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ダンジョン 入り口〜1階ゴブリン

 

 ゴブリン討伐から数日が過ぎた。

 そしてその間に旅の準備をしていた。

 何日かかるか分からないが、食料には困らないと思うから適当な量の水を持って行くことにする。

 それと布団替わりの薄い布と予備の武器として三十センチの小刀も持って行くか。

 ん? どこへ行くのかって?

 そんなのダンジョンに決まっている。

 この間カナさんにダンジョンのことを聞いてみて、ちょっと気になったので行くことにした。

 なんでもそのダンジョンは前に俺が目を覚ました森、皆からは“アルファス山”と呼ばれている。森かと思っていたが山だった。

 そしてその山の頂上に建っているらしい。

 確かにギルドの付近から見れば、木々の間からどデカい建物が頭を出しているので建っているのがギリギリ分かった。

 ダンジョンはレベル上げや素材の獲得、何よりレアなアイテムがあるのがダンジョンだろう。

 カナさんも攻略出来れば「一攫千金も夢じゃない!」と言っていた。

 それで興味を持ち、ダンジョンに行くって言ったら笑われた……

 どうやらそのダンジョンは今までに何千、何万人もの冒険者や騎士が攻略目指して挑んだが、誰一人として帰って来なかったらしい。

 ただ最近だと国の騎士団三百五十名が挑んで一人だけ帰って来れたらしい。

 その騎士曰く十階まで登って行き、残りの騎士が五十人以下になったため引き返すこととなった。

 しかし道中の魔獣との戦闘により結局一人しか出てこれず、さらにはその出て来た騎士も酷い負傷を負っており、ダンジョン内の情報を伝えた直後に死んでしまったとのことだ。

 なので俺には無理だと笑われた。

 確かに最近までギルドも知らなかった人間がいきなりそんなことを言えば笑うだろう。

 まして幼子ではない人間が言えば尚更だ。

 まあ「止められても行く」っと強情(ごうじょう)を張ったら、「なら数日後に騎士団がもう一度ダンジョンに向かうから、一緒に行って危なくなったら帰っておいで」っと言われた。

 その情報を聞いた二日後には街中でも騎士たちを見かけるので、合わせて行こうと考えた。

 そしていよいよ明日がその向かう日なのだ。

 なので今、それの最終準備をしているって訳。

 それだけの人間が挑んで無事ではないダンジョン。

 当然危ないのは分かっているが、それでも……ゴブリンであんなに美味しいのだからそれより上のランクの肉だったら……

 ──ジュルリ

 いかん(よだれ)が……魔獣は見た目とか途中の加工とかの工程を除けば、魅力ある食べ物だ。

 うん、本当にそこだけ除けば。

 それに前ステータスを見た時にレベルと書いてあったので、そのレベル上げも()ねてダンジョンに登ろうっと思っている。

 まあ、一攫千金が出来ればと淡い想いもあったりなかったりする。


「あー、明日が楽しみだ!」


 ダンジョンへの想いを()せているうちに荷物の整理が終わる。


 ______________


 そして翌日。


「それでは! これよりダンジョンへ向かう! 恐れをなした者は今のうちに帰れ! ……いないようだな、それでは出発!」


 馬に(またが)り、威勢(いせい)の良い声を上げる男性。右眼の所に刀傷を負った、多分四十代前半程だろうか?

 そんな彼の前に(ひか)えている、ざっと見て四百人くらいの甲冑姿の騎士たちが「おおぉぉぉぉぉっ‼︎」と、これまた威勢の良い声を上げている。街中で。

 彼らの様子を街の人たちが店や家の窓から見ている。

 それを気にも止めずにそのまま騎士団は傷のある男性に続いて山を登り始める。

 俺はと言うとさっきの傷の男に、「俺も連れて行ってください」と頼んだら、「ダンジョンを舐めるな、小僧! お前のような子供は、家で大人しく母親の乳でも飲んどれ!」って怒鳴られた。

 却下されるとは思っていたけどせめて前半だけで留めて欲しいかった。

 周りにいた騎士たちも笑っていたり苦笑いや生暖かい目を向けてきたりしていた。

 ま、ダメならダメでこっそり着けて行けば良いのだから気にしない。

 そう考えて街の人たち同様に甘味から彼らの様子を見ている。


「っと! 騎士団はもう街にいないや。急がないと」


 急いで店を出て、走って騎士団を追いかける。

 街の人も騎士団がいなくなり、それぞれのやることへと移ったためもう出口人は見ていない。

 この間に向かえば変に止められない。

 騎士団は体力温存のため歩きで進んでいるはずなので、多少遅れて追いかけてもすぐに追いつける。

 そう考えていたのだが道中で魔獣除けの何かを使ったのか戦闘を行った形跡がない。

 それだけでなく騎士団の最後尾の姿さえ見えない。


「まさか迷った?」


 頂上を目指すだけなので真っ直ぐ一本道で済むのに迷うことがあるのか?

