13 日没
13 日没
マルクシア戦車隊との戦闘を終え、愛車の〝グスタフ〟から下車したティナは隣に立つセシリアの肩を叩いた。
「撃破5両、鹵獲2両、捕虜13人。大した戦果ですわ。あなたもよく頑張りましたわね」
大きく息を吐いたセシリアは震え声で応える。
「敵の主砲が当たったときはどうなるかと思いました……」
二人が後ろに目を向けると、〝グスタフ〟の車体は黒ずみ、装備の一部が吹き飛んでいた。
先の戦いで、敵の放った榴弾は〝グスタフ〟に命中していたのだ。
「敵が徹甲弾を装填していないことくらい想定済みでしたわ。榴弾ごときで私の愛馬〝グスタフ〟がびくともしないことをおわかりいただけました?」
戦車の砲弾は大きく分けて〝榴弾〟と〝徹甲弾〟の二種類に分けられる。榴弾は目標に命中するか、またはその直前で炸裂し、歩兵や砲兵を吹き飛ばす砲弾だ。
対して、目標に命中しても炸裂せず装甲を貫く徹甲弾は、装甲を持つ戦車を撃破するために用いられる。
ティナは、敵が初めて戦車と遭遇したであろうことを予測し、初弾は徹甲弾を撃ってこないと読んでわざと敵の目を引きつけたのだ。
「相変わらず師団長はむちゃくちゃです……」
セシリアは腰を抜かしてその場にへたり込む。
すると、銃をつきつけられた捕虜の一人が下品な笑い声を上げた。
「なんでぇ、女ばっかりじゃねぇか。こんな連中に捕まって情けないぜまったく。お前ら、どうせこの戦争にゃ負けるんだから見逃してくれよ」
捕虜の挑発に対してティナは涼しい笑顔で答える。
「あら、ラトムランドが負けると誰が決めましたの? 現に、あなた達は今負けたじゃありませんか。戦いは数が全てではありませんことよ」
「ケッ、でかい口叩けるのも今のうちだぜ。次会う時は、逆にてめぇらを捕虜にしてたっぷり遊んでやるから覚悟しとけよ」
「楽しみにしておきますわ。さて、コイツらは歩兵に任せればいいとして、この戦車も持って帰りたいですわねぇ。ツキヨさんも、敵の兵器は積極的に集めろとおっしゃっていましたし」
捕虜の挑発を軽くあしらったティナは、林道に置き去りにされた敵戦車に目を向ける。
先ほどの捕虜は、戦意喪失した戦車から降伏してきた兵士だ。
つまり、ティナの目の前には撃破しそびれた2両の敵戦車〝BP-7〟が無傷の状態で放置されている。
「でもでも、私たちの車両だけで牽引すると後続の敵に追いつかれるのでは……」
ティナの思惑を察知したセシリアはいつもの調子で不安げにつぶやく。
対するティナはあっけらかんと答えた。
「そうですわね。では、わたくしが運転しますわ。恐らく、操縦系統はそんなに大差ないでしょうし、興味もありますの。あ、友軍に誤射されないよう車体に国旗をくくりつけておきましょ。敵ながら、なかなか良さそうな戦車ですわね」
「し、師団長自ら操縦ですか!?」
「ではあなたが乗ります?」
「遠慮しておきます……」
その言葉を聞き終えたティナは、ご機嫌な様子で敵戦車の中にもぐりこんでいった。
* * *
開戦から12時間が経過し、外は日没を迎えていた。
この日、ラジオ放送を終えたイリスはそのまま総軍参謀局へ向かい、月代とレイラの元へ合流し戦況を見守っていた。
「ふう、初日は上々かな」
戦況をまとめ終えた月代は作戦図の前で一息つく。
しかし、レイラの方はどこか煮え切らない様子で友軍の報告に耳を傾けていた。
「どこが上々だ。敵は最大で我が国の領内4kmまで進軍しているんだぞ」
「でも被害は皆無に等しい。早期開戦への対応としては上出来ですよ」
月代の言う通り、最前線は計画的な撤退と擬装陣地のお陰でほとんど被害を被らなかった。
これらの計画的な後退も、月代の考案した作戦の一部だ。
「想定通り、こちらが後退させた主力陣地に敵の砲弾は届いてない。今ごろ慌ただしく砲撃陣地を前進させている頃でしょうけど、これから敵味方が入り乱れる最前線へは砲撃も爆撃もしづらくなるでしょうね」
「ツキヨの案を採用していなかったとすると、ぞっとするのう」
最初こそ動揺していたイリスも、月代の作戦が上手くいっていると知って落ち着きを取り戻していた。
そんな調子で三人が軍議を続けていると、士官の一人がレイラに駆け寄り声をかけた。
「局長、皇立近衛師団のティナ中将よりご報告です。1400頃、前線に展開する敵戦車隊を迎撃した折、敵主力戦車〝BP-7〟2両を鹵獲したとのことです」
その報告に、一同は呆気にとられる。
詳細を聞き終えたレイラは「こちらの指示通り動け」と簡素な返事を言伝え、そのまま頭を抱えだした。
「あのバカ妹が。誰が虎の子近衛師団を前線に展開しろと言った。敵戦車隊を迎撃しただ? 敵戦車を鹵獲しただ? 戦果を上げるのは構わんが、独断専行にも程があるぞ。まさか自分の戦車で突撃したわけじゃあるまいな……」
対するイリスは感心したかのように頷く。
「うむうむ、さすがは我が血族じゃ。さっそく敵戦車をぶん捕るとは大したものじゃ。しかし独断専行はいかん。しっかり言いつけておかねばならぬな」
クルツも二人と同意見だが、一応フォローをしておいた。
「ま、まあウチの戦車隊も敵と渡り合えるだけの実力があることはわかったし、貴重な戦車も手に入ったので結果オーライかと……」
不意の朗報に振り回された3人はとりあえず軍議に戻る。
「さて、日も落ちたところでいよいよ最初の反撃じゃな」
イリスの言葉に対しレイラが応える。
「は。前線に展開する砲兵及び航空隊の手筈は整っています。焼け石に水程度でしょうが敵に精神的な負担は与えられるかと」
「うむ、そうじゃな。これもツキヨのアイディアじゃが、妙案と余も思う。嫌がらせも作戦のうちじゃ」
「イリスの言う通り、相手にされて嫌なことを率先してやるのが戦いの基本だ。適度な反撃は味方の士気維持にも効果的だしね」
そんな会話を交わした3人は、どことなく不敵な様子で夜更けを待った。




