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11 開戦

11 開戦


「遂に始まったか……それで、状況は?」


 月代はなるべく落ちついた声でイリスに問い掛ける。

 対するイリスは少し動揺した様子で答えた。


「前線は大規模な空襲と砲撃に晒されているようじゃ。既に越境を始めている敵もいるらしいが、詳しい事はわかっておらん。しかし、きゃつらの動員も完全ではなかったはずじゃ。こんなにも早く動き出すとは……」


 イリスの言う通り、当初の予想ではあと1週間は猶予があると思われていた。しかし、マルクシアは完全な動員を待たずして開戦に踏み切ったらしい。

 その理由はいくつか推測できる。


「マルクシア軍部が痺れを切らしたのか、もしくは短期決戦を目論んで奇襲性を重視したのかもしれない。とにかく、始まった以上はやるしかないよ。こっちも万全じゃないけど、対策は済ませてある。今は冷静に状況を見極めて順番に仕事をこなそう」


 月代は、焦るイリスを落ちつかせようと肩に手をかけた。

 それに驚いたイリスは小さく体を震わせたが、すぐさま息を整え月代の目を見据えた。


「そうじゃな。余が焦っては皆に示しがつかん……よし、余は今からラジオ局に赴いて開戦の旨を国民に告げる。月代は総軍参謀局に行った方がよいじゃろう。余も後で合流する」


 そう告げたイリスは大きく深呼吸し、驚くほどに鋭い声を張り上げた。


「皆の者! 皇国の荒廃を分ける一戦は既に始まっておる! しかし、案ずることはない。全ては皆承知の上じゃ! 各自、余を信じ己の役割を全うせよ! さすればラトムランドの安寧は再び訪れよう!」


 そんな激励がきっかけとなり、その場にいる全員が慌ただしく動き始めた。



 * * *



 混乱の渦中にあるラトムランドとは対象的に、マルクシアの首都は驚くほど静かだった。

 マルクシア国民の多くは突然の開戦放送に驚きはしたが、戦争はどこか遠くの出来事であるかのように捕えている。

 人々はラジオを聴きながらパンを食み、普段と変わらぬ一日を始めようとしていた。


 そんな首都の中枢には、ラトムランドとは少し趣の異なるマルクシアの宮廷が鎮座していた。

 重々しいコンクリートで固められたその宮廷は一見すると要塞のようでもある。


 そんな宮廷の一室で、初老の男が椅子にもたれてパイプを吹かしていた。

 やつれた顔つきでありながら鋭い瞳を据えたその男こそ、マルクシアの現皇帝セゲリア・ゴブロフに他ならない。


 ラトムランドとの開戦を決断した彼は、何をするでもなく口から吐き出した煙を眺めて思索にふけっている。

 その姿からは高揚も焦りも感じられなかった。


 しばらくすると、一人の高級軍人がゴブロフの佇む部屋を訪れた。


「閣下、ご報告申し上げます。ラトムランドへの初動攻撃は十分な効果を挙げ、尚も戦果を拡張中です。最前線の部隊は既に国境から3kmほど進軍しており、以後も予定通りの進軍ペースが維持できると思われます」


 陸軍高官と思われるその軍人は、戦況を淡々と説明する。

 対するゴブロフはパイプを吹かしつつ、ゆっくりと口を開いた。


「結構。だが貴官の仕事は戦果を挙げることではなく、この戦争を1カ月以内に終わらせることにある。その点は十分に理解しているな」


「承知しております。外務省には中立国を通じて講和の打診を急がせています。現状の戦果を鑑みれば領土獲得は確実でしょうが、交渉の上で問題になるのは賠償金かと」


「賠償金は欲しい。民は土地だけでは満足しない」


「では講和条件として賠償金の獲得に比重を置くよう国防議会にて発議いたします」


「他に何か報告は」


「は。報告というほどのものではありませんが、先ほどラトムランド国家元首のイリス皇女が我が国との開戦を告げるラジオ演説を行いました。内容を録音しましたが、お聴きになりますか?」


「皇女自らがラジオ演説だと? やけに対応が早いな。ラトムランドの皇女はまだ幼いと聞いていたが、己の役割くらいはわきまえているらしい。聴かせてくれ」


 陸軍高官の男は再生機を運びこみ手早く準備を整える。

 そして、静かに回り始めたレコードに針を落すと、聴き取りやすい声が部屋を覆った。


『親愛なるラトムランドの民よ。既に危機に際している者もいると思うが、落ちついて余の言葉に耳を傾けてほしい。此度、卑劣なるマルクシアは何の罪もない我が国とその民に刃を向けてきた。余は、このような日が訪れたことを非常に残念に思う。しかし、親愛なる我が民は今日までこの苦難に立ち向かうための準備を惜しまなかった。暴漢の刃を挫くための力を蓄えてきた。ならば、これから我々がやるべきことは明白である。皆が隣人を愛し、己の土地を愛しているのならば、我々はこの日のために研ぎ澄ませた刃を手に取り立ち向かおうではないか! 暴漢共を故郷から追い出そうではないか! 余は憎き暴漢共に抗う道を選ぶ! 親愛なる我が民よ、再び平穏な日が訪れるその日まで共に戦おう!』