 急な出来ことを怪訝に思い、少しだけ違う方から頂上を目指そうと考える。

 何かがあって別の道にズレたのかもしれないからだ。

 右の方が少し開けているのでそちらの方に移動する。

 そしてしばらく進んで行くと僅かに草が擦れる音が聴こえた。

 

「(……人か、それとも魔獣か)」


 念のため剣を抜いて構える。

 そして周りの様子を窺いながらゆっくり背後に下がる。木を背にすれば一番の死角である背中を守れる。おっさんから教えてもらった知恵だ。

 しばらくの間沈黙が続く。

 その間に何も起こらず気のせいだったと安堵する。


「ふぅー……良かったぁ」


 戦闘が起こらなかったことに喜び、剣を鞘に納める。


「風か何かだったのかな」


 原因の憶測を立てて再び頂上に向けて走る。

 出立時の多少の遅れと道中で風に時間を取られたことで予定よりも遅れてダンジョンの前に着く。

 が、そこにはあれだけいた騎士団が見当たらない。もちろん周りにもだ。

 多分もう中に入ってしまったのだろう。

 ダンジョンは円錐の形に似ているが、上へ向かう度に少しずつ大きさが小さくなって行っている。ウエディングケーキみたいな感じだ。

 だいたいそれぞれのの高さは二メートル弱。

 それがかなりの高さまで積み重なって、ってそんなにか。見上げれば高いが、階数なら二十階。


「こんなに低いのに攻略者は今だなしってどんだけ強い敵が出るんだよ」


 街から見えていたからてっきりもっと高い物だと思っていたが、実際目にするとそうでもないな。

 そんなことを思いながら周りを見回して行くと、反対側に塔の壁に穴が空いていて、その先には松明が壁に刺さっている。

 穴は横二メートル、縦三メートルくらいの大きさ。その穴の中を覗けば、地面に足跡がいくつもついている。

 足跡が跡を踏んで、また違う足跡がっと続いている。

 しかしまだ新しい。踏みしだかれてから然程時間は経っていない様子。

 奥の方に目を凝らすが薄暗い空間が続いているだけで人がいる気配はない。

 ま、いたらいたで帰れっと言われそうだからいない方が嬉しいのだが。

 でも遭遇したら結局帰れって言われそうだな。しかしせっかくここまで来て帰るのもそれはそれで嫌だ。

 うーん……こんな所で唸っていても仕方がないし、その時になったらまた別の方法で対処しよう。


「よし! 行くか!」


 中に入ろうとした時だった。入り口の壁、入ってすぐ横に文字が()ってあるのに気がついた。


「なんだこの文字? ……この形の文字は街では見たことないけど、気のせいか?」


 街で見かける文字と形が違うように感じる。しかしまだ見かけていない文字なだけとも思える。

 よく分かっていないうちに文字の上に日本語が現れる。

 ええっと……


「『力ありし者は進め、なき者は上から進め』」


 か。うん、意味がよく分からないな。

 誰がなんのためにこのメッセージを残したのか。何故こんなメッセージを残したのか。

 どっちも不明だ。

 それにしても──


「上からって……もしかしてこの塔を登るの⁉︎」


 推定でも五十メートルはあるこの塔を登れと⁈ エレベーターとか階段もないこの塔を⁈

 見上げるだけで首が痛くなるような高さを誇る目の前の塔を登ることに絶望を覚える。

 ま、まあ、俺が行くって強情を張って出てきたんだから? 鍛錬だと思って登るか!


「はあぁー」


 とりあえず自分を納得させて塔を登り始める。

 俺の身長は前に学校で測った時で確か百七十センチだったはず。


「だからジャンプすればギリギリ届く、はずっ!」


 届くと信じてジャンプする。

 あれ、なんか身体が軽いな。それに気のせいかジャンプ力も上がった?

