1 R.W.W
1 R.W.W
「ああ、これ勝ち確だわ」
薄暗い自室でマウスとキーボードを交互に操作していた東雲月代は、ほうじ茶を啜りながらぽつりと呟いた。
月代の顔を青白く照らし出す30インチのPCディスプレには、とあるゲームのインターフェイスが映し出されている。
画面中央には漢字の〝凸〟を模した部隊ユニットが縦横無尽に並び、互いに押したり引いたりしながら戦線を形勢している。
その光景は軍隊が地図上で戦況を再現する〝作戦図〟そのものだ。
月代が今プレイしているそのゲームは、アクションと戦略シミュレーションを複合させた大型オンラインゲーム―通称R.W.Wという作品だ。
プレイヤーは第二次世界大戦の兵士や指揮官になりきり、時には銃を携え、時には戦車に乗り、時には部隊を指揮して戦争を疑似体験することができる。
そして、広い視点で戦況を見下ろす月代は、友軍全体を統率する〝軍団司令官〟の役割を担当していた。
アクションゲームである戦闘に参加することはできないが、戦闘の勝敗に関わる最も重要なポジションと言ってもいい。
そんな月代がぼんやりと戦況を観察していると、画面下部のチャットコンソールに新しいメッセージが表示された。
第二機甲師団HQ『俺の部隊、突出しているけどいいの?』
春閣下☆親衛隊HQ『こっちは突破されそうだぞクソが。さっさと援軍よこせや』
第二機甲師団HQ『迂回して援護しようか?』
月代はマグカップを置き、めんどうくさそうにキーボードを叩く。
軍団司令『全軍そのままでよろしく』
返事はすぐ返ってきた。
第二機甲師団HQ『了解。進撃を続行』
春閣下☆親衛隊HQ『はぁーーーーーー……負けたらチーム抜けるわw』
お前を援護してたら負けるんだよ。
そんなセリフを頭の中に浮かべつつ、月代は再び戦況に注視する。
すると、敵主力は春閣下☆親衛隊の追撃に夢中になり、第二機甲師団の突破をあっさりと許した。
第二機甲師団HQ『あ、敵司令部発見!』
そして、画面上部に突き抜けた第二機甲師団は〝旗〟のマークを掲げる敵司令部を補足する。
状況は完全に詰みだ。
貧弱な装備しか持たない敵司令部は、第二機甲師団の擁する戦車隊に対抗する術を持たない。
R.W.Wは、戦果の損得を競う合うゲームじゃない。
いかに友軍が被害を受けようとも、相手のキング――つまり司令部を潰し敵を降伏させるゲームだ。
月代は、実際の戦争を模したこのゲームの性質をよく理解していた。
そして、戦車隊の突撃を受けて敵司令部が降伏したところで、このセッションは勝利が確定した。
春閣下☆親衛隊HQ『神』
調子のいい友軍の称賛に月代は苦笑いを見せる。
ゲームは勝利で終わったが、さほど満足感のもない。
区切りもよかったので、月代はゲームからログアウトする。
大きなあくびをしながら時計を見ると、時刻は午前三時を回っていた。
明日は平日だ。
浪人生である月代は、半年後に二回目の大学受験を控えている。
だが、R.W.Wを起動した瞬間から明日の予備校はサボろうと決めていた。
どのみち今は下宿生活中だ。予備校をサボろうと文句を言う親はいない。
元々軍事マニア気質だった月代がR.W.Wに出会ったのは、高校一年の頃だった。
単調な戦略シミュレーションやボードゲームに飽き飽きしていた月代にとって、実際の人間が操作する兵士を指揮できるR.W.Wは理想的なゲームだった。
時より兵士や戦車兵、パイロットになってゲームに参加することもあるが、どうも反射神経が追いつかないらしく結局は指揮官のポジションに落ちついている。
今や〝軍団司令官〟のレベルは最大値だ。
その代償として一回目の大学受験は盛大に失敗したが、まだまだ時間はあると目先のことは棚上げしていた。
だが、そんな月代もR.W.Wにはそろそろ飽きつつある。
いかに好きなゲームと言えど三年もプレイすればマンネリ化は免れない。
先ほどのセッションもパターン化した戦術を披露しただけで、とりわけ興奮するような場面もなかった。
眠気を感じつつ不完全燃焼ぎみの月代は、PCのブラウザを立ち上げてR.W.Wの公式サイトへジャンプする。
すると、トップページにはもはや見飽きた見出しが表示された。
『R.W.Wに次ぐ待望の新作A.W.Wまもなくβテスト開始!』
「いつになったら新作出るんだよ!」
月代は一人で画面に突っ込みつつ、唯一の楽しみである新作の情報が一切更新されていないことに絶望した。
A.W.WはR.W.Wを開発したメーカーが「よりリアルな戦争を」という触れ込みで開発中の新作ウォー・ゲームだ。
R.W.Wに飽きつつある月代にとって、A.W.Wはまさに待ち望む価値のある唯一のタイトルに他ならない。
だが、A.W.Wの開発が発表されて一年余りが経過した今、その情報はなぜか一切公開されていない。
ネット上では「A.W.Wは開発中止になった」などという噂が出回るほどで、そんな書き込みを見るたびに月代は肝を冷やしていた。
だが、つい先月になってようやく〝βテスト〟の告知が出された。
βテストとは、製品版を発表する前にテストプレイヤーを募って実際にゲームを遊んでもらい、何らかの問題がないか確認する最終工程のようなものだ。
βテストができるということは、ゲームの仕様がほぼ九割がた完成していると見ていい。
月代はその事実に安堵し、いち早くβテストの参加申請フォームからメールを出していた。
そんなことを思い出しつつ、月代の眠気はそろそろ限界を迎える。
いい加減PCをシャットダウンしようとするが、その前に一応メールソフトを起動させた。
βテストの参加申請をして以来、狂ったようにメールチェックを続けているが、返信はなかなか来ない。
今晩のメールチェックもさして期待はしていなかった。
だが、眠気で朦朧とする月代は、受信箱に①のマークが点滅していることに気付いた。
どうせダイレクトメールだろう。
下手に期待を抱かず、月代は無心で受信箱をクリックする。
すると、一番上に来ていた新着メールのタイトルにはこう書かれていた。
『〝A.W.W〟βテスト参加のご案内』
その文面を見た瞬間、月代の眠気は一瞬にして吹き飛んだ。