16.5 休息2
16.5 休息2
「まあ、話でもするんだろうね。仕事とか勉強のことじゃなくて、他愛もない話、かな」
月代の言葉に、イリスは「むむむ」と唸る。
「確かに、余と月代はいつも戦争や政治の話ばかりしておる。他愛もない無駄話というのは、あまりしたことがないのう。して、どんな話をすればよいのじゃ?」
それを聞かれると月代も困る。
色々考えたあげく、月代はひとつ〝お話〟をすることにした。
「イリスって小説とか映画とか、物語って好き?」
「国政に関わらない本や映画はあまり嗜まんのう。しかし、本を読むのは好きじゃ」
「じゃあ、昔読んだ本の話でもしようかな」
そう告げた月代は姿勢を仰向けにし、天井を見ながらゆっくりと語り始めた。
「昔々、あるところに一人のお姫様がいました。美しく若い彼女は国を代表するお姫様で、これまた立派なお城に住んでいました」
「余と似たような立場じゃな」
「しかし、彼女はお姫様としての堅苦しい孤独な生活に辟易していました。その日も、教育役の侍従に厳しい指導を受け、辛い思いをします。そして、そんな自由のない生活に嫌気のさしたお姫様は、一人で城を抜け出してしまいました」
「大胆なことをするのう。まあ、気持ちは分からんでもないが」
「初めて自由を手に入れた彼女は、開放感にまかせて城下町を一人で練り歩きます。そして、もっと外の世界を見たくなった彼女は、町を囲う塀の外へ出てしまい、そこで賊に襲われました」
「なんと! いきなりピンチじゃな」
「すると、その場に一人の狩人が通りかかります。狩りの帰り道でたまたま銃を持っていた彼は、なんとか賊を追い払うことができました。お姫様は自分を助けてくれた彼に感謝しますが、城に戻りたくなかった彼女は自身を身よりのない平民だと偽り、狩人と行動を共にしたいと告げます。そして狩人は、あまりに世間知らずなお姫様のことが心配になり、当面は生活を共にすることにしました」
「一安心じゃな」
「二人は寝食を共にし、時には狩りを行い、時には野草を集め、時には市に出て獲物を売り、忙しない日々を送ります。外の世界を知らなかったお姫様にとって、そんな生活は初めて経験することばかりで、時に驚き、時に喜び、時に悲しみ、苦労は多いながらも充実した日々を送ることができました」
「箱入り娘でも意外と適応力があったのじゃな」
「彼らの生活は自由気ままなその日暮らしです。雨が降れば家で皮をなめし、大物が出たという情報が入れば狩りに向かう。気分が乗らなければ家で酒を嗜む。何をしようと咎める者はおらず、お姫様はそんな生活の中で、初めて自分は人として生きている、という実感を得ました」
「……」
お姫様が得た〝生の実感〟は、とても抽象的なものだ――しかし、物語のお姫様と同じように閉ざされた世界にいるイリスにとっては、多少なりとも思うところがあるかもしれない。
「しかし、そんなお姫様の動向はいよいよ王様の耳に入ります。王様は、狩人がお姫様を誑かしているに違いないと激怒し、兵士を派遣してお姫様を連れ戻そうと画策します」
「まずいことになったのう」
「兵士達は、狩りをしていた2人に襲いかかりましたが、狩人は持ち前の銃の腕でなんとか兵士達を追い払うことができました。しかし、狩人はそんな戦いのさ中に怪我を負ってしまいます。お姫様は、自分のために怪我を負った狩人のことをたいそう心配しました」
「……」
「狩人を親身に看病するお姫様は、その時になって自分達が互いに恋心を抱いていることに気付きました。お姫様は、初めて心から愛おしく思える人に出会い、そして共に暮らしたいと願った。それは、親身になって看病される狩人も同じ気持ちです。しかし、狩人は他でもないお姫様を守るために怪我を負ったのです。その事実に責任を感じたお姫様は、彼と別れ城に戻ることを決意します」
「辛い決断じゃな」
「城に戻ったお姫様は王様に事情を説明し、自分が元の生活に戻ることを条件に、狩人を見逃してくれと頼みます。王様は渋々その提案を受け入れ、二人は元の生活に戻りました」