 今までよりも軽やかに飛べたことに違和感を感じる。

 そう感じたことが本当だったのを証明するかのように壁の角に手を引っかけることが出来た。

 そこから腕の力だけで身体を持ち上げる。それを繰り返して塔を登って行く。


 ______________


「はぁ、はぁ、げっほ! はぁぁ……や、やっと、登れ……んあっ、はぁ……」


 どれくらいの時間がかかったかは分からないが、下から見上げていたダンジョンの頂上にようやく着いた。

 既に息は上がり、汗だくである。

 もし武器屋のおっさんの所で基礎鍛錬をしていなかったら途中でバテていただろう。


「はぁ……はぁぁ、おっ、さんあり、が、とう……ああぁっ……」


 肩で息をしながら街にいるおっさんに感謝する。

 それにしても流石に休まずに登ったのは、自分でもバカだとは思う。しかし「休みながらでは時間がかかってしまう」ということで無理して登った。

 ううぅ……吐きそう。

 低酸素と酸欠による吐き気を堪える。

 そんな苦労して登ったダンジョンの頂上には穴が空いており、そこには下へと続く階段がかかっている。

 上からでは階段に阻まれて中の様子はうかがえない。

 とりあえず息を整えてから階段を降りる。

 石で出来た階段は二十段。

 左は壁、右は手すりの下部分は壁だが上は隙間が出来ている。

 上から六段目からなら周りの様子が窺えたので覗いてみる。


「(なるべく魔獣に見つからないようにしないとな)」


 今の俺のレベルは十一。なのであまり戦闘を続けるのは無理だと思う。

 おっさんと行った実践から考えて、せいぜい同時にゴブリン二体がやっとだろう。

 ……ん?

 奥の方で何かが動いたのを見た。

 目を細めて詳細を確かめようとする。


「(なんだこれはっ⁉︎)」


 すると視界に入って来たのは緑色の空間だった。

 慌てて目を逸らすがその先は今度は鼠色一色。その不可思議な現象に思わず目を閉じてしまう。

 敵かっ⁈


「どこだ! どこから来るっ⁈」


 いきなり視界をやられ、どこから襲って来るかも分からない現状にどうすれば良いのか分からずさらに慌ててしまう。

 そのため石段についていた手が滑り、バランスを崩す。

 

「うっ!」


 それにより階段の角に右肩をぶつける。その痛みに声を漏らす。

 ジンジンと痛む肩に手を置く。

 その痛みのおかげか頭が少しだけ冷静になる。


「…………来ない?」


 ここまで無様を晒しても一切襲って来る気配がない、ということに。

 敵は、いない……?

 そう考え、さらに冷静になるために深呼吸してから目を開ける。


「戻った」


 今度の景色は最初の通り石階段がはっきりと見える。

 辺りを見回すが敵らしい存在は見られない。

 そのことに安堵の息を溢す。

 今度こそ下の様子を確認するため覗き込む。

 するとそこにはゴブリンが一体、洞窟内をウロウロしていた。

 まるで何かを探しているみたいだ。


「(もしかして今の俺の声に反応しているのか?)」


 でもそれならばこっちに来れば良いのに。大して何もない部屋なのだから何かいるとしたらこの階段くらいだと気づきそうなものだ。

 武器を扱うということは、ゴブリンもそこまでバカではないだろう。

 ……何かあるのか?

 階段に疑惑を抱き、試しにそこら辺にあった小石を石段の一番下へと投げる。

 カンッカンカン!

 なんかの金属に当たったかな?


「……っと!」


 音に反応してゴブリンが近寄って来たのでなるべく姿勢を低くして隠れる。

 ただこの明るさなら気がつかれるかもな。その時は上にダッシュして入り口で待ち構えるとしよう。


「ガァァァ?」


 ゴブリンは辺りをキョロキョロしている。

 俺はもう一度そこら辺から小石を手探りで拾い、ゴブリンにバレないように身体を出して遠くに小石を投げる。

 カンッカンカン!


「ガァァァ?」


 ゴブリンがまた音のした方へと向かう。

 てかさっきから小石が金属に当たる音がするのはなんでだ?

 ここら一帯はどう見ても石で出来ている。


「(いや、今はそんなことよりさっさとあいつを狩らないと。先へ進めない)」


 邪魔になるだろうから階段にボクサーバックは置いて行く。

 そしてゴブリンに気づかれないように息を殺し、ゆっくりと自分なりに気配を消しながら石段を降りる。

 最終段まで下り、壁からもう一度様子を窺う。

 最適なのは階段の一番近くにある壊れた柱。高さ六十センチくらいかな?

