18 戦果
18 戦果
「素晴らしい! 大戦果じゃ!」
総軍参謀本部の地下に設けられた作戦総司令部で、続々と入電する友軍の戦果にイリスは舞いあがっていた。
「まさか2個軍団を包囲できるとは……想像以上だ」
普段は冷静な参謀局長のレイラも、今日ばかりは高揚している様子だ。
一連の攻勢により、包囲に成功したマルクシア兵は20万人を下らない。
その数字は、マルクシアが対ラトムランド戦争で投入すると想定された戦力の1割に相当する。
これは文字通りの大勝利に他ならない。
そして、作戦のお膳立てをした月代もこのときばかりは勝利の味を噛み締め、顔をほころばせた。
「大成功ですね。これだけの戦力を失えば、敵も当分の間は攻勢に出られない」
「これも全てツキヨのおかげじゃ!」
イリスは月代の両手を取って握り締める。
「ツキヨがいなければ、今頃ラトムランドはどうなっていたことか。余はいくら感謝の言葉を並べても気が済まん……ありがとう」
そう告げると、イリスはまるで肩の荷が下りたかのように目を潤ませ、弱々しくはにかんだ。
そんな表情を目の当たりにした月代は気恥ずかしくなり、「うん」と小さな相槌を返すことしかできなかった。
その様子を傍から見ていたレイラも珍しく微笑みを見せている。
だが、次の瞬間には「コホン」と小さく咳払いをして真剣な表情を取り戻していた。
「とりあえず戦果を挙げたのは事実だが、マルクシアと講和しない限り戦争は終わらない。二人ともその点は理解しているな」
それは戒めのための言葉だったが、イリスは相変わらず高揚した様子で応じる。
「そうじゃ、講和じゃ! もしかすると、此度の失敗で侵攻を諦めたマルクシアは講和に応じるかもしれぬぞ!」
しかし、レイラの一言で気持ちを切り替えていた月代は、冷静にイリスの意見を否定する。
「それはどうだろう……まだ開戦から日が浅い。未使用の物資弾薬や予備兵力は後方に残っているだろうし、余力があるうちはまだ侵攻を諦めないと思うよ」
「うむむ、そうかのう。しかし、マルクシアとて国情が安定しているわけではない。講和を打診する価値はあるじゃろうて。とりあえず、敵が占領してる領土を最低限の講和条件として使者を送るのはどうじゃろう」
その言葉にレイラが口を挟む。
「お待ちください殿下。これだけの戦果が挙げられるのなら、逆にこちらから国境線まで敵を押し返せるのではないでしょうか。さすれば白紙和平も可能になるかと」
白紙和平とは、国境線を元の位置に戻し、賠償のやり取りなども無しとする講和条件のことだ。
確かに、講和条件としては白紙和平が最も望ましいが、月代はレイラの認識も楽観的すぎると感じた。
「今回は防勢からの一転攻勢で大きな戦果を上げられましたが、こちらから多勢の相手に侵攻するのは難しいと思います。逆に、こちらが多くの損失を出せば、状況が変わったと認識したマルクシアはいよいよ戦争を諦めなくなる」
レイラは月代の意見を冷静に思案する。
初めて会った頃とは違い、レイラも多少は月代を信用し始めたようだった。
「では、当面の方針は今までと同じく防勢主体で敵を殲滅しつつ、折を見て講和を打診するということになるか」
レイラの意見にイリスも賛同する。
「そうじゃな。マルクシアが同じような攻勢を続ける限り、我が軍は無敗じゃ。いずれ諦めるじゃろうて」
イリスの主張は、その言葉通り〝マルクシアが同じような攻勢を続ける〟のであれば成立する。
だが、出し抜かれた相手に同じ手を繰り出す人間はいない。
月代はそれを重々承知していた。
「何にせよ、今後は敵の出方を見るしかない。今は包囲した敵の処理と陣地帯の再編成に集中しよう」
月代の言葉に、一同は現状の問題に話を移す。
大軍を包囲したのは大きな戦果だが、それによって生じる問題も多々ある。
「敵の装備をぶん捕れるのはありがたいが、最大の問題は捕虜の処遇じゃな。あまり無益な殺傷はしとうない。包囲下で降伏した敵は素直に受け入れたいところじゃ」
その点は月代も想定外だった。
R.W.Wといったゲームの世界では捕虜の処理など必要なかったからだ。
月代は逆に2人に問いかける。
「捕虜と言うと、やっぱり収容所に入れて労働させるとか、そういう処遇になるのかな」
その問いにレイラが応える。
「刑務所ならともかく専用の捕虜収容所など我が国にはひとつもない。当面は、予備兵力の一部を捕虜の監視に当てて野営させるしかないだろうが、ずっとそのままというわけにもいかないな」
そうなれば、当然ながら戦線後方に多大な負荷がかかる。
「ならば亡命者を募ればよかろう」
イリスは考えるまでもないと言った様子でそう言い放ち、言葉を続けた。
「素直にマルクシアから亡命する気がある者には、限定的なラトムランド国籍を与えればよい。きゃつらとて全員が全員、好きで戦っていたわけではあるまい。国内は動員の影響で労働力不足なのじゃ。適当な仕事と多少の補助を与えればまっとうな暮らしを送らせることはできるはずじゃ」
その提案を聞いた月代は、人間味あるイリスの優しさにどこか気持ちを動かされた気がした。
それは、この世界がゲームであるという事実と、この世界に生きる人々が自分と同じような感情や人生を持っているであろうことと、その両者の間に起きる矛盾に他ならない。
月代が余計なことを考えていると、イリスの意見に対しレイラが概ね肯定的な反応を示す。
「殿下のおっしゃる通り、亡命者に生活基盤を持たせれば収容所を作って押しこめるよりは生産的だ。それに、ともすればマルクシアに恨みを持つ者が我々と共に戦いたいと手を挙げるかもしれない。亡命者による義勇軍が結成できれば、戦争が続く限り衣食住の問題を考えずに済む」
「むむ、そちは彼らをまた戦いに投じる気か。相変わらず冷血じゃのう……まあ捕虜自身がそれを望むのならばかまわんか」
「では、包囲下の敵部隊には降伏勧告を続けると同時に、捕虜収容に当てる部隊の調整と、捕虜達の情報収集も行いましょう。亡命を勧めるにしても、本当に祖国を裏切る気があるかどうか見定めなくてはな。マルクシアに未練を持つ者を野に放ってゲリラやテロリストになられても困る」
それは月代も心配するところだ。
だが、逆にイリスはあまり心配していない様子だった。
「聞くところによるとマルクシア国民は我が国に比べて困窮しておるようじゃ。よほど血気盛んな者でなければ問題なかろうて。とにかく、民を懐柔するには懐の大きさを見せるのが一番じゃ。我がラトムランドが良い国じゃということを、嘘偽りなく彼らに喧伝すれば良い」
こうして、捕虜の処遇はイリスの提案する方向で概ね固まっていった。
だが、不意にこの世界がゲームなのだということを思い出したツキヨは複雑な気分に陥る。
そして無意識のうちに左腕に巻かれた腕輪に触れていた。
この世界に来て、既に1カ月半が経とうとしている。
自身の体は今どうなっているのだろうか? 予備校は? 大学受験は?
だが、そんなことを思い出したところで、月代は改めて佐藤とコンタクトを取る気にはならなかった。
それだけ、月代はこの世界を好きになってしまった。この世界に居着いてしまった。
それが正しいことであるとは到底思えなかったが、月代は今考えていることを忘れる努力を行う他なかった。




