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14 夜更け

14 夜更け


 明朝に進撃を開始しラトムランド領内に食い込んだマルクシア軍第5戦車師団は、占領した小さな村に師団司令部を設けて野営の準備をしていた。


 炊事部隊が夕食の用意を進める脇で、二人の男が対峙している。

 その場にいるのは、前線から命からがら逃げおおせたマルクシア軍戦車隊中隊長のベッカーと、少佐の階級章を掲げた将校だった。


 顔を紅潮させた少佐は、ベッカーに向かって罵声を浴びせている。


「貴様はそれでも栄えあるマルクシア軍人か! 隊長車だけノコノコと戻ってきおって、2個小隊が全滅だと!? 貴重な戦車を無駄にしおって! どれもこれも貴様の独断専行が招いた結果だ! 死んだ部下にどう詫びる! ええ!?」


「は、弁解の余地もありません」


 ぎりと歯を噛みしめたベッカーは深々と頭を下げる。


 奇襲を受けたとは言え、ベッカーの指揮する部隊が戦車7両を失い、敗走したのは事実だ。

 初動の進撃が順調であっただけに、その敗北は隊内で悪目立ちしていた。


 少佐はベッカーの胸倉を掴み、頬に拳をお見舞いする。

 吹き飛ばされたベッカーはその場に尻餅をついた。


「本来なら懲罰部隊送りか後送してやりたいところだが、あいにく貴様から戦車を取り上げても乗員が足りん。明日から第2中隊に合流し、日の出と共に最前線を進め。軍人としての甲斐性が残っているなら味方の盾となって戦うことだな」


「は、ありがとうございます」


 ベッカーは不服な様子も見せずに立ち上がって頭を下げる。

 もはや失敗は許されないであろうことは承知の上だ。


 ベッカーを殴ってもなお気の収まらない様子の少佐は、その場に唾を吐きタバコを咥えて立ち去っていく。

 少佐の姿が見えなくなると、一人の兵士がベッカーの元に駆け寄ってきた。

 彼はベッカーの搭乗する戦車で無線手を務めていた兵士だ。


「少尉殿。あの、大丈夫ですか」


「大丈夫もクソもあるか。明日からまた最前線だとよ。だが、汚名返上のチャンスだ。また付き合ってもらうぜ」


「は、少尉殿に助けていただいた命です。お任せください」


 戦いの経緯を知る彼は、ベッカーが無能だったが故に敗北を喫したわけではないことを理解している。

 慢心はあれど、最終局面で無謀な戦いを避け隊長車だけでも離脱させたのは苦肉の策であったと評していた。

 ベッカーはそんな部下の信頼にいくらか励まされた。


「頼もしいじゃねぇか。さて、腹も減ったことだし、最後の晩餐かもしれんマズい飯でも食うとするか」


「お供します」


 気を取り直したベッカーは、無線手を引き連れ炊事の列に並ぼうとする。


 すると、どこからともなく航空機のプロペラ音が頭上に鳴り響いた。

 戦場では珍しくもない音だ。


「日も落ちたってのに空軍様はまだやってんのか。ご苦労なこった」


 そんな軽口を呟いた直後、ベッカーは突如発せられた閃光に目をくらませる。


 何が起きたのか察する間もなく、次の瞬間激しい爆音と衝撃が全身を襲った。


「うぉッ!?」


 とっさに伏せたベッカーが目を開けると、先ほどまで正面に見えていた野外炊事場は跡形もなく吹き飛んでいた。


「敵襲! 敵襲! 空襲だ! 対空攻撃用意!」


「敵位置不明! 照明灯がありません!」


「照明弾は!?」


「馬鹿野郎! 地上を照らすだけだ! 俺達が的になる!」


 どこからともなく怒号が飛び交う。

 日中は空を飛ぶ航空機はほぼ全て友軍だったため、誰もが空襲など予想もしていなかった。


 続いて、そんな混乱に拍車をかけるかのようにヒュルヒュルという砲弾の風切り音が耳に入る。

 低い轟音が何発か鳴り響き、今度は少し離れた友軍の野営地が爆炎に包まれていた。


 相次ぐ攻撃に腰を抜かした無線手はその場にうずくまる。

 対するベッカーは、周囲の兵士に比べてどこか落ち着いていた。

 その様子は、何か考え事でもするかのようだ。


 空襲がひと段落つくと、ベッカーは炊事場から吹き飛んできた黒パンをいくつか拾い上げる。

 そして、うずくまる無線手に声をかけた。


「おい、退避するぞ」


「た、退避ですか? しかし、壕も掘ってないのにどこへ……」


「俺達の戦車がある。外にいるより多少は安全だろうよ。飯も確保したぜ。今晩は戦車の中で過ごすハメになりそうだ」


 二つ返事でその提案に賛成した無線手は、ベッカーに続いて小走りで戦車へ向かう。

 そのさなか、さきほどからの考えをまとめたベッカーはぽつりと呟いた。


「俺たちゃ少し敵をナメてたかもしれないな」


 その言葉がなんとなく意外に思えた無線手は問い返す。


「と、言いますと?」


「開戦初日だってのに夜間爆撃に砲撃だぜ。しかも、ここはさっき設営したばかりの野営地だ。こんな芸当、元から用意してなきゃできねぇんだよ」


 無線手はその先の言葉を察する。


「つまり敵は、我々がここまで進軍することを見通してたと?」


「そうとしか思えねぇ。そもそも、進撃速度の割に交戦回数が少なすぎたんだ。敵は計画的に後退してんだよ。自分達の領土内をあらかじめ砲撃用に測量しとくなんざわけないからな。夜間爆撃にしても、昼間は空戦で勝てないとわかってるからこその作戦だろう」


「しかし、我々の戦力は敵の2倍以上です。いくら敵が巧妙でも小手先の作戦くらいでは……」


「だといいな」


 そんな言葉を交わしながら二人は野営地を走り抜ける。

 すると、通りがかりに味方兵士のとある言葉が耳に入った。


「少佐殿が爆撃に巻き込まれたぞ!」


「ダメだ! 上半身が吹っ飛んでる!」


 その言葉を聞いたベッカーは、先ほど殴られた頬を摩り「ざまぁみろ」と小さく呟いた。

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