 身を隠して近づくならあそこまで行きたい。距離は一メートル半。

 横目でゴブリンの位置を確認する。

 小石を投げた方で辺りをキョロキョロしている。

 

「(今しかない。大丈夫、行ける!)」


 そこを目指すために石段から離れた時だった。

 

「?」


 なんか今、身体にピリって感じがしたような……気のせいか?

 まぁいいや。別に痛くはないからさっさとあそこを目指す。

 中腰で何度もゴブリンの様子を窺いながら進む。

 足音は立てないように、しかし見つからないために素早い移動を心がける。

 

「はぁ、はぁ……」


 なんとか柱の壊れた所まで辿たどり着く。

 しかしこれだけで少し息が上がる。緊張と焦燥で精神的に疲れているからだろう。

 荒い息を深い呼吸で静かに整えながら、柱の陰から周りを見回す。


「(この部屋、けっこう明るいな。松明は数本しかないのに)」


 壁に刺さる松明の本数は、柱の裏から三本、反対方向に五本。

 量から考えて部屋の状態がはっきり見えることを不思議に思う。


「(壁が薄っすらと光っていたりするのか?)」


 適当に考えてみたがしっくりこない。

 よし、諦めよ。深く考えるのは全部終わってからだ。

 解明出来ない謎を頭の隅に追いやり、次に右斜めにあるこの壊れた柱と同じ物の後ろを目指す。

 しかしここから壊れた柱まで二メートルくらい離れている。

 さっきまでは階段の陰からの移動と小石による誘導があったからなんとかなった。


「(あー、これは多分バレるな。近くに石はないし……仕方ない。バレたら即攻撃だな)」


 これ以上の策を思いつかず、バレた時の思考に切り替える。

 ま、バレても多分勝てるだろ。事実前回勝ててる訳だし。

 楽観的に考えて気持ちを落ち着ける。

 そっと、そぉっと、そぉぉぉっと。ゴブリンに近づきながら音を立てずに剣を抜く。

 そして剣を頭上に持ち上げる。


「ガァァァ?」

「あら、やっぱりバレるか」


 しかしタイミング悪くゴブリンが振り返る。

 生物としての勘か、それとも俺が何かやらかしたか。

 どちらにしても気づかれた以上戦闘開始である。


「ガァァァ!」

「うわっ⁈」


 俺に気づいたゴブリンがすぐに持っていた槍で左肩を目がけて突いてくる。

 反撃に驚きの声を上げつつも、それをギリギリ避ける。

 ただ──


「(動きが数日前に戦ったゴブリンのよりも遅かったように思えるけど、個人差か? それとも俺のレベルが上がっているからか?)」


 反応してから槍が突き出されるまでの動きが前よりもはっきり見えた。

 それでギリギリ、いや、それでもギリギリ避けれた具合なのだが、その理由は不明。

 個人的には異世界だしレベルが上がったからだと思うけど……まだまだ分からないことが多いな。

 そんなことを考えながら次々とくるゴブリンの突き攻撃を避けていく。

 最初こそ即座に反撃してきたから驚いて反応が遅れた。

 でも今はゴブリンの動きをよく見て、なんとか避けれている。


「ガァァァ!」

「っと。このっ!」

「ガァァ⁉︎」


 ようやく待っていた、今までよりも大きい動きで突いて来たゴブリンの攻撃を避け、やつの背後に回る。

 そして回し蹴りでゴブリンの背中を()る。

 足から全体的に硬い感触が伝わってくる。


「ガァッ‼︎」


 ドォッン‼︎

 思っていたよりも蹴りに力が入ったらしく、ゴブリンはさらに二メートルくらい吹っ飛んで行き、壁に激突(げきとつ)する。

 攻撃を避けつつ壁に近づいておいたのだが、まさかここまで飛ぶとは……

 不利になる壁際と入れ替わるためだったんだけど。


「あらら。まあ、今のうちにトドメ刺しとくか」


 幸運に感謝つつ、剣を下に向けてゴブリンの首に剣を下ろす。

 グシャァッ! グジュ……ガッ!