「ふむ、仕方のないことかもしれんのう」
「しかし、お姫様がお城に戻って数カ月が経ったある日、ある男が農地に迷い込んだ大熊を一人で退治したという功績で城に招待されることになりました。その話を聞いたお姫様は一つの確信を抱き、自分が直々にその男に褒美を授けると王様に進言します」
「ほうほう」
「そして、お城に招待されたその男とは、お姫様と生活を共にした狩人に他なりませんでした。彼の顔を知らなかった王様は二人の関係に気付くことなく、お姫様と共に狩人と謁見します」
「運命の再開じゃな」
「再開を果たした二人は謁見の間で目と目を交わしますが、王様がいる手前、再開の喜びを分かち合うことはできません。そして、王様は言います。貴君の功績は大変素晴らしい。どんは褒美が欲しいか申してみよ、と」
「……」
「すると、狩人はこう告げます。私を城の兵士にしてください。私はこの美しき国とお姫様をお守りする立場になりたいです、と」
「狩人はまだお姫様を想い続けてたのじゃな」
「しかし、お姫様は狩人にこう告げます。狩人としての功績を評価されたあなたを兵士にすることはできない。諦めなさい、と。狩人はその言葉に落胆しますが、お姫様はこう続けました。何も、兵士になることだけが国を守る道ではありません。人には人それぞれの役目があり、あなたは立派にその役目を果たしました。私は、心から狩人としてのあなたを尊敬します、と」
「お姫様の本音なのじゃろうな」
「そう告げたお姫様は、自分の持つブローチを狩人に差し出し、こう言いました。そのブローチこそが、あなたが立派な狩人である証です。あなたの想いが真実であるならば、そのブローチを肌身離さず持ち続けなさい、と。その言葉にお姫様の想いを察した狩人は、大切にブローチを握りしめ、お城を後にしました」
「それで、二人はどうなったのじゃ」
「話はここでお終いだよ。二人は互いの想いを内に秘めたまま元の生活に戻るんだ」
「……」
話が終わると、イリスは押し黙る。
そして、しばらく経ってから感想を口にした。
「ちょっぴり切ないが、良い話じゃな。なんという本なのじゃ?」
その本は月代の住む現実世界の作品だ。当然ながら、この世界にその本は存在しない。
それを知る月代は答えをはぐらかした。
「何だったかな。忘れちゃったよ」
「ふむ、是非読んでみたいものじゃ。とても面白かった。月代は話が上手いのう」
「楽しんでもらえてよかった」
そんな会話を交わすと、二人は再び沈黙する。
月代は、イリスが先ほどの話に色々と思うところがあるかもしれないと思った。
孤独なお姫様が初めて得た生の実感と、恋心。
イリスも、そういった経験に憧れを抱くだろうか。
月代は、それをイリスに問おうとは思わなかった。
「さて、話も終わったし、そろそろ寝よう」
月代の提案に、イリスも同意する。
「そうじゃな。今宵は楽しかった。この戦争が終わったら、もっと月代の話を聞かせてくれ」
その願いは、果たして叶えられるだろうか。
月代は己の左腕に巻かれた腕輪に触れ、自分の立場を思い出す。
しかし、イリスの純粋な願いを否定したくなかった月代は、無意識に「うん」と答えてしまった。
会話を終えた月代はイリスに背を向け、目を瞑ってこの世界に来てからのことを思い出す。
イリスとは1カ月半ほど生活を共にしているが、月代にとってその経験はかけがえのないものだった。
それは、軍事顧問としての活躍もそうだが、イリスとの関係についても言えることだ。
天真爛漫なイリスと一緒にいると、どこか心が和んだ。
月代は、活発で人間味のあるイリスと共に過ごす一時を楽しいと感じていた。
だからこそ、月代は余計なことを考える。
身分を偽るお姫様と狩人――身分と男女の両方を逆にすれば、それは月代とイリスの関係にどこか似ている。
二人の関係があの物語と同じなら……。
月代は、あえてその先を考えないようにしながら、静かに眠りに落ちていった。




