留守、そして凍った紙
そうして俺もゲートを潜り、首長の部屋に戻る。
しかしそこに二人の姿はなかった。加えて動けなくしていたはずの刑法官たちも居なくなっている。
すぐさま『魔眼』で彼らの霧が廊下へ続いているのが確認出来たため、『天眼』へと切り替えて廊下の様子を窺う。
出てみれば濃淡の霧が大量に漂っている。
それらの中で濃さから直近で部屋の前を通ったのは恐らく六名で、内五名の霧は首長、ブライアン、二名の刑法官、そして出稼ぎの看守の物だと分かる。
ただ、あと一つは覚えがない。
そしてそれらの霧であの看守たちが大勢いる仕事部屋へと向かっているのと、それとは反対に向かっているのがある。
首長と看守は仕事部屋の方へ、残りのブライアンたちは逆へ。
詳しい時差は分からないが、先に首長たちが戻ってから俺がこっちに戻るまでに立った時間なんて一、二分程度。
何かあれば廊下で騒いでいるはず。
それがないということはブライアンかもう一つの霧の人物に連れて行かれたのだろう。
「首長の方が内容は気になるけど資料でもないと何話してるか分からないしな」
俺の罪状が変化する前に首長の説得と弁明をしておきたかったが、そんな暇はなかった。
こうなると今行われている会議を邪魔しても無意味だろうから戻って来た時に──
「そんなの無理だよなー……」
話し合いが出来る状況が再びくるとは限らない。ましてや今は俺が“罪人キリサキ”であることも知っている訳だから尚更聞き入れてくれるか怪しい。
ブライアンも場を設けてくれるとは思えない。
弁明して助かるつもりだったのにどうしてこうなったのか。
「(とりあえずブライアンの様子だけ確認してから首長の方を確認かな? どうせ会議なら時間もかかるだろうし)」
本当は鬼の居ぬ間に資料漁りを混ぜながら確認をしたかったが、俺が机諸共その場の全部をエルフの里に落としてしまったのでない。
「一応首長たちが回収はしてたみたいだけど……」
机とソファと書類棚があった場所も含めて部屋には何もない。
重要書類をそこら辺に置いて行くはずがないので当たり前だ。
「ん?」
しかしそんな部屋の中で壁に紙が張りついている。
真っ白ではない紙、壁色とほぼ同じ燻んだ色合いだから離れていると見難い。『魔眼』で僅かな霧が見えなかったら俺も見逃していただろう。
ただ──
「なんで張りついて……ああ、そういうこと」
よく見れば紙と一緒に薄い氷によって壁に張りついている。
角蛇の形態変化の時か水路を走らせていた時に紙に水が付着したまま、ゲートを起動させる時に適当に『ウォーミル』を使ったせいだろう。
紙が濡れていたからその水と一緒に壁に張りついて凍ったといった所か。
原因が解れば『ウォーミル』で解凍すれば良い。
「(ただ、紙内部の水分を一気に蒸発させても大丈夫なんだろうか?)」
紙の繊維が水で緩む前に凍ったと思うので自然乾燥させれば元には戻る。
昔本の修繕をした時にそんなやり方があると教わったが、さすがに水分を一気に蒸発させるなんてやり方は習っていない。
そうなると凍らせたまま読むしかない。
指で紙の縁をなぞりながらその部分だけを『ウォーミル』で解凍し、壁から剥がす。
割れないように慎重に取り外した紙の内容を確認するべく裏返す。
題名には【ゲーテル事件:アトラス州での被害報告】と書かれている。