 レコードはそこで途切れ、かすかな雑音だけが鳴り響く。


 ゴブロフは静かにパイプを置き、小さく息を漏らした。


「皇女イリスか……誠に残念だな」


 その言葉に、陸軍高官は首をかしげる。


「と、いいますと?」


「猛々しく彼女が掲げた刃は、いずれ我々によって無残にへし折られる。たとえ敵であろうと、その不幸な境遇に私は同情するよ。しかし、可憐な花は散り落ちるその瞬間が最も美しく見えるとも言う。我らはその華々しい最期をしかと見届けようじゃないか」


 そう告げたゴブロフは、今日初めて笑いをこぼした。



 * * *



 喧騒と共に昇り始めた太陽は、既に頭上へ達していた。

 晴天の空は黒煙に覆われ、ラトムランドの長閑な山林と麦畑は戦火に焼かれつつある。


 早朝に侵攻を開始したマルクシア軍は既に主要陣地帯へ到達している。

 その最前線を進む戦車の一団は、視界を遮る木々をかきわけて前進を続けていた。


 入り組む林道の先頭を行くマルクシア軍所属の戦車〝BP-7〟は、50ミリ口径の主砲を側面に向けて発射した。


「敵銃座、沈黙しました! 後退していきます!」


 狭苦しい戦車の中で、照準器を覗いていた砲手が声を上げる。

 その報告に、戦車隊の中隊長を務めるベッカー少尉は口を歪めた。


「なんだ張りあいがねぇなァ。これでウチが潰した陣地は7つか? 8つか?」


 ベッカーの独り言にも似た問いかけに無線手が答える。


「我が隊の戦果は車両3、火砲6であります少尉殿」


「すげぇないちいち覚えてんのかよ。しかし、ここいらで戦車の1両でもスコアに足したいところだなァ。前線にあったアレはなんだよ。やたら戦車がいると思ったら全部〝ハリボテ〟でやんの」


 ラトムランドとの開戦にあたり、入念な準備砲撃と空爆の後に進撃を開始したマルクシア軍は、最前線で奇妙な光景を目の当たりにしていた。


 当初の予想通り、ラトムランド軍は国境沿いに陣地帯を形成していたが、いざ進軍してみるとその大部分は木や布でできたハリボテの擬装陣地で、敵兵はもぬけの殻だった。

 加えて、その後方に控える本物の陣地帯はまばらに形成されており、先遣の戦車隊は反撃の手薄な場所を縫って順調に前進することができた。


 敵の後退を確認したベッカーは、味方に集結の指示を出し一息つく。


「このままじゃ敵の首都に着いちまうぜ」


「しかし少尉殿。このまま前進を続けると我が隊は孤立します。友軍の到着を待つべきでは……」


 無線手の不安げな言葉にベッカーは苦笑いをこぼす。


「わかってねぇなァ。歩兵が来るのを待って敵陣地帯にとどまるより、このまま前進した方が安全なんだよ。恐らく、敵の対戦車戦力は前線に集中しているハズだ。後方に戦力を割く余裕はない。つまり、このまま前進すればその先にあるのは手薄な前線指揮所と補給隊列ってわけよ」


「なるほど、さすがは少尉殿! では引き続き前進を……」


 その続きを告げようとした瞬間、無線機に激しいノイズ音が走った。

 無線手は慌てて状況を確認する。


「なんだ今の音は! 各車、状況を報告!」


『こちら6号車、3時方向より攻撃を受けています! 8号車が行動不能! 敵は対戦車……を……』


 友軍から放たれた通信は不意に途切れる。

 それが何を意味するか、考えるまでもなかった。


「少尉殿! 後続車が襲撃を受けています! 敵戦力不明、6号車及び8号車はおそらく行動不能です!」


「伏兵か! 2号車と3号車に後方を確認させろ! 敵は対戦車砲の可能性が高い。発砲炎が確認できるまで周囲に機銃の弾幕を張らせろ!」


 無線手はベッカーの指示を即座に伝播させる。

 すると、前進を続けていたマルクシア軍戦車隊は即座に停止し、四方八方へ機銃弾をバラ撒き始めた。

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