 骨の部分で少し手間取ったが、なんとかゴブリンの頭と胴体(どうたい)がサヨナラした。

 壁にぶつかってか気を失っていたゴブリンは声を上げることなくトドメをさせた。

 しかし自分でやっといて何だが、かなりグロいな……


「さてと、こいつを持ってダンジョンの上で焼くとするか」


 剣の血を振り払って鞘に納める。

 そしてゴブリンの胴体と頭を持って石段の方を向かう。

 ゴッ!

 

「⁉︎」


 しかし途中で石の出っ張りに足を取られて派手に転ける。

 ガンッ! ゴンッ! ベチャァッ!

 俺が転んで頭を地面にぶつけた音と、何か生々しい物が何かに弾かれて地面に落ちる音が聴こえた。


「っー……こんなに明るいのに(つまず)くとは……っ⁉︎」


 ただ完全にこける前に手を着けたから顔がぶつかるのは防げた。何故か空いている手を支えに身体を起こす。

 そして倒れる時にした音が何だったのか気になり、周りを見渡す。

 すると地面に紫色の染みが点々と続いている。


「なんだこれ? ……って、これゴブリンの血か」


 つい先程見た血だったためすぐに見当がつく。

 とりあえずその血の跡を目で追ってみると、ゴブリンの頭が階段から二十センチくらい離れた場所に落ちている。

 どうやら自分の身を守るために思わず手放してしまったらしい。

 そのお陰で顔を打たずに済んだんだけど。


「ん?」


 頭の周りに飛び散る血に違和感を覚える。

 石段の最初の段にだけ血が飛び散っている。

 血の軌道と量を見る限り、頭は手前の壁を越えて確実に奥の壁にまで飛んで行っているはずなんだ。

 加えて頭が壁に当たって戻って来たのなら、その当たった壁にも血の跡があるはずだ。

 なのに目の前の壁には頭が当たってつくはずの血の跡はない。もちろん他の壁にも。

 しかし飛び散っている血は最終段にはある。

 試しに石段の一段目を上ってみる。

 あれ?

 さっき感じたピリとした感じが消えた。

 というか今までその感じが身体にまとわりついていたことに驚きだ。

 全然意識していなかった……


「それは置いておくとして。まだ何が起こったのか分からない」


 という訳でもう一回だ。

 石段から降りてみる。


「やっぱりなんかピリピリするな」


 するとすぐに最初に感じたピリッとした感覚が全身を包む。

 身体を強く物にぶつけた時に残る痺れに近い感覚だ。

 もう一度階段を上る。と、さっきまで感じていたピリピリが消える。

 何かの病気? いや、でも階段の上り下りで患う病って何だ?

 異世界だからそういう特殊な病気があるのか?

 グゥゥゥゥ!

 身体を包む謎の感覚に思考を巡らせていると、静かなダンジョン内に腹の虫の音が鳴り響く。

 やべ。腹減った。


「とりあえず腹ごしらえを先に済ますか」


 考えるのは一度辞め、転んだ時手放したゴブリンの胴体を取りに行く。

 ゴブリンの腕を掴んで石段を上ろうとするが、最初の段を越えようとするが何かによって進むことが出来ない。


「え、どうして?」


 進むことの出来ない現状に頭の中がハテナでいっぱいになる。

 つい今し方まで通れていた所が通れなくなった。その出来事に理解が追いつかない。


「…………」


 試しに何もない目の前の空間をノックをする様に叩いてみる。

 ゴンッ! ゴンッ!

 何かがある。

 まるで透明な壁が目の前にある様だ。


「いつの間に……」


 何もなかったはずの空間に急に壁が現れた。

 その不可思議な現状に頭を働かせる。

 さっきは普通に通れたのに、今は入れない……

 その違いは何なのか。

 目を動かして自分の辺りを見回す。


「もしかして……これ?」


 そして手に持つゴブリンが、この透明な壁の原因の一つなのではと目星をつける。

 さっきまでの違いはゴブリンの有無くらいしかない。

 もちろん何か見えない物のせいかもしれないし、何か条件があるのかもしれない。

 とりあえず試せそうなやつから試すためにゴブリンをその場に落として、もう一度ノックのように目の前を叩いてみる。

 すると手は普通に通り過ぎる。途中で何かにぶつかることはなかった。

 ……もしかして魔獣とかと一緒だと何かが発動するのか?

 その予測が正しいかを検証するために再びゴブリンを持って進もうとする。

 しかし最初同様に何かに阻まれて進めない。

 最終確認で手からゴブリンを離し、前進する。

 するとやはりそれは叶う。

 どうやらこの考えで正解らしい。どういう訳かゴブリンの死体は持って上がれないらしい。

 

「うーん……」


 グゥゥゥーッ!

