど、皇帝を打倒して共和制を成立させようと目論む地下組織はいくつか存在しているよ。今は地下に潜っている彼らも、国民不満が高まった折には平民出身の軍人を焚きつけて反乱を起こす気でいるんだろうね」
「つまり、ゴブロフ皇帝の示唆する通り、対ラトムランド戦争の結果によっては軍人たちが反乱を起こす可能性があるということですね」
「そうだね。元より、この戦争を始める前から、人手のいる農家から徴兵されて安い給金でしごかれている兵士達の間に不満は溜まっていた。その矛先を逸らすための対ラトムランド戦争だったんだけど、今回の敗北で予定が狂った、というわけだ。あ、運転手くん。僕らの話は本当に聞かなかったことにしてね。僕の首が飛んだら君もどうなるかわからないからさ」
その言葉に、運転手は「はい」とも「いいえ」とも言わず黙々と運転を続ける。
一通り現状の振り返りが済んだところで、アカネは〝今回の敗北〟――つまり対ラトムランド戦争で攻勢に出ていたマルクシア野戦軍が逆包囲されてしまった経緯について話を深めていった。
「ところで、ライール将軍は今回の敗北原因をどのようにお考えですか?」
再び「うーん」と唸ったライールは一息おいて問いに応じる。
「根底にある原因はラトムランド軍への過小評価だろうね。確かに、僕らの方が兵力や兵器の質も量も勝っていた。だけど、ラトムランド軍は数日間の砲爆撃や戦車の突撃で怖気づくほど軟じゃなかったし、逆に大軍を相手にした戦い方を十分に心得ていた。これも全て、早期決着を目指したが故に焦った軍部の希望的観測が招いた結果だと僕は認識しているよ」
「私も同じ認識です。付け加えるなら、ラトムランド軍は今回の侵攻作戦における私たちの戦術を看破していた、という点も大きいかと思います」
ライールはアカネの言葉を反芻する。
「僕らの戦術を看破していた、か」
「はい。マルクシア軍の攻勢戦術は、戦車師団を先鋒に据え全戦域で同時突破を行い、敵防衛線の破壊と殲滅を目指すものでした。敵はその意図を看破していたからこそ、防御陣地を私たちの攻勢限界点より深く構え、そして包囲するための予備兵力を前線に隠していた。あの敗北は、戦争の推移によって生じた偶然ではなく必然だったと私は思います」
アカネの意見を聞いたライールは感心した様子で顎をさする。
「うん。君の主張は恐らく正しいだろうね。僕らが侵攻を焦らず歩兵と砲兵による平押しをしていれば、こんな結果にはならなかった。だが、現実は違う。僕らはジャンケンで言えば〝チョキ〟を出しっぱなしにしていて、〝グー〟を後出しされたようなものってわけだ。我ながら情けないよ」
「ラトムランド側には聡明で決断力のある指揮官がいた、ということでしょう」
敗北の原因について結論がまとまると、ライールは不意に口を歪めて板についた笑顔を見せる。
「だけど、これからは僕らがラトムランドの出している〝グー〟に対して〝パー〟を出す番だ。いや、正確に言えば、その〝パー〟の出し方を持ってきたのは他でもない君なんだけどね」
その言葉に、アカネは謙遜するかのように苦笑いを見せる。
「いえ、私はアイディアを出しただけです。それを決断し、実行するのはライール大将のお役目ですよ」
その控えめな態度に、ライールは「アハハ」と笑いをこぼす。
「いやはや参った。君が新たな侵攻プランを持ってきたときは感服したよ。あれは、僕らの学んだ教義にはない戦い方だったからね。僕はね、君がいったいどこでその知識を手に入れたか興味があって君を引き立てたと言ってもいい。もう独学だとか閃きだなんて言わないよね?」
今や部下と上官の関係にある二人だが、ライールとアカネはつい最近国防省で知り合った仲だ。
ライールはアカネの聡明さに惹かれて彼女を取り立てはしたが、アカネの出自や経歴については殆ど知らなかった。
ライールの突っ込んだ問いに対して、可愛らしい微笑みを見せたアカネは冗談じみた口調で答える。
「悪魔と契約した、と言ったら信じてもらえます?」
その言葉を聞いたライールは目を丸くしたが、次の瞬間には腹を抱えて笑い出していた。




