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12 初陣

12 初陣


「ひゃっ!」


 機銃弾の命中音に驚いたラトムランド戦車兵のセシリアは、薄暗い車内で可愛らしい悲鳴を上げた。


「うろたえてはいけません。私の愛馬〝グスタフ〟は機銃ごときでびくともしませんわ」


 落ちついた物腰で部下をなだめたのは、皇立近衛師団の師団長ことティナ・アノ・ブラルトだった。


 高級指揮官であるティナは、本来であれば戦線後方の師団司令部で部隊を指揮する立場にある。

 だが、彼女はあろうことか愛馬グスタフこと〝Tm-3指揮戦車型〟に搭乗し、木々の隙間から見える敵戦車隊を睨んでいた。


「し、師団長ぉ……本当にこの指揮戦車で奇襲を仕掛けるんですか? 師団長に何かあれば皇立近衛師団はおしまいですよ……」


 〝グスタフ〟の車長を任されているセシリアは上官の身を案じる。

 それもそのはずで、今ティナが引き連れている戦車はたった3両だからだ。


 ティナの指揮する皇立近衛師団は、機甲師団に改編されたため全体で100両近くの戦車を保有している。

 だが、作戦域への展開速度を重視したティナは、あろうことか自身が指揮戦車に乗り込み、最前線を突っ走っていたのだ。

 率先して戦うべき味方主力は未だ前線に追いついていない。


 ティナは怖気づくセシリアに檄を飛ばした。


「あなたはそれでも皇国軍人なんですの? ツキヨさんのおっしゃってた通り、私達の戦車戦力は限られているんです。ここで逆襲しなければ私達の存在意義がありませんわ」


「でもでも、敵は立ち往生させられましたし、このまま歩兵に包囲させた方が安全なのでは……」


 その瞬間、ティナはセシリアの胸倉を掴んだ。


「敵は戦車ですのよ! 歩兵に血を流せとおっしゃるの? 確かに、私達の本来の仕事は師団指揮ですわ。ですけど、部下に規範を示すのも私達の仕事ですの。わが身可愛さで部下に死ねと命令するくらいなら、わたくしはこの〝グスタフ〟と共に心中しますわ!」


 そう叫んだティナはセシリアを解放し、戦車の上部ハッチを開ける。

 そして、敵がいると思しき方向へゆっくりと顔を出した。


「師団長! 危険です!」


 セシリアの制止と飛び交う機銃弾をものともせず、ティナは状況把握に努める。


「林道に展開する敵戦車は8両……先ほど味方が撃破した車両を除けば残り6両ですわね。先に後続車を攻撃させたお陰で敵の退路を断てましたわ」


 対するセシリアは不安げにつぶやく。


「でもでも、こちらが攻撃すれば居場所がバレちゃいます。3対6では撃ち負けてしまうのでは……」


「そこは頭の使いどころですわ」


 そう告げたティナは不敵な笑みを浮かべ、無線機を手にとった。



 * * *



 林道に展開するマルクシア軍戦車隊は車両をじりじりと集結させ、周囲に機銃を撃ち続ける。

 中隊長のベッカーは冷静に味方へ指示を飛ばした。


「機銃の弾幕を絶やすな! 発砲炎が見えたら即座に反撃だ。榴弾の装填を忘れるな!」


 車載機銃を操る乗員は弾が続く限り引き金を引き続け、照準器を四方八方へ動かして敵の姿をやみくもに探しつづける。


 すると、木陰から一筋の閃光が発せられた。

 乗員達はそれに反応する間もなく、友軍車両が内部から爆炎をあげて吹き飛ぶ光景を目の当たりにする。


「3号車が被弾しました!」


「見りゃわかる! 全車北側だ! 北側に撃て!」


 ベッカーの指示に従い、生き残る5両は即座に砲塔を北側に旋回させ、一斉射撃を行う。

 5門の主砲が連続して火を噴き、そのうち何発かが近場で炸裂した。


「よし、このまま制圧だ。第二射急げ!」


 敵に有効弾を与えたと判断し、状況の好転を確信したベッカーは戦車のハッチを開け射撃の成果を確認する。

 だが、そこでベッカーが目にしたものは爆散した対戦車砲などではなく、被弾をものともせず鎮座する一両の戦車だった。


 それこそ、ティナの搭乗する〝グスタフ〟に他ならない。

 

 高揚から一転してヘビに睨まれたカエルのように引きつったベッカーは即座に車内に戻り大声で叫ぶ。


「敵は戦車だ! 全車装填止め、止め! 徹甲弾に換えろ!」


 そんな指示も虚しく、〝グスタフ〟から放たれた砲弾は2号車に命中する。

 それでもベッカーは懸命に声を出し続けた。


「クソッ、焦るな! 敵は1両だ!」


 その言葉は願望にすぎなかった。

 残る4両が徹甲弾への換装を終えたその瞬間、今度は4号車のエンジンが一気に燃え上がる。

 そして無線機から絶望的な声が届いた。


『被弾しました! 新手です! 敵位置不明! もうだめです、脱出します!』


 状況は考えるまでもなく明白だ。

 自分達は既にラトムランド軍戦車隊に包囲されている。

 伏兵だったとは言え、敵を対戦車砲だと誤認したベッカーの完全なる判断ミスが招いた結果だった。


 絶望的なこの状況に打ちのめされたベッカーは、歯を食いしばり己の拳で戦車の装甲板を叩く。

 それでもなお、ベッカーは思考を止めなかった。


 おもむろに無線機のスイッチをオフにしたベッカーは操縦手に向かって叫ぶ。


「全速前進だ! 今すぐ!」


 その言葉に、操縦手は反射的にアクセルを踏み込んだ。

 ベッカーの搭乗する1号車は土煙を上げて林道を一気に駆け抜ける。

 

 そして、先ほどまで1号車がいた位置に砲撃による土煙が舞う。

 幸いにして敵の第二射はかわすことができた。


 遠ざかる味方の戦車隊を後方に見送る乗員達は、ベッカーの思惑を察し始める。


「少尉殿! このままでは後続車が離脱できません!」


「わかってる! 今はこれしかないんだ! ここで死にたいのかお前らは!」


 ベッカーは戦いに勝つことではなく、生き残る道を選んだ。

 完全に包囲された状態で被弾車両に囲まれた友軍を救い出す術はない。


 だが、先頭を進む1号車だけは正面に逃げ道を残していたのだ。


「クソッ! クソッ!」


 孤独に走り続ける戦車の車内で、初めての敗走を喫したベッカーは装甲板を叩き続けた。

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