 ああ忘れた。

 とりあえず上に上がってゴブリンこれ)を焼く道具を取ってこないと。んで、腹ごしらえをしてから次のことを考えよう。

 そう思い上へ上り、階段に置いて行った荷物を持って降りる。

 ゴブリンの死体の近くで血がついていない場所に腰を下ろす。


「火をつけないといけないから、昨日ソシャルで買っておいた火打ち石はーっと……あった!」


 薄い茶色のボクサーバッグから火打ち石を取り出す。

 そして辺りを見回す。

 えっと火をつけられる物……は、ある訳ないか。


「どうしよう……」


 うーん……こんなことなら来る前に落ち葉や枝木を拾って来るんだった。

 

「あっ! そうだよ、松明があった!」


 ずっと視界に映っていたにも関わらず、忘れていたことに呆れて苦笑いを浮かべる。

 しかし地味に松明の位置が高い。

 ジャンプをしてもギリギリで届かない。それがもどかしい。

 仕方がないので剣を使って無理矢理壁から落とす。

 服に火が映らないように、落ちる前にその場から退かないといけない。


「よしっと!」


 その方法で手に入れた松明と、壊れた柱を剣の柄で何度か突いて破片を作る。

 柱の破片を適当に円の形に並べてその中に松明を五本並べる。

 予備武器の小刀で一口サイズに刻んだゴブリンの肉を小刀に刺して焼く。

 何か刺す物があった方が良いな。

 そんなことを想いながら両面しっかりと焼く。生焼けは怖いからな。

 二分程で全体にしっかりと色がつく。


「そろそろ大丈夫だな。いただきますっ!」


 はむっ!

 口の中に少し硬い肉を噛めば噛む程肉汁が出てくる。

 うん! やっぱり美味しい!

 ただ少し焼き過ぎたか。前回の肉よりも硬い。でも美味しい。


「ガァァァ」

「ふむ? ンン、ン……何で?」


 だいたい食べ終わりかけたタイミングで横から声がする。

 そちらの方を見ると、ゴブリンがまた一体そこに立っている。

 おかしいな。最初見た時も戦闘中もさっきの一体だけだったはずだけど……

 ……ふむ。


「よしっ!」


 口の中の物を片づけ、ボクサーバッグを持って立ち上がり、ゴブリンに背を向ける。


「よぉーい、ドンッ! くっ!」

「ガァァァ⁈」


 勢いよくスタートダッシュをして石段へと向かう。

 石段までの距離は一メートルもないが全力で走る。

 よっ! ほっ! やっ、っと!

 スピードをなるべく落とさないまま石段を二段飛ばしで上る。

 そして上から六段目の位置で止まる。


「はぁ、はぁ、はぁ。うん、少しキツイけど大丈夫だったな」


 息を整えつつ下を見るとゴブリンが石段の外付近でキョロキョロしている。

 追って来てくれたのはありがたいな。

 それにしてももしかして見えてもいないのかな?

 となると、この石段上では魔獣は入れないし、それ上の物は認識することも出来ない。

 そんな感じなのだろうか?

 どういう原理でそうなっているのかは分からないが、もしその予測が当たっているなら今の段階では非常に助かるシステムだ。

 戦闘で危うくなったら逃げ込める場所。所謂セーフゾーンという訳だ。

 それがあるだけで生き残る可能性が高くなる。


「よし! 何となく分かったから、あとはさっきと同じやり方であのゴブリンを倒すだけだな」


 実験に付き合ってもらったゴブリンをさっきのゴブリンと同じ方法で狩る。

 グシャァッ!

 ゴブリンの首が胴から引き離される。

 よし! 終わった。

 簡単に倒す方法なだけに少し呆気なさを感じ始める。これは戦闘とも呼べないほとんど虐殺に近い方法だ。

 しかしそんな小さな達成感なんかよりも空腹の方が勝つ。

 まだ途中だった食事を再開する。


「一体じゃ足りなかったから、増えたのは嬉しいな」


 追加で現れてくれたご飯に喜色満面な笑みを浮かべて二体目の解体に入る。


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[気になる点] 古の塔に何故行く気になったの? 入ったら誰も出て来れない難易度MAXのダンジョンなんやろ 「ダンジョンに興味があるから行ってきます」のダンジョンじゃないでしょ 軽いノリで「自殺してきま…
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